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女神達の花嫁  作者: ALMOND
二章
24/44

第九節

 エルグランデは準決勝以前は複数の試合が一度に行われる。そのためギャラリーの注目はまちまちになる……はずであるが。たった今、全ての関心は――たとえ試合中の選手でさえも、たった一人の翼の生えた少女に集まっていた。


 「凄い綺麗……」


心奪われたように呟く椿。それもそのはず、リラの背に生えた翼は猛禽類のようで天使もかくやとも思わせる立派なものだった。あれが彼女のギフトなのか? それ以上に気になるのは……。


 (聖具が見当たらないな)


 対戦相手が刃が半円を描く曲刀――ショーテルを手にしているのに対して、リラは手ぶらの上競技服だけである。聖具らしきものは何もない。まさかあの翼がそうだとは思えない。第一あれは試合が始まった後に顕れたものだ。


 エルグランデや国選ワルキュリアが行うような正式な決闘はチャリスが未格納状態――つまり聖具を具現化していなければ決闘場を形成できないレギュレーションを採用している。これは騎士道精神に通じていて、お互い相手に対して全力を尽くすという誓約代わりにもなっている。なので試合が始まっているということはリラも聖具を顕現させているというこのになるのだが……。


 「どうやら動き出すみたいですよ」


 華香里の言葉に思索の渦から抜け出した俺は試合を観ることに集中する。何も行動を起こさないリラと目を奪われていた対面の少女とで膠着状態になっていたが我に返ったらしくリラに向かって駆け出した。その刃がリラに届こうかという寸前


 「!」


 突如として彼女の体から白い光が湧き立った。その輝きに俺を含めた誰もが目を眩ませる。そして輝きが収まり再び視線を戻すとそこには先ほどの白い光で形作られた剣を持ったリラと、剣に体を貫かれたもう一人の少女の姿があった。決闘場が消え去ってゆく中、貫かれた少女は力なく膝から崩れ落ちる。


 (あの一撃で致命か……)


 決闘場が消えるということは勝敗がついたという事。場内では死には至らないが受けたダメージによって相当な衝撃を喰らったのか、少女は地に手を着いて肩で息を切らしている。時間が経っても収まらないため異常だと判断したのか監督をしていた教官が駆け寄る。


 「なんだか雰囲気が違うわねあの子」


 「ああ」


 眉をひそめて話す椿に同意を返す。既に翼は見えないが、お面が張り付いたような冷たい表情は俺の記憶する彼女の性格からは想像もつかない。だが俺はあの目は知っている。あれは……。


 リラは未だ立ち上がれない相手に小さく一礼して体育館から退場していった。やがてぽつぽつと皆の関心は別のことに移っていく、そこかしこで声援が飛び試合が進み始める。


 「台風一過といったところでしょうか」


 その様子を華香里が一言で表現する。衝撃的な出来事だったが終わってしまえば大衆の興味は目の前のより新たなものに移ってゆく。藤花も興味が流れたのか思い出したかのように喋りだす。


 「椿ちゃんの試合は? 今日まだ出場してないよね」


 おそらく一試合目から一緒に観戦していたのだろう。藤花は一度も試合に出ていない椿を不思議に思ったようだ。


 「私の初戦は対戦相手の子が事故に遭ったとかで遺憾ながら不戦勝。このままだと私の組は一人欠落したまま進むわね」


 事故に見舞われた三人の生徒は皆ヘスティアーの参加者だった。そのため椿のような不戦勝によって試合がお流れになる選手も出てくる。その三人にとっては残念なことだが……。


 「ちょっと外に出かけてくる」


 背にした体育館から漏れ聞こえる歓声が一際大きくなる。リラ以外の試合も決着がつき始めているのだろう。俺は歓声を受けることなかった彼女の姿を探して学園を歩き始めた。



――――――――――――――――――

 目的の人物はそれほど離れていなかった。カフェテリア備えのテラスの椅子に腰掛けているのを見つけて声をかける。


 「こんなところにいたのか」


 返事を待つまでもなく隣の席に座る。リラは先ほどと変わらず表情に変化がない。もはや能面を被っていると言えるレベルである。


 「へえ、ここからでも聞こえてくるな」


 鳥のさえずりには程遠い熱気の篭った声々が届く。いくらお嬢様が集まっていると言っても湧き上がる興奮を押さえきれないのだろう。


 「私の時は真空状態かというくらいシーンとしていましたけどね」


 ここでリラがようやく表情を変え、自嘲気味の笑みを浮かべる。


 「まああれは度肝を抜かれたという感じだから……それに小声ながら綺麗だとか言われてたぞ。俺も目を奪われたし」


 「…………」


 話は続かない。会話を拒絶されている訳ではないのだがリラの気持ちは別の場所にあるようだ。このままでは埒が明かないので気になっていることを聞いてみる。


 「優勝がしたいのか?」


 反応があった。予想通りリラはこのエルグランデにおいて勝つということに執着しているようだ。当然やる気のある生徒は皆優勝を狙っているだろうが……。リラのそれはきっとそれらとは一線を画すもの。試合中、そして終了後に見せたあの目はそういう目――どんなことをしても、なにがあろうと勝ちたいという意思。


 (いや、勝たないといけない……かな)


 負けが許されない。かつて鏡越しに何度も目にしたものだ。暫くの沈黙が続く。


 「そうですね。私は勝ちたい、勝たないといけない。絶対に」


 沈黙を破るのはリラ。何か話してくれるまでじっとしているつもりだったので当然だが。途切れ途切れに言葉を紡ぐ様はどことなく鬼気迫るものを感じる。


 「何か理由があるのか?」


 こんなことを聞いたって正直に答えるはずがないと分かっている。それはテーブルの下で握られた拳を見ても明らかだ。でもどうしても気にかかってしまうのが俺の悪い癖。


 「……菖蒲はどうしてワルキュリアになったのですか?」


 「それしか選択肢がなかったからだよ。花嫁の力はリブラリアンには向いていないからね」


 論理本能ギフトの事は伏せておく上で、俺がブレイサーらしく出来る事は花嫁としての能力の行使だけだ。他人のギフトをコピーしたって自身には何の進歩も起きない。


 「その力を疎ましく思った事はないの?」


 段々と饒舌になってゆく。これが普段のリラの佇まいなのか口調も砕けたものになりつつある。


 「その口振りからするとリラにはあるみたいだな」


 「……ギフトはその人だけで済む代物ではない。その存在があらゆるものに縛りをかける。特に私達の世界(教会の中)では」


 言葉が進むに連れて語気が強まってゆく。それに釣られるようにリラの背中がうっすらと輝きを放ちだした。


 「リラ……」


 俺の呼びかけにも耳を貸すことなく。独り言のように次々と口を動かす。


 「力が強ければ強いほど、反比例するかのように人々の自由は弱まっていく。私だけじゃない、私の大事な人だって――――ううっ!」


 突如としてリラが胸を押さえて苦しみだした。同時に彼女の背にはっきりとした形で翼が顕れる。先ほどの試合で観たものと同じだ。


 (ギフトの発動か!? それにしたってなぜ苦しんでいるんだ)


 彼女は片手で制服の内ポケットを探る。抜き出された手には小さなピルケースが握られていた。状況的に発作を抑える薬だろうが力が篭っていないのか握られたケースが滑り落ちてしまう。


 「おっと……これが要るのか?」


 空中でなんとか受け止めた俺はそう言いつつ、ケースを開いて彼女の手に数錠乗せてやる。それをリラは一息に飲み込んだ。そのままゆっくりと整えるようにように深呼吸を繰り返している。生えていた翼もすっかりと鳴りを潜め、次第にその姿も薄らいで消えていった。


 (この薬は一体……)



――――――――――――――――――

 「ありがとうございます」


 調子を取り戻したリラにピルケースを返す。互いに何も交わさない。最初と違うのはリラがばつが悪そうに横目で俺の様子を盗み見ていることだ。


 「ね、ねえ。お願いがあるんですけど」


 「何かな」


 「リリィにはこのこと内緒にしてくれませんか。喘息の発作が起きたって知ったらこの先の試合に出場させてくれないかもしれないから」


 リリィ(Lilly)……シスターライラック(Lilac)のことか? 保護者である彼女には心配をかけたくないということか。にしてもあれ(・・)が喘息? 冗談も甚だしいが……本人が隠しておきたいなら仕方がない、乗っておこう。


 「分かった。ただこれが続くようなら流石に黙ってはいられないぞ」


 「大丈夫。もう起こさせませんから。それじゃあ私帰ります、また明日」


 椅子から立ち上がり、そそくさと去っていった彼女の背中を見送りながらこれからどうするべきかを思案する。条件は分からないが次に起きた時に周りに誰もいなかったら一大事だ。リラにこそ内緒で事情を知っていそうなシスターに教えておくべきだろうかと思ったが。


 (あ……俺シスターの連絡先知らないな……)


 彼女は大抵リラと一緒にいるため口頭で伝える事は難しい。


 (挨拶したと言っていたし小百合さんなら知っているかな……)


 そう考えてチャリスに目を走らせる。まるでそれを見計らったかのように着信が。差出人不明、本文は――


 『お預かりした上着の修繕が終わりました。つきましては今よりお迎えに上がります』


 上着……差出人は特務のあの女性か、今から迎えにって待ち合わせ場所も書いていないのに――


 「お待たせしました」


 まるで天空から語りかけられるような錯覚と共に猛烈な眠気に襲われる。もう立っていることすらままない。


 「すぐ着きますよ――」


 遠のく意識の中、体育館からの歓声が最後に聞こえた気がした。

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