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女神達の花嫁  作者: ALMOND
二章
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第七節

 「今朝、私のチャリス宛てにメッセージが送られてきました」


 椿らと長い長いウィンドウショッピングを過ごした翌日、またも朝から呼び出された、といっても相手は小百合さんで彼女も昨日、館に泊まっていたから会うのも手間ではない。それに俺以外にもいつものメンバー(小御門先生とカルミア)がいる。


 「差出人は不明、正確には未登録のチャリスからでした」


 チャリスは基本的に一人が一つしか持たない。規則では無いが聖具を格納する仮触媒としての役割以外は一般に普及するタブレット端末と出来る事は大差ない。なので聖具とギフトを複数持つようなブレイサーでない限り一つだけ所持するのが現実的だ。


 加えてチャリスは市販されていない。理論上の研究や改良案は発展しても技術的な特異性から製造には時間とコストが掛かる。行政機関が申告されたブレイサーに対して個人登録したチャリスを配布するが人数分用意するだけでも精一杯というのが現状だ。そんな状況下で未登録のチャリスというのは、行政に渡る前か最中に横流しされた真っ黒な品か、つい最近作られた真っ白な品のどちらかを意味する。その事情を踏まえた上でカルミアが驚嘆の声をあげる。


 「そりゃ只者じゃないな。それにどうやってあんたのコードを手に入れたんだ。あの(・・)白羽小百合の情報だぞ、知りたいと思って知ることができるものではない」


 彼女を含める次世代のブレイサーの総轄に携わる人物の情報は非常に厳しい管理の上だ。当然、学園長である立場上その素性などは公なものであるが、秘密裏なコンタクトの手段……それこそチャリスの送信コードのような情報は堅牢なセキュリティによって機密扱いにされている。


 「あの、一人……というか一団体だけ心当たりが」


 特務と接触したあの日、ローリエは後で報告を小百合さんに行うと言って俺を追い出した。もしかするとそのことかもしれない。ということを伝えると同意するように小御門先生は頷く。


 「確かに奴らなら手に入れることが出来ても不思議ではない。とにかく差出人よりも中身が重要ではありませんか?」


 もっともな指摘だが、なにか障害があるのか小百合さんは困ったような表情を浮かべる。


 「譲葉さんの言う通りなんですが……これはこの子でなければならないので」


 そう言って彼女は自身のチャリスから件のメッセージを俺に向けて映し出す。本文には何も書かれていない。あるのは添付された一つの画像ファイルのみ。続いてその画像ファイルが開かれた。


 「これは……特務の情報収集能力には驚かされますね。二度と見る事は無いと思ってましたよ」


 「どれどれ…………うーむ、訳が分からんな。これが報告だとしたらここに書かれているのは文字か?」


 画像に写っているのは一枚の紙片に黒色の模様のようなものが描かれている。一見すると無造作に書き殴ったようにしか見えないが、これを文字と推測したカルミアは正しい。


 「蘇芳はこれが一体何か知っているのか」


 「……これは典礼新言語です」


 宗教のほとんどは典礼言語と呼ばれる、時代や民族の差異によって日常では用いられることがなくなり儀式などの宗教行為においてのみ用いられる言語を保有する。例えばラテン語や中古日本語などを典礼言語とする宗教がある。では典礼新言語とはなにか


 「ギフトが登場してから新宗教が頻出する中で、自分達の信仰がより神聖なものであると誇示するために存在しない……つまり新しい言語を創りだしてそれを典礼言語にしようと考えた者達がいました」


 そうして生まれたのが典礼新言語。実際には宗教行為目的よりも暗号目的……読み方を知る一部の者の間だけでやり取りをするような用途に使われがちである。この画像も俺に最初に読ませるために用意したのだろう。


 「今までの話を聞いていると君はこれを読み解けるようだな?」


 「はい」


 当然だ、なぜならこれは――


 「これは俺の一族が作ったものですからね」



――――――――――――――――――

 ――教会で捕縛した男は神命派ではない。


 ――しかし今回生徒を襲った事故全てに関与している事は間違いない。


 ――彼らに指示を与えていた者は未だ不明のため警戒することを薦める。


 「比喩ばかりで時間がかかりましたがおおよそ以上のことが述べられていました」


 英語や日本語のような言語に比べれば典礼新言語は新生児も同然。表現できない言葉は別の言葉で例えるしかない、なので書き手の意図を把握しきるのは難しかったがまったくの的外れではないはずだ。


 「あらかた私達の想像通りってところだな。少年はその男たちを見たんだろう? 君の意見はどうだ」


 どう……と問われても俺が当事者とはいえ、特務以上に詳しいことを知っているわけではないのだが……。


 「そうだ、彼らの内の一人を尋問しようとした時にたしか……」


 とてもただの雇われとは思えないような怨嗟のこもった声音で俺に逆に問い返してきたな。



 『――なぜ権力の犬のような真似をする! 我々を七日目と侮蔑する連中の為にそうやって命を賭ける意義はあるのか!』



 「最初に見たときには祈るような素振りもしていましたしこの言葉からしても神命派ではない、という結果に疑問が残るのですが」


 俺の読み違いか、あり得ないとは思うが特務の調査ミスの可能性はないのだろうか。あの語気からして一朝一夕で出来上がる怒りではないだろう。しかしそんな俺の懐疑とは裏腹に他の三人は腑に落ちたような空気を漂わせる。苦い顔をした小御門先生が紡ぐ。


 「祈りのことは定かではないが、蘇芳が聞いたその言葉からして神命派ではないということは確定的だ。いるんだよ、世界には一定数ブレイサー全般を無条件で恨む人種が、そうだな……便宜的に反ブレイサー思想と呼ぼうか」


 反ブレイサー……その呼び方からしてあまり良い印象は持てないが……。


 「ブレイサーが全社会に受け入れられているとは思っていませんが、そんなに皆さんが共通した認識を持つほどなのですか?」


 ブレイサーに対してそうでない人々との関係は総合的に鑑みて、御世辞にも順調とは言い難い。むしろ人種や宗教、国家に加えてあたらしい摩擦の原因を生み出す火種を孕んでいるとも考えられる。一方でブレイサーによる恩恵も少なからずあるので一方的に恨みつらみを抱かれるほどではないとも思うのだが。


 「まあ少年は知らなくて当たり前だろうな。反ブレイサー思想だったか、それ自体は神命派の考えと似ている。ギフトは自分ではなく世のため人のため、ってね。だが根っこはもっと俗物的な理由によるものだ。ブレイサーはギフトがあるだけで何かしらの恩恵を得られるということが許せない、とか自分達の既得権益を損害するのではないかとかいうね」


 つまり彼らはブレイサーであるだけで俺達が無償で特別な利益や権利を手に入れていると考えているのか。実際にはそんなことはない。ブレイサーのなかだけでも熾烈な闘争があるし、ギフトに関しない分野に対しては扱いは一般人同等だ。非ブレイサーの権利・財産をただただ食い荒らせはしない。貴族派という存在がその認識を広めるためには少々ネックなのだが……。


 「権力の犬というのは彼らが共通して掲げるワードです。そして自分達を指す七日目という表現を忌み嫌う……。己が差別されているという錯覚の中で体制を憎み、虚構の権利を恨む。そういった人は大きなうねりのなかで非常に操られやすい存在ということです」




 特務の報告も別段実りのある内容ではなかったので早々に解散という流れになった。休日で未だ時間も早いということで先生とカルミアがありがたくも訓練をしてくれるという、小百合さんも同伴だ。動きやすい格好に着替えるために部屋に戻ろうと階段の手すりに手をかける。


 「蘇芳」


 階段を昇り始める寸前に背中から声が掛かる。一旦足を止めて振り向く。


 「なんでしょうか先生」


 彼女だということは姿を見るまでもなく声で判別できる。


 「いや……大したことではないがあの画像、君が話してくれた内容に対して若干長いような気がしたのでな」


 「……典礼新言語は言わば暗号ですからね。本来よりも長くなりがちです」


 「そうか、ならいいんだ。悪かったな呼び止めて」


 そう言って先生は一足先に階段を昇っていった。俺は立ったままその背を見送った。


 (読み解くことは不可能だったはずだが鋭い……)


 彼女の言ったとおり、俺が訳したのはあの文章の前八割ほどだ。ただ残りは無関係というか俺に向けたものだったので省いたのだ。


 ("あなたの力は何のために生まれたのでしょうか" か……そんな事は俺が聞きたいくらいだ)


 典礼新言語といいこの問いかけといい、特務の腕は長い。改めてそう感じさせられた。



――――――――――――――――――

 同じ頃、あるマンションの一室ではベッドに寝そべる一人の少女が重い瞼を開けた。ほんの数週間前はフランスで暮らしていた彼女が日本に移り住む上で、最も心配していたのが時差による生活リズムの崩れだった。しかし人間の適応力とは侮れないものでものの数日で悩みは解消されてしまった。


 今日も朝日が昇れば自然と目を覚ました少女は、おぼつかない足取りでリビングへと繋がるドアの前に立ち、ゆっくりとノブを回してドアを押すと向こう側から優しい声が掛けられる。


 「おはようございます、リラ。椅子に座って待っててください」


 リラよりも早くに起床したシスターライラックがキッチンで朝食の支度をしている。


 「おはようリリィ」


 リラは寝ぼけ眼でストンとテーブルの椅子に腰掛けて挨拶を交わす。リリィというのはシスターをリラがプライベートで呼ぶ愛称である。二人は血の繋がりこそないがお互いを姉妹のように想っている。日本に住み込むことが決まり、シスターが一緒と知らされた時のリラの心境は狂喜乱舞と表現するのがぴったりだった。



 食前の祈りを済ませて朝食に手を付ける二人の会話の中心は自然と前日の事になる。


 「皆いい人たちですね。この国ではシスターと言うと距離を置かれがちですが、そんな中でも気兼ねなく誘ってくれましたし。昨日は年甲斐もなくはしゃいでしまって」


 そう言って楽しげに微笑むシスター。彼女は去年成人を迎えたばかりで世間的にも十分若い世代のはずなのだが……周りが揃って学生ともなると際立って感じられるのだろうか。


 「本当に。私達だけでなく椿のことも気にかけてあげていたようだし。あの三人は性格のバランスがいいのかも。藤花は底抜けに明るく、華香里は逆に菖蒲以外の事では静かで聡明。菖蒲は謎多き人物だけどその中間って感じ、どっちにもなれる。それで皆優しい」


 その人物評を聞いてシスターは少しだけ表情を硬くする。


 「謎多き……確かにそうですよね。その類稀な境遇もですけど菖蒲さん自身も謎に包まれています。聞くところによると教官と一戦交えて互角だったとか」


 「そうみたい。まず間違いなくエルグランデではアプロディーテの頂はあの人。それに彼に押されていたとはいえ椿も同学年のなかでは頭一つ抜けてる。ヘスティアーだと優勝候補なのは椿」


 (でも勝つのは私……絶対に……!)


 ただの行事にかけるよりも遥かに強い決意を心に宿すリラ。彼女にとって今回のエルグランデは何か大きな意味を持っているのだろうか。その意思を知ってか知らずか


 「リラも頑張ってくださいね」


 優しい笑みと言葉で応援の姿勢を表すシスターだった。

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