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女神達の花嫁  作者: ALMOND
二章
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第六節

 「街に?」


 明くる日、華香里の部屋に呼び出された俺は華香里と藤花から学生街に出かけようという提案を受けていた。


 「そそ、ウィンドウショッピングみたいな感じで。そこらをブラブラ〜っと」


 「それはいいけど、なぜこんなに早くに?」


 まだ朝食をとることすら躊躇われるような早朝、館でも寮に入っても人が活動している気配など――小御門先生が既に起きていたのが驚きだったが――ほとんど無かった。


 「それは今から参加者を連行するからよ。それじゃあ私について来なさい!」


 藤花が親指で背後を指すジェスチャーをする。こんな時間からだと先方に迷惑だと思うのだが……。



 「どこに行くつもりなんだ?」


 藤花に先導されて寮内の廊下を歩く。目的地は誰かの部屋なのだろうが俺は華香里と藤花のしか場所を知らない。


 「北山椿さんのお部屋です。彼女兄さんが怪我をしたのは自分のせいだと思っているようで。今日は兄さんが元気であるということを見せてケアすることも目的です」


 あの事故そのものが意図的なものであることは間違いないと断言してもいいだろう。だから椿が罪悪感に苛まれる必要はないのだが……。


 「なんでも腕についた兄さんの血でかなりのショックを受けたようで」


 ……それは俺が悪い。彼女には先生や華香里たちを足止めしてもらうため、負傷したかのようにおおげさに血を擦り付けてしまったからな。


 「ドアを開けなさーい」


 ノック、というにはかなり荒々しい力加減で部屋の扉を藤花が叩く。朝ということを忘れていないか? 最初のノックからさほど間をおかずに扉が開かれる。中から出てきたのは当然椿だ。寝ぼけ眼をこすりながらネグリジェ姿で。


 「何よ騒々しい……うええっ!?」


 いきなりの訪問者に嫌々……といった風だったが、俺と目が合った瞬間に素っ頓狂な声を上げながらドアの影に隠れてしまった。


 「な、なんで菖蒲がここに!?」


 「一緒に街にお出かけでもしようかと思って。ほら兄さんも何かおっしゃってください」


 脇腹を華香里に小突かれる。と言われても何と言ったものか。


 「よく似合っているよ」


 褒めたはずだが結果椿の支度が終わるまで二人になじられることとなった――。



――――――――――――――――――

 全員揃って学園を出る頃にはちょうどいい時間になっていたので、朝食のために手近なレストランへと移動した。藤花がモーニングのメニューを見ながら口を開く。


 「実はもう二人くらい呼んであるんだよねー。時間的にもうすぐ着くと思うんだけど……」


 その言葉を待っていたかのようにドアベルが鳴る音がする。ウェイトレスが案内に向かうと聞き覚えがある声がする。


 「あのー待ち合わせしてるんですけれど」


 リラの声だ。皆も気がついたようで藤花が立ち上がって呼びかける。テーブルの前に現れたのは想像通りリラ、そして……シスターライラックだろうか。なぜ自信が持てないのかと言うと以前のように修道服を着ていないからだ。


 「シスターライラック。普段は私服を着ておられるのですね」


 「ふふっ、最近では常に修道服を着ているシスターの方が珍しいのですよ。あの日は学園長に挨拶をするので身に付けていたのです。それに、日常の場面で私のような服が混ざると皆さん萎縮してしまいがちでしょう?」


 ワンピース――ファッションの知識は皆無だが恐らくワンピース――の裾を恥ずかしそうにつまみながらシスターが口元を手で軽く隠して小さく笑う。


 「よくお似合いですよ」


 華香里と藤花の苦笑いは気になったが、先ほどの反省は活かされたと信じたい。



 ウェイトレスに注文を伝えて各自、ドリンクバーで飲み物を取って来る間にリラが尋ねる。


 「そういえば菖蒲、怪我は大丈夫ですか?」


 カラン、とコップに氷を入れている椿の手が止まる。事情を知らないとはいえ華麗に地雷を踏み抜かれた形となる。


 「ああ、大したことはないよ。まだ包帯を巻いてはいるけれどこの通り日常生活にも支障をきたしていないだろう?」


 無事を示すために軽く腕を動かす。横目でこっそりと椿の様子を見るが、まだ表情は暗い。しかし一方でリラは晴れやかな顔になる。


 「それは良かったです。でもすぐに保健室に行くべきでしたよ。それと皆に謝りましたか? 華香里なんかひどく心配してたんですから」


 「ちゃんとその日のうちに謝ったよ」


 特に華香里にはこってりと絞られたな。それだけ気を揉ませてしまったということだろう。


 「リラさん、ちょっとこちらに」


 華香里がリラを手招きで呼ぶ。リラは不思議そうな顔をしたがそれに従った。華香里が意味深長な笑みを浮かべて去っていく。


 アイスコーヒーで満ちたコップを手に椿と二人でテーブルに戻る。残りの四人はまだ戻っていない。束の間、俺達の中を沈黙が漂う。


 「怪我、本当に大丈夫なの?」


 おずおずといった感じで沈黙を破るのは椿。華香里が俺達を二人きりにしたのはこのためだろう。


 「傷は残るかもしれないけど心配には及ばないよ。なにしろ俺の背中には生まれつき祝福痕(とんでもない傷)がついているからね」


 と自嘲気味に言ってみる。それでも椿の気はまだ晴れないようだ。


 「でも……私が冷静に対処していればそもそも――」


 「あれは君が起こしたことじゃない」


 いくら俺が大丈夫と言っても彼女の自責の念が止まらない。このままでは堂々巡りで埒が明かない。俺は椿の強張った手を自分の手で重ねる。


 「俺も君もエージェント(自律機械)じゃない。突発的なアクシデントに対して常に最適手を打てはしない。俺にだってあの時、もしかすると怪我一つしない方法(最善手)があったかもしれない。でも一番大事なことは君を助けるということ、それだけは達成できた。喜びこそすれ後悔することは決してないよ」


 こんなことを面と向かって話すのは気恥ずかしいものがある。だがその甲斐もあって椿の手から緊張が解けていくのを感じる。


 「あ……ありがとう」


 「うん。謝るよりそうやって喜んでくれると嬉しいかな。もしまだ気がかりなら今度また練習相手になってもらおう。そうすれば肩の負傷くらい何の問題もないってことが分かるはずさ」


 「……クスッ、次私と戦ったら肩どころじゃ済まないかもしれないわよ?」


 陰鬱な重たい空気は払拭され、和やかなものに変化していった。



――――――――――――――――――

 「どうやら解決したみたいね」


 菖蒲と椿が座るテーブルを遠くから眺める四つの影。言わずもがな華香里・藤花・リラにシスターライラックであるが、彼女らは二人が会話しやすいように未だに距離をとってドリンクバーにいた。


 「世話の焼ける人たちです」


 華香里がやれやれと言わんばかりのため息を吐く。藤花がそれをフォローするように。


 「でも椿ちゃんが自分を責めちゃうのも分かるよ。私だって同じ立場だったら菖蒲に対して負い目を感じるもん。それに事故もひどかったし、怖がってる子沢山いたよ」


 「そのようですね。一体誰がそのような惨いことを……」


 物悲しげに目を伏せるシスター。


 「…………」


 菖蒲と椿から視線を外さずに何か物思いに耽る華香里だったがリラの言葉に引き戻される。


 「ねえ、そろそろ戻りませんか? もう立ち直ってるようだし、それにほら」


 「おまたせいたしました――」


 菖蒲達のテーブルにウェイトレスが次々と注文の品々を運んでいる。


 「そうですね。行きましょう」


 機を見計らって戻り、華香里が最初にとった行動はいつまでも重なっていた二人の手を払うことだった……。



――――――――――――――――――

 「ほら兄さん。どっちが好みですか?」


 (どうして女性の服に対する執着は果てがないのだろう)


 体の前で服をとっかえひっかえする華香里の相手をしながらそう思う。華香里だけじゃない。藤花・椿・リラにシスターライラックまでも、あらゆる服飾店に誘蛾灯に引き寄せられる虫のごとく入っていく。男だからという言い訳は今時通用しないが、とんと無頓着な身としては理解し難い。


 「退屈そうね」


 試着室へと消えていった華香里とすれ違うように椿が傍にやって来る。俺と同類なのか彼女も先ほどから服を手に取るでもなくただショーケースの間をうろついているだけだ。


 「オシャレをするのはさほど興味がないからね。俺はもっぱら見る専門さ」


 小さい頃から男であることを隠すために与えられた女の服装をしてきたせいか、一切自分で着飾るという意識を持っていない。着の身着のままも同然だった。よほど奇をてらったようなものでなければ何でもいいというスタンスだ。


 「私と同じね。気に入ったのが数着あればそれで十分。服なんてそうそう消耗するものでもないでしょうに、なんで皆次から次へと欲しがるのかしら」


 その視線の先には楽しそうに夏服を見せ合う四人の和気藹々とした姿。


 「カードゲームのようなものじゃないか? 手札は多いほど良いってね。第一印象は外見であらかた決まると言うし」


 「私は外見で決める人とはお近づきにはなりたくないわね。……あら、興味ないと言いつつもそういうものは身に付けるのね」


 椿は俺の首に下がったペンダントを目ざとく見つけて意地悪な表情を浮かべる。


 「これか? オシャレというよりは親交の証みたいなものだよ。閑古鳥が鳴いているのをいいことに俺が暇つぶしに話をするのに付き合ってくれたお婆さんがいてね。そこの商品」


 ちなみにこれは華香里にプレゼントした時におそろいで購入したものだ。外出するときは一緒に身に付けてくれとせがまれる内に習慣になってしまった。


 「閑古鳥が鳴く店のお婆さんってマーガレットさんじゃない? ここらでそんな店そうそう無いわよ」


 「知っているのか?」


 「お店にはお邪魔した事は無いんだけど保護者・・・の間では有名らしいわよ。私も二度三度くらいは家にいらした時にお話したことがあるわ」


 保護者、というのは貴族派の大人という意味を指している。椿は今の家族を両親とは認めたくないようだからな。



 はて……以前にマーガレットさんに椿の写真を見せたときに彼女について『知らなかった』と言っていなかったか……?


 (言い方は悪いが、お年を召しているようだし単純な物忘れかな。それとも……)



――――――――――――――――――

 「今日はありがとう」


 寮の前まで帰ってくると椿がそう感謝の言葉を述べる。リラとシスターは寮住まいではないので一足先に解散となった。


 「ん、なんのことかな?」


 白々しく藤花がすっとぼける。まさかとは思うがまだ気づかれていないと思っているのか?


 「あのねぇ、あれだけお膳立てされたら誰だって分かるわよ」


 「私達露骨に距離を置いてましたからね」


 今回の作戦指揮官は藤花らしいが華香里の言うとおり露骨すぎた。


 「まあまあ、憂いも無くなったっぽいし良きかな良きかな。今度また一緒に出かけようね」


 「……ウィンドウショッピング以外でね」


 傍にいた俺にだけ聞こえるようにこっそりと言い放たれた内容に思わず笑みがこぼれる。


 「え? 何て言った?」


 「楽しみにしてるって言ったのよ」

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