第一節
(……まあ予想はしてたが流石に……)
結局教室に案内されても状況は変わらない。アングレカム学園は国籍・人種問わずブレイサーが集まる。建前はこうだが、学園のスポンサーにはそれはそれは名立たる企業や財団――所謂お金持ちが名を連ねている。そうなると入学する人間の種類もおおよそそういった方向に偏るというものだ。つまりはお嬢様方なのである。教育の行き届いた彼女らはクラスに混じる異物といっても差し支えない俺《男》の存在を気にはしても、直接何かを聞き出そうとしたりすることはない。ただひたすらにクラスメイトからの監視ともいえる視線だけが俺を貫いてくる。俺もそちら側だったら同じ事をしただろうから文句は言えないが……。
「君、本当に男なの?」
救いの手か孤立無援の状態に陥った俺に前の席の女子生徒が振り向いて話しかけてきた。ショートカットの元気そうな子だ。だが質問内容はなかなかに失礼なものだ。
「女に見えるのか?」
「見えなくはないんじゃない? 結構整えたらいけそうな感じ」
冗談交じりにそういって彼女はにひひと顔を綻ばせて笑う。前の席が話しやすいのは幸運だな。
「男で間違いない……蘇芳菖蒲だ、こう書く」
学生証を見せる。そこには俺の名前と仏頂面が一緒に載っている。写真は嫌いだ。
「男の子なのに珍しい名前だね……。私は八代藤花、藤花でいいわよ。そっちは……」
「下の名前で呼んでくれ、別のクラスだが妹がいる」
と言うと不思議そうな顔をする。まあ当然の反応か。
「同じ学年で妹?」
不必要な誤解を避けるために聞き耳を立てているであろうクラスメイト達にも聞こえるように、声のボリュームを気持ち上げる。
「そうだ。歳は俺が一つ上だが知っての通りこの境遇だ、ブレイサーだといってはいそうですかとはならない。検査に検査、検査で学園に入れるのが大人の事情とやらで遅れている内にこうなったわけだ」
とりあえず出鱈目を混ぜて半分嘘、半分本当の話ををでっちあげる。わざわざ身の上話を正直に話す必要はない。
「そっか、確かに男でギフトを持ってるってなると色々あってもおかしくないよね」
と納得した表情でなにやらうんうんと頷く藤花。裏表がないのか好感がもてる性格をしているようだ。
ギフト――人では到底成し遂げられないはずの事象を発生させる異能、そして異能を発動するために"聖具"が存在する。聖具は発現した個人によってその姿が異なるが武器や衣装のようなものが多い。"受肉"以降に生まれた子供たちの一部がこれを行使することができ、神より与えられたと考えられたためこの名で呼ばれる。そしてギフトを持つ子供を一般的にブレイサーと呼ぶ。宗教的観念の強い国や地域ではまんま天使と呼ぶ人もいる。事実から今までブレイサーは女性だけだとされていたが、何の因果か男の俺もギフトを持っている。それがこの奇特な状況の原因だ。
「席に着け、ホームルームだ」
教室の戸を開ける音と平行して声が聞こえてくる。声の主は一目見ただけで気が強そうだと分かるくらいの威圧感を放っていた。目つきの鋭さに、やり手と感じさせるスーツもそれを手助けしている。それに圧倒されてかクラス全員が一斉に着席する。その姿を見て満足そうに頷いた。
「……よし、私が二組のホームルームを取り仕切る。小御門譲葉だ。初めに全員分これを配るから自分の名前のタグがついているものを取って後ろに回せ」
そういって小御門先生はブレスレットのようなものを配り始めた。先頭の子が自分の分を取って腕につけてみるとホログラムだろうか、なにやら映像が映し出されている。
「それは"聖杯"と言う。君たちが学園生活で必要とすることは大体それで賄える。学園のネットワークに繋がっているから連絡や広報の配信先にもなる。なによりも重要なのがチャリスこそが君たちの仮触媒となる。既に君たちの聖具はその中に格納されているため学園にいる間はもちろん日常でも常に身に付けていることが望ましい」
(……なるほど、これが仮触媒か)
触媒とは化学実験に用いるあれではない。いや、元々はそっちで使っていたが現代において大衆的に知られているのはギフト絡みだ。
――ギフトは人ならざる力であり、神に与えられたものである。つまりその力は神の為せる業であり本来人に行使できる次元のものではない。
自然は真空を嫌う。ギフトの存在が認知されだした頃、人類は何とかしてそのメカニズムを説明づけられないか模索した。その仮説として、人体に影響を与えずに神の業を行使するためにはギフトと人の間に何かはたらきかける物を噛ませる必要があったのではないか――。当時の賢い人たちはそう結論付けたそうだ。
触媒が必要だ……と。
そして聖具がその役割を担っていると考えられた。この聖具《触媒》のお陰で俺たちはギフトを無事に使っていられるんだと。仮触媒とはその触媒たる聖具を分解・格納するためのものだ。今でこそ研究改良が様々な機関で行われているが元は一人の天才が何もないところから基盤となるシステムを全て作ったんだそうだ、どうやって考え付いたのかを問われて曰く、
『神様が私の舌の上に書いてくださった』
だそうだ、嘘か真かは知るわけないが……。
「……行き渡ったようだな。言っておくがギフトを許可を得ずに、もしくは緊急時以外で行使することは罰則の対象となるので留意するように……やるならばれない範疇で使え。いいな? では続いてカリキュラムについてだが――」
「きゃっ」
藤花の叫び声が聞こえる。どうやら聖具を取り出してしまったらしい。立派な大槍が見えている。
(本当に格納されているんだな)
「気をつけろよ。あんな感じで君達の聖具は管理、格納されている。明日から使用することになる者もいるだろうがいいデモンストレーションになったな」
教室に緩やかな笑いが響いた。
その後もいくつかの学園についての説明を受けて正午間近、最初のホームルームは終わりを告げる。
「では今日はこれで解散となる。以後は各々自由にしろ……ああ、寮住まいのものは後でチャリスに連絡が入るだろうから見過ごさないようにな」
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「それで、この後どうするの? よかったらカフェテリアに行かない? ビュッフェもあるらしいわよ」
ウキウキとした表情で語る藤花。確かに時間もいい頃合だ。教室の中も外も人が川の様に同じ方向へ流れていくのが伺える。皆そのカフェテリアへ向かっているのだろう。
「そうだな、お供するよ……がその前に一つ用事があるんだがいいか?」
「トイレ?」
「……違う。途中で拾いものをね」
と言った矢先、廊下からちょこんと顔を覗かせる姿が見えた。どうやら拾いものが自分から来たようだ。
「失礼します。兄さんいますか?」
長い白髪をなびかせながら顔を覗かせるその人こそ俺の妹、華香里だった。
「こっちだよ。ちょうど迎えにいこうとしてたところだったんだがいいタイミングだね」
手招きして呼び寄せると華香里は怪訝な顔をする。
「あら、兄さん早速彼女さんができたのですか? 手が早いですね」
「私いつのまにか彼氏持ちに」
軽く睨み据える妹とおどける知り合い一号。
「さっき知り合ったんだよ。藤花、この子がさっき言ってた俺の妹の華香里だ」
よろしくと軽い挨拶をする藤花に対してお辞儀で返す華香里、性格が表れているなと一人考える。
「失礼かもしれないけどあんまり似てないわよね。髪の色とか黒と白だし」
「昔は一緒だったんですけど変わってしまったんですよ、たまにいるらしいんです。ギフトが発現した時に体に変化が起きる人」
へぇと感心する藤花。それに、と付け加える華香里。
「兄さんは私のお嫁さんですから」