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女神達の花嫁  作者: ALMOND
二章
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第四節

 (流石に痛むな……)


 肩に負った傷は痛むが運動のポテンシャルに影響はないと判断し、軽い処置だけすませてボロボロになった競技服から制服へ着替えた。何より時間が惜しい。

 今頃は保健室に着いたころだろうか、早く終わらせないとな。


 (教会……ここか)


 学園から西のはずれにあるさほど大きくもない、しかし厳かな佇まい。まさしく教会というイメージ通りだ。重厚な扉を一気に開く。


 「神様への告解か? 信者ではないが司祭の真似でもしてやろうか」


 中にいたのはたった三人、全員がローブを被りひざまづいて両手を組んでいるようだ。一人は足元にライフルを置いており、彼らが狙撃主だと俺に確信させた。罪の赦しを乞う、敬虔な信者特有の行動だ。


 「誰に命じられて行動しているのかを教えてもらおう」


 実行犯こいつらが黒幕本人……などという馬鹿げた現場主義者ではあるまい。とにかく一人でもいい、捕縛する必要がある。

 三つの人影がこちらに振り向く、ローブに隠れていて年齢・性別がまるで把握できない。だがローブの隙間から覗く光があった。


 「!」


 それが銃口の反射光だと頭が理解するより先に危険を察知した体が本能的に動く。木製の長椅子を身を低くすることで盾代わりに利用し、左手の柱に逃げ込む。向こう方の動向が視認できないが三つの銃口から身を隠すためには仕方がない。


 (展開したか……。神の家を風穴だらけにするつもりか)


 記憶を頼りに間取りを思い出す。堂内の身廊を挟んで両側に多くの長椅子と三本の柱。他に隠れられそうなのは祭壇のあたりか。

 上着の下に着用しているホルスターから二丁の拳銃を取り出す。こだわりの特注品らしい、師匠に入学祝で譲り渡された物騒な祝い品だ。それはともかく、こちらの手数は一度に二発かつ相手の頭数は三。二人を即座に倒せたとしてあと一人を確認してから射撃をする間はないだろう。


 (集中しろ……全ての情報を咀嚼そしゃくして相手の行動を予測するんだ)


 もしも予測が外れればきっと俺は死ぬ。ダリウスや椿との戦いとは異なる自身の命を天秤にかけた状況。肌が粟立つ感覚、死への接近。どうしてもそれが頭の中に暗い影を落とす。


 (ええいくそっ。大丈夫、落ち着け……奴らは殺してもいい、殺してもいい人間なんだ)


 瞑想するかのように目を閉じる。雑多な思考は深い沼の底へと沈んでいく。残るのは敵の反応を察知する本能と、正確無比な予測のための論理回路。


 ――空気の流れを感じろ……。


 ――息遣いを、鼓動を聴け……。


 ――奴らの考えを透かせ……。


 (予測しろ……)


 "僕"には視えている――



――――――――――――――――――

 静まり返る堂内。菖蒲が銃口を向けられ向かって左手の柱に飛び込んだ時、すぐさまローブの三人は散開。二人は菖蒲と反対側――すなわち向かって右手の柱二本に。残る一人は中央の聖書台に位置取っていた。


 三者とも専門ではないが射撃訓練を受けた身。菖蒲が隠れる柱にフォーカスし、体はおろか様子を伺うために顔でも出そうものなら瞬時にそれを撃ち抜く自信があった。正義感から追いかけてきた狩られる側の人間。彼らには菖蒲がそう見えていた。


 遂に痺れを切らしたか、菖蒲の柱から左右に素早く飛び出す二つの(・・・)影。意識と反射は必ずしも相容れない。あの柱には少年が一人しかいないはず、ならば飛び出す影も一つのはず。だから彼らは反射で撃ってしまったのだ、意識が確認する間もなく最初に(・・・)出てきた影を。


 響き渡る銃声、マズルフラッシュが閃く。彼らの反射によって狩りとったものはアングレカム学園唯一の男子生徒服、その上着だった。そして意識がそれを上着だと認識できた頃には全てが終わっている――



――――――――――――――――――

 (柱に二匹!)


 上着を投げるとほぼ同時に導いた予測に従い攻勢に転じる。正面の三柱、そこに二人はいるはずだ。

 呼吸が荒く、鼓動も早い。極度の緊張……奴らは訓練を受けただけだ。本業じゃない。反射的に俺《的》に対して平行な(自分が狙いやすい)位置にポジショニングしてしまうはず……。

 

 「なっ……」


 「がっ……」


 両手に構えた拳銃が二人の眉間を撃ち抜く。あと一人。

 反射的に動く一方で意識が邪魔をするはずだ。平行線よりも別地点にも人を割いたほうが監視野が広がる……と。それがこの状況での最適解。奴らが採れる最善策。

 だとするならば、残りが立つべきは中央祭壇付近。そこで身を隠せるものといえば……。


 (聖書台!)


 わざわざ肉眼で認識する時間など必要ない。脳内に浮かぶローブ姿の位置通りに左手をスライドさせ――


 「うぐっ……くそっ」


 腕を撃ち抜いた。全ては描かれた通り。


 (大丈夫。完璧に使えている)


 論理本能ロジカル・インスティンクト――感覚の鋭敏化とブーストさせた思考能力の調和によって環境から手がかりを察知し、最適な選択肢を見つけ出すギフト。


 「さてと、生きてるよな? 目的と指揮者を教えてもらおうか」


 腕を押さえてうずくまっているところを無理矢理立たせる。その勢いでフードが脱げて顔が現れる。


 (男……非ブレイサーか)


 正体が明るみになったことが端を発したか。堰を切ったように男が言葉を吐き出し始める。


 「お前も! なぜ権力の犬のような真似をする! 我々を七日目と侮蔑する連中の為にそうやって命を賭ける意義はあるのか!」


 ……ああそうか、こいつは俺が男だから雇われだと思っているんだな。そうとうブレイサーを恨んでいるようだ。


 「そんな話は求めちゃいない。さっき質問した二つについて答えろ。さもなくば――」


 その続きは声にならなかった。教会の扉が勢いよく開かれる音、飛び込んでくるのは姿を捉えられない、まさしく影。


 「そこまでです」


 顔前に何かの鋭い先端が突きつけられる。これは槍……しかも馬上槍ランスか。陸上で我が身一つで使えるのだろうか。そしてそれを片手で持つ日本人離れしたアッシュブロンドの長髪をなびかせる女性。


 「ここから先は我々が引き継ぎます。以降のことは白羽学園長にお伝えします」


 特務か……気づけばいつの間にやら堂内を数人がうろついている。あの男達の調査と後処理をしているのだろうか。俺に抵抗の意思はないと判断したか、ランスの先端が下げられた。


 「良いをしていますね。磨くに値するものですよ」


 どうやら俺が教会に入ってからの一部始終を把握しているようだ。


 「……見ていたんですか。いったいどうやって――」


 喋る俺の口元に彼女の人差し指が立てられる。


 「特務は腕が長い(・・・・)のですよ」



 この場にいたって決して新しい情報をくれることはないだろう。仕方なく教会を後にしようとする。


 「ちょっと待ってー」


 俺を呼び止めているのだろうか、背後からおっとりとした声がかかる。まあ予想通りというか、振り返れば見るからに大らかそうな雰囲気の大柄な女性がこちらに走り寄ってきている。


 「これ、この服あなたのでしょう? ちょっと風通しがよくなっちゃってるけど……」


 そう言って差し出されたのは俺が囮に使った制服の上着だった。流石に銃撃で穴だらけのこれを着るのは視線が気になるので捨て去るつもりだったが……。


 「ああ、ありがとうございます」


 と上着を受け取ろうとして手を伸ばしたが――


 「そうだ、これ私が修繕してお返ししようか。元はといえば私達の隊長が傍観してたせいでもあるし」


 ――急に引っ込められて空振りに終わった。


 「いいですよ。そこまでボロボロだと新しいものにしたほうが早いでしょう」


 「いいからいいから、もう決定事項。そうだ、私の上着貸してあげる。体大きいからサイズも大丈夫だと思うよ。それ、隠さないといけないでしょ?」


 むき出しのホルスターを指してそう言う。


 「ハードボーラーのカスタム仕様? 随分と手の掛かってるわね。学生が手にする代物じゃあないでしょう。いいわねー」



 押し切られる形で借りてしまった上着は確かに、というよりいくらか大きいくらいだった。


 「それじゃあ直ったら連絡するから。またね、蘇芳菖蒲君」


 名前も連絡先も完璧に把握済みということか……。


 (特務は腕が長い……ね)



――――――――――――――――――

 (思ったより遅くなってしまったか。本来の目的に加えて珍客の介入があったからな)


 俺が椿と練習試合をしたのが大体十時前くらいだろうか、教会から戻り、学園の門に辿り着いた現在の時刻は既に正午を回っている。何食わぬ顔で皆と合流するか? それよりもまずは肩の傷を何とかしなければ。滲んだ血で名も知らぬあの人の上着が汚れてしまわないように脱いだ。スピード重視で無理矢理止血したがそろそろ誤魔化しきれなくなってきた。

 肩の痛みに気をとられていると、不意に足元が柔らかいもので掬われた。まるで重力に逆らうかのように浮かび上がる。


 (実体がない……これは風?)


 「対象者確保!」


 門柱の影から苺さんが現れる。彼女のギフトは相手を傷つけない様な繊細なコントロールも可能なのか。もう一人、小御門先生もいたようだ。


 「よし、それでは保健室に…………いや、この出血と傷はいささかお嬢様方には刺激が強すぎる。館のほうに運べ」


 「アイ・マム!」


 敬礼の真似をしておどける苺さんのギフトに抱かれながら搬送されていく。


 「あまり無茶をするな馬鹿」


 「……すみません」


 いつぞやのように頬をつねられるという可愛らしい実刑付のお咎めを受けたのだった。


 

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