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女神達の花嫁  作者: ALMOND
二章
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第三節

 「事故……ですか?」


 昨日とはうって変わって俺の部屋には――なぜわざわざ俺の部屋かは謎であるが――小百合さん、小御門先生、カルミアの三人が集まっていた。その主な理由というのが昨日、学園生が事故にあって入院する事態に陥ったという事を知らせるためである。


 「なぜそんなことを俺に? 不幸なアクシデント、お気の毒にとしか言えませんが……」


 「それが同時に三箇所で起きていたとしたら?」


 小御門先生の言葉に遮られて口をつぐむ。三箇所も……最早それは――


 「事故ではなくて事件だな。気をつけろよ少年」


 人のベッドを占領して好き勝手にゴロゴロしているカルミアに代弁される。ことあるごとに端に腰掛けている俺にちょっかいを掛けてくるので文句の一つでも言ってやろうかと思ったが。小百合さんの咳払いによって衝動を堪える。


 「菖蒲ちゃんに気をつけてもらうというのは間違いではありません。今回事故にあったのは三人。その全てが一年生のワルキュリアという共通点があります」


 「それはまた……目的はやはりエルグランデでしょうか」


 例えば優勝者に仕立てたい生徒がいるとして、それ以外の参加者を蹴落とせば勝手に勝ち上がるという寸法だが……。


 「それにしては状況が露骨すぎる。現にこうして不慮の事故であることを疑っている者がいるのだからな。私ならもっと上手くやるぞ」


 そう、いくらなんでも一度に三回はやり過ぎである。疑ってくれと言っているようなものじゃないか。それも狙いなのか、もしくはそれでも実行する必要があったのか……。


 「一応"特務"に要請して学園街の警邏をしてもらう予定になっている。最良なのは生徒一人ずつの行動を見守ることだが、それはリソース的にもプライバシー的にも不可能だ」


 特務というのはワルキュリアのみによって構成される独自の権限を持つ軍事機関の名称である。悲しいかな神様の贈り物は時として犯罪に利用されることもある。それに対抗するために設立されたという逸話がある。


 「もう一つ、菖蒲ちゃんに話しておきたいことがあって……。事故に見舞われた三人のうち、一人の生徒は一緒にいた上級生の機転によって比較的軽症で――と言っても入院を余儀なくされていますけれど、その子からは当時の話を聞くことが出来ました。その中で奇妙な事が」


 残りの二人は命に別状は無いが、未だ意識不明であるそうだ。


 「というと?」


 「なんでも事故に遭う直前に彼女にだけ声が聴こえたそうです。歌声が……」


 一人にだけ聴こえる歌声、最近似たようなことが……。


 「その歌ってもしかして……」


 「アヴェ・マリアです」



――――――――――――――――――

 「私に付き合って」


 特務の暗躍のおかげかは知る由も無いが、あれ以来生徒が事故に見舞われるという自体は起こらなかった。しかしその入れ替わりといわんばかりにエルグランデも近づく中で、熱が入るあまり軽い怪我をする生徒も多い、今も苺教官が二人ほど連れて医務室へと向かっていった。それを他人事に見送っていると、遂に俺にも練習相手が現れたのだ。


 「北山椿さん……だっけ? こちらとしては構わないんだけど、北山さんはいいのかな?」


 俺は彼女がどういう人物かを知っているが、一応は初対面だ。変に踏み込んだ話をしてしまわないように、意図してよそよそしく接する。


 「よく名前を知っていてくれたわね。でも下の名前で呼んで、北山は嫌いなの。後呼び捨てで、私もそうする。……もう他の腕が立ちそうな人達とは全員戦ったから、あなたが最後」


 そういえばリラが転校して来た日にも一心不乱に戦っていた気がする。でも俺が言いたいのはそういうことではなく……。


 「俺は花嫁だが……」


 「大丈夫、ギフトを知られることなんてワルキュリアにとって何のディスアドバンテージにもならない……そうでしょ? 貴方と私はグループも違うし。寧ろそんなことに怖気づいている時点で負けを認めるようなもの」


 まるで周囲を挑発するかのように声を大きくして話す。豪胆な性格をしている。まだ名前を拒絶してはいるが、以前華香里から聞いたような鬱屈とした雰囲気はない。あの日のデルフィン先輩の様子から家に関してから何かのフォローアップがあったのかもしれない。


 「ははっ、そうかもしれないね。いいよ、お手柔らかに」


 「教官を相手取って対等だった人が何を言うのかしら」




 決闘場が形成されていくのを感じる。彼女はその背丈以上もある獲物を具現化させた。柄が長く、それに伴うかのような巨大な刀身……と言うべきなのか切っ先が小さく二又に分かれている。刀身に切り込みのような装飾が施されているのが目立つ。


 (斬る・突く・叩く、全てできそうなサイズ。一振り受ければ致命傷だろう。大剣……にしては形状が独特で面白いな)


 俺と同じようにまず間違いなく何か仕掛けがあるだろう。


 「私のこれが気になるの? ならもっと近くで見せてあげる!」


 刹那、身体を反らした俺の眼前を軌跡が掠める。あの大物を携えながらも攻撃が速い。時折振りの勢いを利用して攻撃を加速させて緩急をつけてくる。腕利きの生徒を倒して回っただけの事はある。そこから生み出される風圧も合わさり、まさしく嵐のような猛攻を見せている。聖具のリーチとも合わさって射程圏内が非常に広く近づくこと能わない。


 (相性だけで見れば最悪の相手だ。どうにかして懐に……)


 このままでは主導権を握られたままだ。攻撃しなければ勝ちは永遠にありえない。それは分かっているのに……。


 (近づけない!)


 椿も出鱈目に聖具を振り回しているわけじゃない。後の先――俺が覚悟を決めて飛び込もうと前に僅かにでも出ればそれまでとは異なる、致命の攻撃を繰り出され出鼻をくじかれて押し戻される。彼女の攻撃を見てから行動を起こすこと自体が彼女の掌の上ということに他ならない。もっと高い次元の、椿の思考をトレースするかのような未来予知にも等しい業でなければ。


 (集中しろ……体の動きから次の軌道を予測するんだ……)


 あの忌々しい館での光景が脳裏をよぎる。その恐れからか、いつの間にか鍵をかけてしまった与えられた(・・・・・)ギフト……。


 不完全ながらも次第に視えてきた(・・・・・)、頭で描かれた椿を現実の彼女がゆっくりとなぞる様に動く。それを頼りに暴風地帯をゆっくりと進み、距離が縮まっていく。


 (いける……!)



 「くっ!」


 嵐は止んだ……防御に転じるしかないと悟ったか、彼女は聖具を盾にするかのように構えて俺の突きを受け止める。その大きさが足を引くか回避行動をとる気配はない。

 すぐさま横に回りこみ、ダガーを解除して元のグローブに再形成し近接格闘に切り替える。防御姿勢を崩すため腕を掴み、力任せに地面に押し倒す。倒れながらも彼女は聖具を振り抜いてくる……が今の俺にはその悪あがきも視えている。


 (これで終わり!)


 だが次の瞬間、彼女の姿が消える。いや、高速で移動したのだ。チェーンが巻き取られるような音に釣られて振り向くとそこには地に足をつけた椿と、明らかに刀身の伸びた彼女の聖具だった。見ると装飾だと思っていた切り込みが刀身の伸縮を担っている。


 「まさかカラドボルグとギフト。両方を一気にお披露目させられるなんてね」


 カラドボルグ、それが彼女の聖具の名か。加えてあの状態から脱出した種がギフトなのだろう。直前の体勢から推測するに自らの足で移動したのではない。とすると空間移動か?


 「本番まで温存しておくつもりだったけれど……仕方がないわ。代償としてこの戦い、白星をあげさせてもらう!」


 カラドボルグが槍のように突き出される。先ほどの予測上では届かない、だが既に俺は見せ付けられた。そのリーチはフェイクだと。記憶を頼りに修正する。音を立てながらろくろ首のように切っ先が迫る。


 (さらに射程が広がるか、でもそれは諸刃の剣だ)


 素の状態でも巨大さ故に自身の動態を鈍くしていたのだ、それが更に大きさを増すことは足枷を増やしていることと同義なのではないのか。そう考えてもう一度接近を試みる。


 「ま、そう考えるわよね」


 不適な笑みを浮かべた後、また彼女の姿が消えた。いや、今度はしっかりと視えた。伸ばしたカラドボルグをまるでフックショットのように利用して移動したのだ。だが不可解なのは明らかに虚空に(・・・)突き出していたことである。


 (空間に作用するようなギフトなのか? 何にせよこれで彼女のウィークポイントはほぼ存在しない……か)


 聖具とギフトによる力業の移動で接近されると苦しいという弱点を補っている。もう簡単には近づくことすら叶わないだろう。


 (さてどうするべきか)


 案じている余裕はない。


 「ほら、こういうことだって出来るんだから!」


 椿が今度は上空に聖具を突き出して跳躍したかのように空中に高く飛び出す。


 (まずいな、空中から攻撃されればこちらに反撃の余地はない)



 その時、突如として耳に届く声が。これは……


 ――アヴェ・マリア!


 「何これ……」


 椿が困惑したかのように耳を塞いでいる。彼女にも聴こえているのか。


 (小百合さんの話の通りなら次は俺達が――)


 不意にけたたましい音が響く。滞空する椿の背後、つまり天井。そこに備わる明滅する一つの照明からだ。まさかあれが――


 「え……」


 一回り大きな音を発してついに照明が落下した。落下先はちょうど俺がいるあたり、咄嗟に安全圏まで退避しようとするが……。


 (そうだ、椿は!)


 先ほどまで俺に向かって攻撃の為に飛んだのだ、なら着地地点も……。


 「くそっ、間に合うか」


 再度カラドボルグによって移動することが彼女にとって正しい判断だが、唖然としてただ自然落下に任せるのみだ。このままではあれの下敷きに……。

 すぐさまワイヤーを形成し彼女の体に巻きつけて引き寄せる。彼女を抱きかかえて一言、


 (借りるよ)


 と心中で断りを入れつつギフトをコピーする。椿のギフトが一体どういうものなのかは定かではない。だが先ほど見たことと同じことくらいは出来るはずだ。虚に向かってワイヤーを投げつけギフトを行使、そして力任せに手繰り寄せる。体が引っ張られる感覚――。


 「――――――」


 耳を劈く激しい轟音と数多の悲鳴。耳障りな音が無事に聞こえるということは生きているみたいだ。安堵に胸が包まれる。


 「はあ……大丈夫?」


 腕の中で丸まる椿の安否を確認する。コクンと小さく頷いたのでゆっくりと立ち上がらせる。


 (うん、目立った外傷はなさそうだ)


 

 脱いでいた上着を素早く羽織り、次に落下した照明に近寄り検分する。天井と溶接されていたはずの部分が落下防止ワイヤーごと断ち切れている。浸食や老朽化によるものでは決してない。天井を見上げると、本来これがあった場所から程なく離れた所に小さく穴が開いているのが辛うじて見える。


 (狙撃……AP弾でも使ったか?)


 何にしても意図的な案件であるという確証は持てた。穴と照明の位置関係から考慮して……。


 (体育館外からの狙撃、ギャラリーの窓を通して狙ったか。リラじゃない)


 これまでの経緯からリラに対する疑いもあったが体育館にいる彼女ではあの角度から撃つことは不可能だ。


 「兄さん!」


 「菖蒲!」


 騒動を目の当たりにした華香里と藤花がこちらに駆け寄る、その背後にリラの姿も見える。


 「はい退いて。怪我は?」


 青ざめる華香里を押し退けてダリア教官が体をペタペタと触診する。


 「ちょっとくすぐったいですね」


 教官から下がり軽口を叩いて無事をアピールする。


 「ごまかさないで。あれだけの衝撃と破片で無傷なわけが――」


 「俺はかすり傷程度なので大丈夫です。一人でも保健室へ行けます。それよりも椿の方を診てあげてくれませんか」


 俺にはやることがある。話の腰を折って椿の手を引っ張る。


 「え? いや、私は……」


 椿を教官に押し付けて出口へと歩く……とその前に道中でリラに尋ねごとを済ませる。


 「…………」


 「……うん、学校から西の方に一堂あるけど……」


 よし、それじゃあ汚れた服を着替えて急ぐとしよう。



――――――――――――――――――

 ダリア・華香里・藤花の三名は嫌がる椿を半ば強引に保健室へと率いてやって来た。そこにいたのは担当医と苺、そして彼女に連れられた生徒だけだった。


 「あれ? 兄さんはどこですか?」


 困惑気味の華香里。先に一人で行くと言っていた菖蒲の姿が無いのである。


 「菖蒲ちゃん? 来てないよ。それよりもどうしたの大所帯で」


 「それがね――――――――」



 「そんなことが……それではすぐに治療しないと」


 事情を聞いた養護教諭は椿に椅子を勧める。


 「あの……何度も言っている様に私は大丈夫だから……」


 「そんな訳無いでしょう、自分の腕を見てみなさい」


 椿の腕は大量ではないが血に塗れている。誰が見ても大丈夫とは思われないだろう。


 「え……ち、違う。これ私の(・・)血じゃない。私、本当に怪我なんてしてない、彼が……菖蒲が庇ってくれたから」


 その時、保健室のドアが開く音がしてリラが顔を覗かせる。


 「あのー、さっき菖蒲に教会の場所を聞かれたんだけど。もしかしてここにいないの?」

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