第二節
「違う、なぜ今のは反撃に乗じる場面だ。過剰な回避行動は防御にならないぞ。こういう風にな!」
顔の横を刃が掠める。避けても避けても逃げ切れない。捌ききることが不可能になり、聖具をワイヤー化してその切っ先を巻き止める。
「それは自らの手を封じていることと同じだ」
彼女は刀をすぐさまその背後に投げつける。その意図に気づいたときにはもう遅い。巻きついた刀が急速に移動したことにより俺は体勢を維持できずに。前方に引き寄せられる。 バランスを崩しながら小御門先生に近づいていく俺を待ち受けるのは当然……
「終わりだな」
傍から観戦していたカルミアの声が届く。次の瞬間視界は三百六十度ひっくり返った。
「ははっ。景気よく回ったな少年」
グラスを傾けるカルミアを横目に反省会は続く。
「正直に話すと……今のままでも君はアプロディーテの名を頂戴する可能性は高い。恐らくほとんどの相手を封殺できる。だが同年代だけに強くても仕方が無いだろう?」
「要は私や譲葉に一発お見舞いできるくらいにはなれということだ」
そう、今の今まで俺はこの二人相手に一撃もくれてやったことがないのだ。勝ち目は元々皆無に近いとはいえ一矢報いるくらいにはなりたいものだが。
「……まあそういうことだ。現状君はその聖具に戦術を調整するだけでも一苦労だろう。戦い方が完璧でないと考えているから必要以上の行動をとってしまう」
段々とカウンセリングじみてきた。
「そういえば……あの時少年は剣を持っていただろう、なぜ二つも聖具を所有しているかは知らんが。あれは使わないのか? あちらの方が今の少年には適している」
ダモクレスの剣こそ使うわけにはいかない。相手がブレイサーである限りは。
(せめて俺があの頃のように……)
それは小さな頃に味わった苦痛、今でも鮮烈に刻まれた記憶に懊悩を耐え切れず気分が悪くなる。
「このままではいつかは壁に当たってしまう。今のままではきっと乗り越えられないだろう。だが君の覚悟次第で壁はあっさりと崩れ去る。頑張れよ…………少年」
最後のは俺を和ませるための先生なりの最大限のジョークなのかもしれない。一番笑っていたのはカルミアだったが……。
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エルグランデ 競技規則
・ワルキュリア一対一によって勝敗を決する。
・試合時間の制限は基本的に設けない。
・決闘中の競技者以外からの支援を禁じる。
・決闘において聖具を格納することは試合を放棄したとみなす。ただ一時的に手放すことはその限りではない。
・聖具以外で決闘の優劣を左右すると思われる道具の持ち込みを禁じる。
・事前のギフト使用によって決闘の備えをすることを禁じる。
「随分あっさりとしたルールですね。頑張れば隙間を縫ってあれこれできそうなくらいに」
決闘に際するルールを眺めながら華香里が零す。エルグランデ前の休日、華香里と藤花が俺の新天地に初めて訪れて来ている。
「そのあたりは規則じゃなくて規範によって守られてきたんだろう。ここで邪な手段で勝ったってその後の学園生活を過ごしづらくするだけだからね」
そう言って膝の上の華香里の髪を撫で付ける。最近ゴタゴタした上に寝る場所も離れてしまったから学園以外でほとんど構ってやれなかったな……。相当ご不満だったのか今日はいつにも増してお姫様状態だ。
「あんた達二人の時はいつもそんな感じなの?」
呆れ顔でテーブル備えの椅子に座る藤花。少々はしたないが気にする性質ではないだろう。テーブルの上では人数分のコーヒーと、人数分よりも遥かに多い量ケーキが並んでいる。
「そんな感じとは? ほらほら兄さん手が止まってますよ……ああ苺は最後です」
指示通りにショートケーキの苺を端に退けておき、一口サイズにフォークに乗せて口元へ運んでやる。華香里の両腕は俺の腰周りに巻きついている。まるで雛鳥への餌付けだ。
「それよ、それ! いっつもそうやってべったりなの?」
「一般的な兄妹のスキンシップでは? 小百合さん達ともずっと昔からこんな感じでしたよ。藤花さんもやってみます?」
想像したのか顔を紅くしながら首を大きく横に振る藤花。流石に俺も華香里以外にするのは恥ずかしいぞ……。
「おかしい……絶対におかしい……」
尚も苦悩の渦から抜け出せない様子だったが二人の訪問者によって救われることとなる。
「お邪魔します」
「やっほー。みんな元気? 私達も混ぜてー」
相変わらず気の抜けるテンションの苺さんとダリア先生。ありがたい事に二人はこっちに引っ越してからも部屋に遊びに来たり、ティータイムに誘ってくれたりと非常に親身にしてくれている。しかしいつも唐突なので今回の場合……
「あー! これって財団ビルのすぐ傍にあるケーキ屋でしょ! いいないいな~」
肩をホールドしてぐらぐらと揺らされてもないものはない。買った当初はここにいる人数全員に振舞っても余るくらいの量があったが今ではフィルムが残骸として積まれているのみだ。はてさてどこに消えたのやら。
「また今度ご馳走しますよ」
本当に面白い人だ。いじける姿を眺めながら心からそう思うのだった。
「それではまだ藤花のギフトは発現しませんか」
ダリア先生と藤花、両方がいるので経過を聞いている。
「ええ、これだけ長い期間発現しないとなると自然にではなく、何かトリガーになる事が必要なのかもしれません」
「トリガーですか……」
一年生だから今年で十六歳。たしかにそれだけの時間を経ても予兆すらないのは妙だ。早い者なら物心つくよりも先に、普通でも十歳になるくらいには六日目と認められ、ギフトが行使できるようになる。ただの外れ値とするには異常すぎる。
「みんなはどうやって使えるようになったの?」
藤花が各々に問いかける。ブレイサーに対しては度々投げかけられる質問だが答えはほとんど決まっていて……
「気がつくと」、
「気がついたら」
「何時の間にか」
と、いう具合だ。何の参考にもならない三者の返答に困った藤花はすがる様な表情で俺を見る。
「菖蒲はどうだった? 花嫁だったら何か違うんじゃない?」
「…………なんとなく」
俺の答えも前三人と同様だ。
ギフトを使える――ということは直感である日分かるようになる。俺もその例に漏れなかった……。がっくりとうな垂れる藤花には残念だが。
「花嫁といえば……菖蒲ちゃんエルグランデどうするの?」
何かに気がついたといった様で、苺さんが口を開く。
「どう……というと? 通常通り戦うつもりですが」
攻撃の意志が弱いという小御門先生お墨付きの問題は抱えているが。
「いやほら、花嫁の能力をギフトと考えるならルール上は……」
――事前のギフト使用によって決闘の備えをすることを禁じる。
これに則るとあらかじめギフトをコピーしておくのは違反ということになるということを彼女は言いたいのだろう。
「まあ仕方がありません。むしろそうしなければ俺だけ相手によってギフトを変えられることになりますから」
「逆に考えれば蘇芳さんは対戦相手から受け取らなければならないため、常に一手少ない状態から始まるということですけれど。いずれにしても平等な条件というのは難しいですね」
ダリア先生に痛いところを突かれる。ついでに言うと相手に触れなければコピーできないことも苦しい。まだこの部屋にいる人以外にはその条件を知られていないが……。
「あちらを立てればこちらが立たず。運営的には俺一人の為に他の数十人が不平等を被るくらいなら、他の数十人の為に俺一人が不平等を被る方が得策でしょう。甘んじて受け入れますよ」
「お? 言うねー、男の子だねぇ」
褒めてくれるのは嬉しいが頭を無茶苦茶に撫で付けるのは止めてほしい……。
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同時刻 学園街
学園街に付属する大型ショッピングモール、若者向けの店が数多く出店し、沢山の学生が集う憩いの場となっている。そんな中で二人の学生が道を並んで歩いている。
「先輩、今日はありがとうございました! おかげで一段と強くなった実感があります!」
先ほどまで訓練でもしていたのか、双方ともほんのりと汗ばんでいる。エルグランデ間近になるとよく見られる光景だ。
「それなら良かった。随分と熱心だったからこっちまで熱くなっちゃった」
「私、先輩みたいに学年で一番強く……あ、いいえ、少なくとも上位には食い込みたくて……。あー、のど渇きませんか? カフェに寄っていきましょう!」
照れ隠しか早足で前を歩き出す後輩と思しき長髪の少女。その背中を微笑ましく眺める先輩の背高な少女。しばらく進むんだところで急に前を歩く少女が振り返る。
「え? 先輩、何か言いました?」
何かが聴こえたのだろうか。だが問いかけられた彼女は何も口にしていないし、耳にしていない。そのことを伝え、振り向く少女に並ぼうと近づいていく……。
――刹那
「! サヤ!」
「え……」
改装中だったか、木製の全身等身大マネキンが立て掛けられ、チェーンで押さえられていた壁際。そのチェーンが嫌な音を立てて弾け飛んだ。支えをなくし、大きな音を立ててサヤと呼ばれた少女に倒れてゆくマネキン。突然の出来事に硬直してしまっている彼女。
次の瞬間、彼女の眼前に氷壁が現れる。咄嗟に先輩である少女がギフトによって作り出したのだ。しかし、あまりの出来事に集中し切れていなかったのか氷壁は一瞬だけマネキンを受け止めた後、あっけなく瓦解してしまった。倒れ掛かるマネキン。下敷きになる少女。
「サヤ! サヤ! 誰か、誰か救急車を!」




