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女神達の花嫁  作者: ALMOND
二章
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第一節

 「天にまします我らの神よ。ねがわくは御名をあがめさせたまえ。御国を来たらせたまえ。みこころの天になるごとく――――」


 教会の聖堂。一人の少女が主の祈りを捧げる。栗色の髪から覗く顔は真面目そのものであり、祈る所作もたおやかである。よほど信心深いのだろう。


 「――――アーメン」


 祈りを終えた少女は聖堂を後にする。そこに待ち受けていたのは聖職者の服装をした腰の曲がった老人とシスターだった。


 「今日はいつもにもまして熱心でしたね。準備はできましたか?」


 「はい。しばらくここで祈りを捧げることはできなくなりますからつい……」


 「主はどこにいても見守ってくださいますよ。後はよろしくお願いします、シスターライラック。それでは行ってきなさい」

 

 老人に深くお辞儀をしてから少女とシスターは歩みを進める。彼女の背が小さくなっていく姿をじっと眺めていた彼に近寄る人影があった。


 「よろしかったのですか大司教様。これでは枢機卿すうききょうのシナリオ通りでは……」


 大司教と呼ばれた老人よりも、比較的若い神父が浮かない顔をして語りかける。


 「それでも送り出さないわけにはいかぬ。これはあの子の望みでもあるのじゃからな。それに今年、あの学園には面白いものが混じっているようじゃぞ」


 「面白い……ですか? 一体何が……」


 大司教は何も答えない。ただ笑い声が返ってくるのみ。


 「ホッホッホッホッ……」


 (これからどうなるかは神のみぞ知る、といったところじゃな。願わくば彼が我らの小さな女神様の救いとならんことを……)



――――――――――――――――――

 「リラ・ミシェーレ。入国の都合で学園に来るのに時間がかかったがフランスからの新入生だ。自己紹介は空いた時間に勝手にしろ、今日はいろいろやることがある。君の席はあそこだ」


 かなり大雑把な紹介をする小御門先生。クラス中の関心は明らかに遅れてきたクラスメイトに向いているが、有無を言わさぬ勢いでショートホームルームを進めていく。


 「一週間後から始まるエルグランデだが、本日の正午すぎから各自のチャリスに対して組み合わせと競技規則が発布される。ミシェーレも事前にワルキュリア志望であることが申告されていたため参加登録がされているが構わないな?」


 「大丈夫です」


 短い返事が締めくくりとなりショートホームルームが終了する。



 「わざわざ遅れてまでここに入学するなんて変わってるよね」


 お嬢様方も転入生――厳密には違うが――というイベントに気持ちが高まるのか授業までの空き時間、クラスにおける人口密度は明らかに一箇所に片寄っている。藤花はそれを遠目に見ながら俺の机(人の机)にどっかりと腰掛けている。

 藤花の謹慎はあっさりと解けた。特に誰かに危害を加えたわけでもなく、熱心さが高じて単に夜の学園に忍び込んで自主練習・・・・をしていただけ……という決着になった。


 「そうだな。フランスだったら欧州の中だけでもいくつかここと同じような所があるはずだけど。そこでは駄目な理由があったんじゃないかな」


 「うーん……」


 指でくるくると机の上で円をなぞりながら考える素振りを見せる藤花。そしてそれは何かに行き着いたようで。


 「そっか! 菖蒲に会いに来たんだよ、菖蒲はここにしかいないもん!」


 「それはないな」


 否定の形で即答する。藤花はそれがお気に召さなかったようで。


 「ぶー、なんでさ」


 俺の頬を両手で挟み顔を近づける。あれ以来藤花との距離感は一気に近くなった。憑き物が落ちたというところか。


 「彼女は国の関係で遅れこそしたが、入学自体は既に決まっていたんだろう? なら俺がいるということを知っていたとしてそれから申請するのは不可能じゃないか?」


 入学願書というのは当然その学園に入学する前に提出するのだから。


 「それもそっか」


 ようやく俺の両頬は解放された。こういうやり取りも学生らしくていいなと思う。この間にもリラの話には耳を傾けているが……。


 『――私は教会で育って――』


 気になるフレーズが聞こえた。俺と同じ考えに至ったのか、一部の生徒が顔を曇らせる。


 (まあそう考えても仕方がないかな)


 彼女らが貴族派である限り……。

――――――――――――――――――

 「でね、そのリラって子フランスの教会から来たんだって!」


 カフェテリアにて、藤花が楽しそうに他人の身の上話を華香里にする。


 「なんとなく分かります。先ほど食事の前に十字を切ってましたから」


 リラは俺達の席からそこそこ離れたところで数人の女子達と会話に花を咲かせている。

 ちょいちょい、と袖が引っ張られる感覚がした。犯人は華香里だ。


 『教会から来たということは例の神命派が関係しているということは……』


 『可能性はあるね。でもまだ何とも言えないよ』

 

 "教会"というのは一般的に施設的な物を指す言葉であったが、今日更に大きな意味を持つこととなった。受肉は宗教家達にとって……いや世界中の人々にとってもだが、青天の霹靂であった。なにしろ自分達が崇める神の存在証明が突然為されたのだから。彼らは当然喜び舞い上がった訳だが、同時に厄介な問題に直面することとなった。


 新宗教である。特に宗教離れが深刻だった若い者を中心としたコミュニティーにおいて、今までの宗教は過去(・・)の神に基づいてつくられたものであり、受肉によって証明された新しい(・・・)神に対してではない……という既成の宗教を良しとしない風潮が起こった。その結果新興の宗教がそこかしこで起ちあがった。


 あらゆる宗教が互いを水面下で牽制し合う。そんな"宗教冷戦"を危惧した宗教家達が信仰の垣根を越えて一つの大きな秩序を持つコミュニティーへと統合しようと考えた末に生まれたのが"教会"である。日本では独特の宗教観からあまり浸透しなかったが、欧州を中心として大きな動きとなった。全ての宗教が統合されたわけではないが、階級制度も設けられ今や一種の国家のような扱いとなっている。


 教会で育ったからといって全てが神命派の思想を持つというわけではない。むしろそちらの方がマイナーである。教会に属しながら貴族派である家だって少なからず存在する。しかし教会という社会にいた人間が神命派の思想に染まりやすいのもまた確かなことである。


 ……と、チャリスに何かの通知が届いた。俺だけじゃない、見渡した限り全員が受け取ったようだ。ということは……


 「エルグランデのことかな? うーん……と、ああやっぱり! 菖蒲はアプロディーテにいるよ」


 一年生がヘスティアー・アプロディーテ。二年生がアルテミス・デーメーテール。三年生がアテナ・ヘーラーか……。それぞれのグループに均等に振り分けられたワルキュリアがトーナメント形式で戦うと言うものだ。各グループで優勝した者は一年間その神の名を冠することになる。

 

 知っている名前を探してみる。リラの名はヘスティアーにあった。戦うことは無いだろう。他には……


 「あ……」


 藤花が何かに気がついたような声を上げる。横目に視線を追うとその先には……


 ――北山椿


 ヘスティアーの中に彼女の名が記されていた。



――――――――――――――――――

 「もうすぐエルグランデが始まるわけだけど、自分の作戦があるって子もいるよね? そんな訳で物分りがいい教官は今回、各自の自主性に任せちゃう! 質問、挑戦状のある子は遠慮せずに来てね~」


 ワルキュリアの授業。苺教官はああいっているが小御門先生によると、この時期は毎年自主訓練にするのが慣習なのだそうだ。


 (さてどうするか……)


 俺が花嫁であるということはすっかり周知の事実だ。自らのギフトがコピーされてしまう……それはつまり自分の手札を明かすことだ。まあ実際には教官のかまいたちのように俺自身で理解できた範囲でしかコピーできなのだが……。いずれにしてもそんな奴に近づく者がいるはずがない。練習相手になってもらうなど到底不可能なことだ。


 ちょいちょい、袖が引っ張られる。今度はリラか……なんだ?


 「あなたがアヤメ? おとぎ話に出るブレイサ(la mariée)ーの(des)花嫁(apôtres)だって聞いたのですけれど本当ですか?」


 まさか初日で知られるとは思っていなかったが丁度いい。こちらからも聞きたいことがあるから暇つぶしに付き合おう。


 「実際の性別的には男の花嫁(le marié)だけどね。それよりも俺からも聞きたいんだけれど、君はなぜこの学園に?」


 アングレカム学園は世界的にも有名だが、ブレイサーのための学園はここ一つだけではない、それこそフランス本国にだってあったはずだ。わざわざ入学を遅らせてまでやって来る必要はがあるのだろうか?


 「最初は猊下げいかの勧めとかで……教会にいらっしゃる大司教様に尽力していただきました。私もどうせならより質の良い学園に通いたかったですから願ったり叶ったりです」


 猊下!? 教会で猊下と言うことは枢機卿クラスか。教会の中でも高位聖職者である枢機卿が一体なぜただの少女に? ……いや、ただの少女ではないからということか。ではやはり神命派というのは……。


 (だが彼女が神命派だとするなら正直すぎるな)


 ただの世間話でべらべらと話しすぎではないか。関与はしていないのかそれとも何か考えがあってなのか……いずれにしても面倒事が起こりそうな予感が抑えきれなくなってきた。



――――――――――――――――――

 放課後、先ほどまで簡単にリラの事について小百合さんに報告を行っていた。華香里や藤花はテラスで待っていると言っていたが……。


 「おーい」


 両手を大きく振って存在を示す藤花が見える。そこまでしなくてもいいのだが……。

苦笑いを隠さずに近づく。


 「おまたせ。先に帰っていてくれても良かったんだけど」


 「そう言わずに、街でお茶でもしないって話になったから菖蒲も待ってたの」


 そうか……と、共に歩き出す。

 校門まで間もなく、といったあたりだろうか耳を揺さぶる音に足を止める。


 「どうしました?」


 不思議そうに俺を見つめる華香里に釣られて、藤花も足を止める。


 「いや、歌声が聴こえる……」


 「歌……ですか? 話し声ばかりで何も……」


 誘われるように声のするほうへ進む。


 「あ、本当だ。何か歌みたいなのが聴こえてくる」


 微かだった声は次第にはっきりと耳にできる。


 「確かに歌声のようですね。この歌は……」


 ――アヴェ・マリア(Ave Maria)


 「――――あら、アヤメとトウカ? どうしました?」



――――――――――――――――――

 「信心深いんだな。毎日歌っているのか?」


 折角なのでリラも連れて街のカフェで一服することになった俺達。


 「単純に好きだからです。あの学園は広いのでばれないと思っていたんですけど……少し恥ずかしいです。耳がいいんですね」


 顔を赤らめながら頬をかくリラ。誰かに聴かせるつもりはなかった、ということだろう。なんとなく罪悪感を覚えるな……。


 「兄さんは基本的にデリカシーが足りていません。何度も注意してるのに一向に改善されませんし……」


 苦言が止まらない華香里と


 『女の子の監視までしちゃうもんねー』


 小声でこっそりと俺にだけ話しかける藤花とで板ばさみであった。


 「リラさん、こちらにいましたか」


 テーブルの外から彼女を呼ぶ声がする。声の主は修道服に身を包んだ、明らかにシスターですといった出で立ちの女性だった。


 「シスターライラック。こちらの方々とお茶をしていました。皆さんとても親切です。シスターはどちらに?」


 「私は先ほどまで学園に。教会の代理として学園長への挨拶を済ませてきました。もうすぐ日が暮れるので貴女と一緒に帰ろうと思っていたのですが……学園にいなかったので探しました」


 ……過保護だな。やはりそれだけ重要な存在なのか。


 「ごめんなさい、折角のお誘いだったので……。それでは皆さんまた明日お会いしましょう」


 二人そろって恭しくお辞儀をして去っていった。小さくなっていく後姿が向かうは寮の方角ではない。同居しているのだろうか? それにしても……


 「物騒な方……」


 カップから口を離した華香里が一言で第一印象を語る。藤花は意味が分からないといった顔で三つ目のケーキにフォークを刺す。どうでもいいが太らないのだろうか? これを聞くとまたデリカシーがどうのこうの言われてしまうので黙っておくが。


 「え? いい子だと思うんだけど……」


 「そっちじゃなくてシスターの方だと思うぞ。彼女、俺達に出会って最初から最後まで、お辞儀や歩いていく時も不自然に脇が締まってなかった。脇下か胴回りに何か仕込んでいるかもしれない」


 可能性としてはホルスターや短刀などだが……。教会にとって重要な子のようだし護衛なのだろうか。この事も報告しておかないとな。


 「ええ……。そうだとしたらシスターなのに怖い人だね。あ、すみませーん。アップルパイ一つ、シナモン多めで」


 「……君のお腹の具合も怖いぞ」


 遂に我慢できずに華香里の説教覚悟で突っ込みを入れてしまった。




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