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女神達の花嫁  作者: ALMOND
一章
15/44

終節

 「では処罰を言い渡します。カルミア・エイベルはこちらが指示する場所にて無期限の謹慎。副理事の地位も暫く剥奪します。八代藤花、あなたも寮自室にて同じく謹慎。ただしダリア先生の強い希望によってリブラリアンとしての授業は受けることを特別に許可します」


 早朝、学園長室に再び集められたカルミア・藤花両名は小百合さんからによって謹慎を命じられていた。事情を知ったダリア先生は藤花のギフトの開花のために、と授業を受けさせることを主張していた。


 「ずいぶんと軽いな。もっと重くもできるだろう、警察に言うのも一手だぞ? なあ少年」


 減らず口を叩くカルミア。俺が何をしたかを薄々感付いていて警察沙汰にするとややこしくなる事を分かっているのだろう。


 「今回ヴァーミリオン家は騒動を内部だけで処理しました。ならば我々も内部で終結させてもおあいこでしょう」


 既に財団での後始末は決着がついているだろう。今から警察だろうとなんだろうと蒸し返したところで無駄足になる可能性も高い。


 「まあせいぜいしっかりと謹慎させてもらうさ……」


 謹慎を休養を履き違えてそうな人物であるが小百合さんが出した結論なので俺からは何も言うことはない。



――――――――――――――――――――――――

 「よかったですね、藤花さん。学園に残れて」


 そう言いつつ自室にある俺の荷物を一緒にケースに詰め込んでくれる華香里。なぜそんなことをしているかというと遂に正式に俺の住処が決まったらしい。一時間後に小御門先生が迎えに来るので支度をしておけとのこと。


 「そうだね、謹慎ではあるがダリア先生の授業は受けられるからギフトも早く発現するかもしれない」


 「それにしても……」


 華香里が何か言いたげな雰囲気を醸している。引っ掛かりでもあるのだろうか。


 「どうかした?」


 「いえ、結局のところ今回は神命派とは無縁の出来事でしたね、と思って」


 そういえばそうだ。元は神命派が何か企てているという話だったのに……小百合さんは神命派と特定した上で俺を呼んだ、ということはまだそちらの企みは終わっていない? 



――――――――――――――――――――――――

 荷造りは進み、男であるため元々大した量にもならなかったため随分あっさりと済んでしまった。


 「ついに行ってしまうのですね兄さん」


 今生の別れとばかりに未練がましく引き止める華香里に苦笑いしながら先生が待っている場へと歩いていく。


 「いつまでも華香里の部屋を狭くしておく訳にはいかないからね。それに会おうと思えば直ぐに会えるよ、話では同じ学園内らしいからね」


 「それなら良いのですけど」


 華香里を宥めながら進んでいくと壁にもたれかかっている小御門先生が見えてくる。


 「来たか。……おいおい、住処を移すのは蘇芳兄だけだぞ。妹の方はさっさと帰れ、いいな。ではついて来い」


 呆れつつも笑い声を含んだ先生に華香里は追い払われていった。


 暫く先生の案内に従ってゆくと立派な建物に到着する。


 「着いたぞ。私の学園内の館だ。お前には空いている部屋を使ってもらう」


 「学園内に別荘ですか?」


 「まあそういう解釈で構わない。名義兼所有者が私であるだけだ。八重垣やダリア教諭も住んでいたり、白羽学園長も仕事が多い日はここに泊まっていくこともあるから事実上の教員寮のようなものだ。」


 つまり教師だらけの中に放り込まれるのか。……いや別に悪いことをするつもりもないが気を使いそうではあるな。するとまるで読心術でも心得ているかのように、


 「気を使いそうか? 館ではそういう互いの立場を気にする必要はない。私もそのつもりだ。八重垣はどこでも同じだがな。まあ入るといい」



 館内部は学生の寮とは一線を画すものだった。設備も豪華なものだし与えられた二階の部屋も綺麗なものだ。俺はこういうものにあまりこだわりは無いが華香里は喜びそうだ。簡単な荷解きをしてから階下に行くと何者かから話しかけられた。


 「やあ少年。君もこちらに住むことになったのかな?」


 俺のことを少年と呼ぶ者なんて一人しかいない。振り向くとそこには椅子にかなりいい加減に座り、日中からワインを嗜むカルミアの姿があった。


 「謹慎は自宅で酒を飲むことじゃないと思うんだが。小御門先生、なぜカルミアがここに?」


 「また何かされては困るからな。そういった時にこいつを止められる者は少ない。だから教官が多く集うここへ押し込んだ」


 確かに。先生の話だと腕は鈍ったらしいが、それでも国選ワルキュリアの相手を勤められるのは限られた者だけだろう。といっても当の本人からはそのような意気は感じられないが……。


 「そんなつもりはないと言っているだろうに……。この手によってではないが私の望みはほぼ果たされたのだからな。まあ住み心地は悪くないから私は構わないがね。少年、何か軽く作れないか? できればチーズを使ったものがいい」


 傍若無人とはこのことか。謹慎中に酒を飲み、あまつさえ人につまみを作れと命じてくる。よくこれで今まで副理事を務めてこられたな。化けの皮は厚いのだろうか。


 「ああいう時のあいつは放っておけばいい、昔からあんな感じだった。それよりも君がここに住むことになったのは私の進言だ。この館には決闘の訓練に十分な広さをもつ部屋があるからな……言いたい事が分かるな?」


 「稽古でもつけてくださるんですか?」


 こちらとしては願ったり叶ったりだが、教育的な不平等を起こさないだろうか?


 「私が個人的趣味・・・・・としてな。業務上ではないぞ。君は危うい。君が過去に何を仕込まれてきたかは触れないが、いつか壁にぶち当たるぞ。ギフトも使えず、付け焼刃の戦いでそんな生き方をしていればそのうち首を突っ込んだ先で逝ってしまうかもしれない」


 過去とは暗に銃器の扱いのことを言っているのだろう。これから先、皆が皆銃弾によって制圧できる相手である保障はない。例えば高次のワルキュリアなど……そうなったら聖具とギフトによって勝利するしかない。その戦いの訓練をしてくれると言うことか。


 「ならその役目、私も一枚噛ませてもらおう。鈍った腕のリハビリにも良いかもしれん」


 何を考えたかカルミアが加わってくる。もはや自分がどういった処罰を受けたかは完全に忘れたようだ。


 「何を言っている。お前はもう少し自分が置かれた立場を考えてから物を言え」


 「では小御門、君は常に少年についていてあげられるのかな? 通常の仕事もあるのに?」


 痛いところを突かれたか先生は少しだけ顔を顰める。攻めの手は止まない。


 「そんなところに丁度暇している元国選ワルキュリアがいるんだぞ? 使うしかあるまい」


 これが止めとなったか小御門先生が忙しい時はカルミアが俺の相手をしてくれるということで決着がついた。


 「では少年、教えを請う見返りとして何か作ってもらおうか。さっき言ったようにチーズを使ったものがいいな」


 大層ご満悦そうなカルミア。疲れ果てたか先生もその対面に座り――


 「こっちにも同じ物を……」


 「おや、生徒を小間使いか?」


 「今日は元々オフだ……。同居人に何をお願いしても構わんだろう」


 なんだかんだで仲が良さげな二人の会話に軽い笑みを堪えながらキッチンへと歩を進めた……。



――――――――――――――――――――――――

 「そうですか、やはり犯人の正体は分からず……ですか。ありがとうございます」


 本家からの報告を受けた私は一先ずの安心を得ることができた。どうやら蘇芳菖蒲さんには辿り着かなさそうですね。半ば私から巻き込んでしまった以上、彼に迷惑をかける訳にはいきません。

 お気に入りの茶葉を淹れ、一息つく。執務机の引き出しから一枚の写真を取り出す。見覚えのある街並み。大きなビル。そして裏には――


 ――ニセモノの青い空と白い雲


 撮影日は今から三年前。撮影者は竜胆菜沙さん。

 彼女は三年前のある日、突然この部屋を訪ねて来て何も言うことなくこの写真を置いていった。数日後、彼女はいなくなってしまった。私が受け取ったのは退学という報告だけ。それがきっかけで色々と探り、一体何が起こっているかを突き止めることができた……でも三年間も何もできなかった。人からは女神様なんて言われているくせに。ただただ自分の無力さが情けなかった。


 (ノブレス・オブリージュが聞いて呆れますね)


 生徒である彼女に最大限の助力をする、それが私の立場が負うべき義務であったのに。入学して間もなく、祭り上げられるようにこの席に座ることになったばかりの私には理解できなかった。彼女の声無き訴えを……。


 (でもあの人は違った……)


 彼はあっさりと終わらせてしまった。人一人の命をその手にかけてまで……。


 (彼なら神命派も……)


 いけない。また巻き込もうとするところでした。自省しながらも結局頼ろうとしてしまう自分がやっぱり情けない……。



――――――――――――――――――――――――

 「エルグランデ(El Grande)? なんですそれは」


 すっかり酔いつぶれたカルミアを介抱していると小百合さんが館に訪れた。そこでエルグランデなるものの存在を知らされた。


 「本校におけるワルキュリアの祭典です。トーナメント形式で決闘を行い、各学年の最優秀者を決定します。その後も色々あるんですけど……。とりあえずはそれだけ知っておけば大丈夫」


 「要はお祭りだ。春に一年生、夏に二年生、そして秋には三年生と季節ごとに開催される。連日午後の時間に決闘が行われ、全ての生徒がそれを観戦することができる。ワルキュリアとして有名になりたいならとりあえずこれで勝ち残ればいい」


 よくあるトーナメントのようなものか。別に有名になりたくはないのだが……。


 「二年生や三年生には良い励みに、一年生にとっても大きな経験となります。なので優勝楽しみにしてますよ」


 笑顔で言い放たれる台詞に苦笑いを隠しきれない……。


 「小百合さんは知っているでしょう。俺が決闘が苦手なのを……ギフトも使えないし、それを――」


 「腑抜けたことを言うな。それに学園中の活気が高まる時期だ、奴等が紛れて何かしでかすにはぴったりな状況でもある。しっかりとした戦い方を身に付けておいて損は無い」


 奴等というのは神命派のことだろう。確かに事を起こすには良い隠れ蓑になるからそちらにも気を配らなければならないな。

 

 (うーん……)


 やることの多さにうんざりしながらそのはけ口を求めて、目の前で憎たらしく寝息をたてているカルミアの両頬を引っ張ってみるのだった。

                                     

                                               

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