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女神達の花嫁  作者: ALMOND
一章
14/44

第十三節

 ――北山グループ本社屋上

 

 屋上へとたどり着いた俺の眼前に巨大な鏡が広がる。

 孤児保護プログラム運営理事長 ダリウス・ヴァーミリオン。この大鏡の中に住む下種が"仕事"の対象となっている。

 左肩に下げたリュックを開く。中には狙撃に使うライフルが入っている。調整は直前に師匠が終わらせたらしい。お膳立ては完璧と言うことだ。

 ライフルを手に持ち、座射の姿勢をとる。後は対象が現れるのを待つだけ。


 ブレイサーの存在が猛威を振るう現代でも銃器の有用性は変わらない。ブレイサーは女性だけ、加えて全員がなるわけではない。更に言えば、銃弾の脅威に晒されても何とかなるのは聖具を常駐できる四日目から上の階級のブレイサー……もしくはギフト自体が銃弾に対抗できるブレイサーだけ。それ以外なら銃器の前ではブレイサーも一般人も相違ない――という師匠からの受け売りで強引に教育を受けた。

 それに銃撃による遠距離からの不意打ちによって正面きって戦う必要が無い。ギフトを使えない者の悪あがき……。


 (俺のようなやつにはぴったりだけどね)


 数十分が経っただろうか……未だダリウスは姿を現さない。その間ずっと顔を合わせることとなっている。あの――


 (ニセモノの青い空と白い雲……)


 今回の仕事は別に藤花たちへの同情や憐憫によるものではない。ただ俺自身に関わる贖罪のため……。しかし――


 ――――どっちが幸せなんだろうね……。


 藤花のあの言葉が頭から離れない。もつ者の苦悩ともたざる者の苦悩。それは表層化していないだけで今まで誰にでも、幾らでも在っただろう。今回の一件はそれに付け込んだ人間によって起こった。もし、この結末によって彼女の苦痛が少しでも和らぐのなら――


 (……来たか)


 前面の財団、その一室に人影が現れる。ダリウス・ヴァーミリオン。奴は大きな椅子に腰掛け、何者かと電話で会話しているようだ……内容は定かではないが、その下卑た笑みを見るに想像に難くない。今までの雑多な考えを全て捨て去り集中する。ニセモノの青い空と白い雲に小さな亀裂を打ち込むべく……。

 引き金に指をかけ息を止める。自分の鼓動だけが聞こえる。世界が灰色になって鈍くなっていく感覚。


 (さようなら)


 指にゆっくりと力を込め――――――――



 「もしもし、ぼ……俺です。ええ、終わりました。…………いいえ、やり残したことが後一つありますから……」


 最後に確かめなければならないのだ、デルフィン・ヴァーミリオンに――――



――――――――――――――――――――――――

 アテナイの学堂へ訪ねると以前と同じように好意的に議長室へと通してくれた。紅茶は遠慮した。


 「何か御用でしょうか?」


 自分用の紅茶を淹れ、一口つけてから問いかけてくる。発言とは裏腹にその表情は何のために俺がやって来たのかを理解しているかのようだった。


 「答えあわせがしたかっただけです」


 全てを見透かしているような態度につい顔を顰めながら手短に返答する。


 「そうですか……ではちょっと、私からお話しましょう」


 椅子を勧められたが直立のまま沈黙で拒否する。


 「本日午前十一時ごろ、ヴァーミリオン財団の日本支部にてダリウス氏がオフィスで亡くなっているのが発見されました。氏が誰だかご存知ですね?」


 「はい」


 「死因は眉間を狙撃され銃弾が脳髄を貫通、即死だそうです。銃撃によるものなので誰の犯行かも見当すらついていません。いえ、見当をつける気も無いのかもしれませんが……」


 だろうな、藤花だけでなく多くから恨みを買うことをしていたのだから。容疑者の候補が多すぎるのだ。


 「氏が亡くなったことは緘口令かんこうれいが布かれ、私を含めた本家の一部、そして氏の近しい方しかご存知ありません。当然警察などの捜査機関にも通報は行われませんでした」


 警察の捜査によってもしもダリウスがやっていることまでが明るみに出たとしたら、非難は免れないだろうからこれも当然だろう。財団の力で揉み消そうとしても人の口に戸は立てられぬ、といったところか。


 「……これで八代さんも救われたでしょうね」


 この台詞、やはり彼女はあのプログラムの実体を知っていた。だとしたら――


 「ご期待に添えましたか?」


 ただそれだけ聞く。にっこりと、笑みを強くする先輩。つまりは肯定。


 「いささか強引過ぎましたかね?」


いたずらがばれたかのような表情を作っている。


 「それはもう。ただ初日に見たと言うだけで、藤花が孤児であることから財団の取り組みまで話してしまうのはやり過ぎですよ」


 食堂で一目しかお互いを知らないのにその友人の素性をペラペラと教えてしまうのはおかしかった。そうしてでも伝えたい事があったということになる。


 「白羽学園長の個人的なお知り合いならばもしかしてと思いました。氏の行いに気がつき、何かしらの行動を起こせばそれを糧に財団内部から牽制することができると考えていたのですが……まさかご自身で手を下すまでなさるとは想定外でした」


 「……なぜダリウスを?」


 問題はそこである。なぜリークのような真似までして奴を抑えたかったのか。今回の一件は言ってみれば貴族派内部で完結している。放っておいてもカルミアのような活動が水面下で行われていただけのはずだ。


 「あの人は私の家でも分家に当たりますが……、私腹を肥やすことに執着しすぎました。自身は良いかもしれませんが我々全体としては負の財産です。いつ、どのような形で牙を向かれるか分かりません。それこそカルミア・エイベルが異なった形での抵抗を示していたら? 行方不明になったブレイサー達が一斉に決起したら? 火種は燻っていたのですよ。しかし本家はそれを踏まえたうえで静観を貫いていました」


 どうやら俺はそんな中で獅子身中の虫を追い出す手伝いをしていたようだ。藤花と俺のためにしたことの結果だからどうでもよかったのだが上手く利用されたな。


 「だから私は独断で貴方を頼り、貴方はそれに答えてくれた……蘇芳さんを選んで正解でした。わざわざ事後報告にまでいらっしゃって下さるのですから。感謝の言葉もありません……」



――――――――――――――――――――――――

 「そんなことがあったんだー」


 小御門先生の命で藤花の様子を見に来た苺さんが一部始終を知って感想を漏らす。藤花は疲れたのか俺が帰ったときには既に眠っていた。


 「そういえば菖蒲ちゃん私の風詠み師の祝福ブレッシング・オブ・シルフィード使ったんだって? いつコピーしたの?」


 これは小御門先生が教えたのだろう。苺さんのギフトの名称は初めて聞いたが、藤花の戦闘状態を無理矢理解除するためにその一部だろうかまいたちを使わせてもらった。


 「最初に手合わせをした後、握手をしたでしょう。ギフトのコピーは対象者と握手をしたりハグをしたり、ある程度以上の接触を行えば可能なんです。事後報告ですが無断で使わせてもらいました」


 「ふーん。今も使えるの? どこまで使えるの? ねえねえ」


 面倒な琴線に触れたのかもしれない。服を引っ張られ矢継ぎ早に質問攻めに遭う。勝手に借りた以上説明しておくのが義理というものだろう。


 「はいはい、ちゃんと答えますよ。コピーしたギフトは一回しか使えません。二度使うためにはまた苺さんと接触しないと駄目なわけですね。程度も高が知れてます。自分で理解したレベル――つまり今回はかまいたちを発生させるくらいでしか無理ですね。一切詳細をしらないブレイサーにいたってはギフトがあるという実感しか得られません」


 こういうことは経験上相手から信用を得るという点でも話しておくべきだ。いらぬ嫌疑や仲違いの火種となる場合があるからな。


 「花嫁って言ってもそこまで万能じゃないんだねぇ。それじゃ藤花ちゃんと握手してみたら? あるってことくらいは分かるんでしょ? もしかしたら本人が気づいていないだけでギフトがあるかもしれないじゃん」


 「あの日藤花を組み伏せた時にギフトのコピーを試みましたが何も起こりませんでした。残念ながら藤花がギフトを持っていないことは確かです」


 そこまで言って、衣擦れ音がした。ベッドの方からだ。


 「起きていたのか」


 返事は無い。そっとしておいてくれという事なのだろうか。半身は起き上がっているが俯く彼女の表情を窺い知ることはできない。そのとき――


 「こんばんは。八代さんの容体はどうですか?」


 新たな来訪者である。ダリア先生だ。彼女は藤花が病気だと伝えられているらしい。見舞いの品をいくつか抱えている。


 「あら、起き上がっても大丈夫なのですか?」


 事情を知らない先生は無垢に藤花を心遣う。それに罪悪感を覚えてか藤花は口を開く。


 「もう、大丈夫です。次の授業には元気になっていると思います」


 「そうですか。貴女には人一倍頑張ってもらわなければなりませんからね。ギフトがまだ発現していないのですから」


 ……ん? 今――


「今、何て言った? ギフトが発現してないって言った?」


 勢いよく喰い付いたのは苺さん。当事者の藤花以上の反応だ。ダリア先生も完璧にたじろいでしまっている。


 「え、ええ。貴女忘れたの? 私のギフト」


 先生のギフト? 俺は知らないから何も分からない。


 「ああー! ギフトを視るギフト!!」


 一人で納得している。何、ギフトを視る? ということは。


 「すみません。先生のギフトは他人のギフトが何なのかを見分けるということでしょうか」


 「いいえ、そこまでは分かりません。ただその人の才能というか、どれほどの技量かが背中に翼として表されて判別できるのです」


 つまりギフトがあるか無いかは当然見分けられる。はやる気を押さえつけて静かに問う。藤花も体を起こし切り、ダリア先生をじっと見つめている。


 「では藤花にはその翼があると?」


 「はい、とはいっても片翼でかなり小さい。ギフトの才覚はあってもまだ芽生えていない。といったところです。かなり珍しいですよ、八代さんの年齢では。ちなみに蘇芳さんからは全く翼が視えません」


 最後の一言は置いておいて、それでは藤花はギフトを持たないのではなく、ただ遅咲きなだけだった?


 「なに……それ……」


 「藤花……」


 「じゃあ私は今まで勘違いしてたってこと? 本当はあるのに持ってない持ってないって一人で勝手に苦しんでたってこと? そんなのって……」


 そこから先は言葉にならなかった。声を抑えきれずに泣き出す藤花。泣きじゃくる藤花をかつて俺があの人にして貰ったようにゆっくりと、優しく抱きしめる。


 「菖蒲、私一体何のために……」


 「いいんだ。……それくらいのことが、あったっていいじゃないか」


 ニセモノの青い空と白い雲、それを見上げながら育った彼女の中にもニセモノが作り上がったのかもしれない……。

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