第十二節
カルミアが人のためとして行動していたならその決意は固いはず、反論の隙を与えるとその堅牢な意志は砕けない。
「なぜ藤花は貴方に協力していたのでしょうか」
名前を振られて藤花のこぶしが強く握られるのが見えた。
「藤花は他の人と違ってどこの養子でもない、つまりはヴァーミリオン財団が養子に出さなかったということ。なぜ、藤花は養子にならなかったのでしょう」
それはつまり、藤花が里親に望まれる"何か"でなかったからではないか
「藤花とその他の養子、例えば北山・竜胆の両名との間で異なるもの、それは……」
どこからともなく、誰かの声が聞こえる。
「ギフト……」
そして全く同じ答えを導いた。
「そう、ギフト。藤花にはギフトが無かった。だから望まれなかったとすると。逆に里親側が望んでいる条件とは――」
――ギフトを持つブレイサーであること。貴族になりたい、それによって富を得たいという欲望がブレイサーの孤児を求めた。
「その見返りを受け取っていたかは定かありませんが、孤児保護プログラムの運営団体は近辺の望んだ家にブレイサーを養子として与えていた。これなら学園に貴族派の生徒の割合が多いこと、財団の支部ビルが建設されてから貴族派が街に増えたことも説明できます。そして行方不明になった家がその届出をしないことも」
貴族派にとってブレイサー自体が富の証。それがいなくなったならば届出がされて問題の俎上に上がらなければおかしい。だがその富の証こそが偽りのものだとしたら……もしも深入りされて事が明るみに出れば自分達は貴族派ではなくなってしまう。だから沈黙するしかなかった。
「ちょっといいか」
腕組みをしたまま、小御門先生が小さく手を上げて何か言いたげにしている。そのまま発言を促す。
「君が言っていることが正しいとして、ヴァーミリオン家がなんの為にそんなことをする。各貴族とのパイプのためか? しかしあの一族が何もしなくても周りから擦り寄ってくるはずだろう」
確かに財団のやっていることはある意味ではリスクが高い、人身売買すれすれのようなものだ。世間に露見すれば倫理的、人道的批判は免れない。だがそもそもヴァーミリオン家含む貴族派がなぜ貴族派たるかを考えると……。
「「……ノブレス・オブリージュ」」
華香里と小百合さんによる答えがあった。
「兄さんはヴァーミリオン家がノブレス・オブリージュによって行動していると考えたんですね? もつ者がもたざる者への義務を全うしていると」
「ブレイサーという富をもつ者がブレイサーをもたざる者へと施しを与えている。富の分配ですね……」
二人も同じ考えに至ったようだった。
「カルミア・エイベル、貴女はそれを何かで知って義憤に駆られたか、情に絆されてプログラムに対して反抗を行っていた。一方プログラムから弾かれた藤花も同じ考えで二人は協力関係になった。そして竜胆菜沙を四年前に解放し、次は北山椿だった……」
カルミアは何も答えない、何も示さない。微動だにしないのである。強い信念だ。しかし隣の彼女は違う。握ったこぶしに力が篭って震えている。
「ニセモノの青い空と白い雲」
藤花に語りかけるように、そう呟く。
震えが収まり、驚いたように顔を上げる。
「藤花、君の部屋で見させてもらった。ニセモノの青い空と白い雲の写真を」
懐からそっと写真を取り出す。ヴァーミリオン財団の権力を誇示するかのような巨大なビルを写したあの写真を。
「そっか……。じゃあもう分かってるんだね」
力なく笑みを浮かべる藤花。
「ニセモノの青い空と白い雲というのはこの巨大なビルの窓ガラスに映る空と雲のことだな?」
マーガレットさんの言葉を思い出す、まるで一枚の大きな鏡のようだ……と。
「君は、そして君の親友達は財団にブレイサーとしての利権を欲しがる里親のために育てられ、孤児としてずっとこの街で生きてきた。この大きな鏡に映るニセモノの青い空と、白い雲を見上げながら……」
「そう。そして私はギフトが芽生えないと判断され、まるで腫れ物のように扱われてきた。ニセモノだ……ってね。私、あの街から出たことないの……。私にとってはあそこが世界の全てなの……」
ダムに亀裂が走ったかのようにとつとつと言葉を発する藤花。
「カルミア、私もう駄目だよ。終わったの」
ただ短く言い切ったその表情は悲壮に暮れていた。カルミアは依然として態度を崩すことはなかったが
「そうか」
と、その一言はただただ柔らかかった。
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藤花は小御門先生と華香里に連れられて部屋へと戻って行った。残されたのは俺と小百合さん、そしてカルミアのみ。もはや話を拒絶することはなくなっていた。
「少年の話したことは概ね正しい。特に訂正することも無い。私が財団の企みを知ったのは国選ワルキュリアとして本国にいた頃だった。招待されるパーティーだのなんだのにはうんざりだったが出席しないわけにも行かなかった。パーティーの参加者が日に日に増えているのに気がついてな、主催者であったダリウス・ヴァーミリオンに尋ねたのだ。『こんなにも貴族はいたかな?』と、するとなんと答えたと思う?」
――貴女もなりたいですかな?
「あの時の下卑た笑い顔は今でも不愉快な気分になるよ。奴はブレイサーを養子として紹介する個人的な見返りを貰っていたようだ。それで自分で色々探って一人の少女を見つけ出した。幸い立場が立場だったので、その辺の融通には事欠かなかったよ。最初は会って話をするだけだったんだが次第にその子の様子がおかしくなっていった。ワルキュリアとして大成しなければならないという重圧を親元からかけるけられていたそうだ。見ていられなかったよ。彼女は完全にそいつらの欲望のための傀儡としか扱われてなかった」
遠くを眺めながら喋り続ける。その話を俺も小百合さんも遮ることはなかった。
「だから私は彼女の為に知り合いの、何と言うことはない普通の家庭に連れて行った。そこの家族も本当の意味で子供を欲していたし、その子もそれを望んでいた。笑うことができるようになったんだ。それからは芋ずる式さ、ある子から他の同じ境遇の子を教えてもらって会いに行く。率先して協力してくれたりもした。危険かもしれないから断りたかったが、彼女らの熱意を無碍にはできなかった。でも嬉しかったよ」
そういって優しく笑みを浮かべるカルミアの姿は彼女らにとってまさに救世主そのものなのだろう。
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カルミアを小百合さんと帰ってきた小御門先生に任せて、藤花の部屋へとやって来た。
「カルミアから聞いた、竜胆菜沙は今は元気でリブラリアンとして過ごしているんだってな」
彼女が藤花と出会ったのは竜胆菜沙が行方不明になる以前のことだと言っていた。
「うん。私と菜沙ちゃんは元々仲が良かったの。でも菜沙ちゃんが養子に出され、私は非ブレイサーの烙印を押されて散り散りに。再開したのはカルミアと初めて会った時だった」
未だ力なくベッドに腰掛ける藤花。そしてそれに寄り添う華香里が尋ねる。
「聖具はその時に?」
藤花が振るっていた大槍の聖具は竜胆菜沙のものだ。彼女から譲り受けたと考えるのが普通だろう。
「菜沙ちゃんはもうワルキュリアとして戦いたくないって言ってたし、私がお願いしたの。菜沙ちゃんのような人が他にもいるかもしれない。だったらその時のために私にも力が欲しいって。それからカルミアに戦い方を教わった。不謹慎かもしれないけど聖具を使っている間、私嬉しかった。まるで皆と同じになれたみたいで……」
言葉の端に嗚咽を交えながら精一杯話す藤花。掛ける言葉も見つからないまま聞いているしかない。
「ねえ、菖蒲も花嫁で自分のギフトを持ってないんでしょ?」
潤んだ目でこちらを見上げてくる。
「ああ」
ただ一言だけで返す。
「私はギフトが無くて苦しかった。独りぼっちだった。でも菜沙ちゃんはギフトがあったから苦しかった。独りぼっちだった。じゃあどっちが幸せなんだろうね……?」
その問いは答えを期待しているものではなかった。ただ行き場の無い感情をどこかに吐き出したかったのだろう。
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何か藤花の為に食べるものでも作ろうかと自室(華香里の部屋だが……)に戻ってきた。するとそのタイミングを見越したかのように、学園から支給されたものとは別に用意してもらったチャリスが呼び出しありの通知を告げる。その相手は――
「師匠ですか? 仕事ですね……はい、了解しました」
"仕事"だ。背の丈程もあるリュックを肩に下げ、服装を変え、華香里に少し留守にする旨を伝えて寮を出る。
行き先は北山グループ本社屋上、ヴァーミリオン財団ビルの正面に位置する場所だ……。




