56話 プロローグ
王都の執務室。
宰相のガルバルディウスが国王の決済を直立不動で待っている。
右から左へ書類に目を通しては蝋印を押し、決済の終わった羊皮紙を小姓が恭しく下げてゆく。そんな事務作業の折、王が口を開いた。
「 市井の様子はどうなっておる 」
「 はっ、閣下のご懸念通り物価の下落が始まっております。
原因でございますが、公爵閣下は元より侯爵・伯爵・子爵、果ては男爵や準男爵までが私財を搔き集めゴダール金貨に古の宝物を買い求めております。
領地を持つ・・・・私から見ても愚かと思われる方々は、来年の収穫までも先物買いを商人に迫り、金銭を工面する始末。
特に宝物に関して申し上げれば、失われたゴダール王朝の優れた魔法呪物が多数出土しておる現状、一つでも多く所有し家宝にと考える方々、いずれ出土が収まり値上がりを待つ方々と様々ですが、嘆きの村の新興商会が唯一の窓口である以上言い値でしか入手することが不可能な状況下、鉄貨・石貨までも寄せ集め現地への買い付けに使いを出して居るようでございます 」
「 で、あるか・・・・商人やその新興商会に利するのみの状況であるか。 して、そちは流出した貨幣、最終的に流出する財産はどれ程と見ておる? 」
「 はっ、既に国庫の10年分程は嘆きの村に向かっておるかと・・・・
蓄財用の精霊銀貨、大金貨を持つ者はそれを持って、持たぬ者は悪貨を搔き集めてでも宝物の入手に向かって居るようでございます。 しかも、魔法呪物も相当の出物である為、この波に乗り遅れまいと追加購入を望む高貴な方々が後を絶えません。
長くなりました仮定ではございますが結論を申し上げますと、何も手を打たなければ財貨は際限なく流失し続け、最終的には王国市井の財貨枯渇、想定額は精霊銀貨にして30万(訳30兆円相当)となり、品物があっても商品を買う為の財貨が無くなる・・・・ことに成るかと・・・・」
ガタン!
国王が椅子を倒して立ち上がり、目を見開く。
「 王国の全ての財貨が流出すると申すか?! 」
「 はっ、あくまでも仮の話でございます。
流石に血の巡りの悪い方々でも、領地運営を行う身分の者は、身を亡ぼすまでの愚行は行わないと思われます。しかしながら・・・・誠に遺憾ではございますが・・・・領地運営のままならない貴族は既に現在でも多数おります故、今後更に悪化する領主や領地運営に苦慮する貴族が出てくると想像するに難しくはないのかと・・・・」
王は宰相の話を聞き、物憂げに執務室の窓より城下を見下ろす。
「物価の下落はダンジョンの国営化で得る収入で公益工事でも行えば収まるだろうが、一度狂い始めた市井の経済は直ぐには落ち着かぬであろうな・・・・それ故に、始まりのダンジョン・夢現のダンジョンの国営化は必須であるか 」
国王は深いため息をつき、蹴倒した椅子を起こした小姓の進める椅子にドカリともたれかかる。
「 で、他国の動きは如何であるか? 」
「 はっ、既に帝国、その他小国からも買い付けに動いておる模様、王国内の通貨の枯渇に留まらず、各国も当国と同様の状況に陥る可能性は無きにしも非ずかと・・・・」
宰相のガルバルディウスも小さくため息をつく。
「 厄介な物を掘り当てたものよ・・・・して、改めて問う。市井の状況はどうであるか?」「 はっ、王都のみの話ではありますが、現状貴族等の購買活動は低調に推移、数か月後・・・・早ければ当月末には緊縮化の恐れがあります 」
「 物があっても食い詰める者が出始めるということか・・・・」
「 然様でございます・・・・ 」
部屋に静寂が訪れる。
「 して、あのキツネ目の・・・・フォックスであったか、既に動いておるかと聞いて居るが、そちらはどうであるか? 」
「 国有化先触れとして中央教会上層部を向かわせましたが、先日伝書鳥により王国への献上に意義はなしとの事、ただ教会側の利権確保の要請が執拗に行われています。
第一陣は貴族の嫡男を除き様々な横紙破りにより千名を超えて折、収拾が付かずそのまま既に王都を出立しております、只・・・・」
「なんだ?はよぅ申せ」
「受爵に付いては頑なに固辞する旨、上申が為されております。
理由は墓所の存在が重要との事で、ダンジョンは明け渡すが受爵の上、領地替えを懸念しておるのではと・・・・」
「であるか、であれば少々当地は騒がしくなりそうであるな・・・・事後策はあるか?」
「第二陣を常備軍を主軸に志願兵を選抜し物資が整い次第、第一陣を追う差配は済んでおります。数百名の寒村に数千の兵が押し寄せるのです、直ぐに抑えられましょう。」
「うむ・・・・では既に貯えられた財貨を吐き出させる方法は何んぞあるか?」
「閣下のご懸念通り、只の農民・村民から私財を献上させる方法は税を納めておる現状は理に適いません、何とかして貴族にし国家反逆罪などに問い領地私財諸共国家に吸収するのが無難ではと愚行する次第です」
「・・・・時間が掛かるが仕方あるまい、公爵などに人柱を出させれば後の利権で妥協を迫られるか・・・・王家より出せるのは・・・・親として胸が痛む話であるな・・・・」
王は天井を見つめなが呟き、静かに目を閉じ謀略を巡らすのだった。




