55話
打ち合わせは結局不調となった。
セルジオと皆の温度差が一番の要因なのだが、一番の当事者が事の重大さをい今一把握しきれていない為、話が噛みあわない。
変態紳士や男前エルフも、だめだこりゃ的なオーラを出し始め解散と成った。
とはいえ、セルジオを除く面々は食堂で燦々囂々(さんさんごうごう)明け方近くまで打ち合わせをしていたのだが、大石から訪れる幽霊の姿をみて、気分が萎えた。
朝日が昇る。
斜面に掛かる朝靄が風に流され、空にひばりが鳴き声を響かせながら飛びあがって行く。
散々言いくるめられたセルジオは、今日はダンジョンには潜らず畑と家畜を見回るが、もう男衆が仕事を粗方済ませた後ですこし項垂れて家にもどった。
とぼとぼ陰気な雰囲気を纏うセルジオが顔を上げると、畑の畔近くとスコップでほじくるリリルの姿があった。
「おはよう!リリル。 朝から頑張ってるねぇ」
「うん!」
「そういえば、リリルはどうしてダンゴ虫を集めてるの?」
いつもダンゴ虫を探す幼女に、疑問に思っていた事を聞いた。
「ん? お母さんと約束したの!」
彼女の両親は、セルジオの両親と同じ流行り病で亡くなっている。
「そうなんだ・・・・」
「うん!母さまね? 友達沢山つくりなさいって言ってたの!!
だからね、リリルね!
ともだち、うんと、100万1000億人のお友達作るって約束したの!えへへ♪」
「そっかぁ、そんなに沢山かぁ・・・・ダンゴ虫友達だもんね」
セルジオの心が、なんだかぎゅっと締め付けられる痛みがはしる。
「うん!だから沢山探してるんだぁ。にへへ♪」
彼女も彼女の使命を果たそうとしているらしい。
母の憂いとは少し方向が違う気もするが、少し可哀想に思いリリルの頭を撫でる。
「お兄ちゃん、今日は大変なんでしょ? 頑張ってね?」
「おう!リリルは俺が守るよ」
「え? こくはく?」
急に耳まで赤くして、もじもじしながら地面をほじくるリリル。
「リ、リリルさん?・・・・おませなんだね・・・・」
しくじった!となんだか背筋に冷たい物が走るセルジオだった。
・・・・
セルジオが家に戻ると、どこに行って居たのかと一同に随分責められたが、今一ピンと来ていない彼を、メイド一同が寄って集って見栄えを整える。
程なくしてセルジオが一応農夫に見えない程度に整えられるが、精々どこかの商店のボンボン風の雰囲気にメイド達も項垂れてしまう。
「良いか、お主・・・・セルジオ様は極力話をするな・・・・いや口を開くな!?良いな?」
元村長が釘をさす。
「おう、馬子にも衣装ではないか!」
ケレブレシアが見事な甲冑を纏い、執務室に現れる。
「うむむ、ケレブレシア殿の方が家長らしく見えるのが痛いが、仕方なかろう・・・・」
どこかの女性ばかりの劇団の主役のようなカリスマを漂わせる彼女にメイド達が熱い溜息をつく。
そうこうしている内に、多くの人が足並みを揃え進行する気配が屋敷に近づくのを一同が感じた。
・・・・
セルジオの屋敷に続く道を、隊列を組んだ兵士達が足並みを揃え、途切れなく進んで行く。
列は果てしなく続くように思えた。
しかし、それは大雨で溜まる水溜りのように屋敷の前で人集りとなり。
程なくして方形陣に形を変え、最後の一人が組み込まれた所で士官が号令を掛けた。
「全体! 倣え!!」
昨日の儀仗兵の様な雅な鎧ではなく、質実剛健の風格が漂う一人の士官が正面玄関に馬を進める。
「家長であるセルジオ殿はご在宅か?!」
執務室の中にまで響く野太い声がセルジオを呼ぶ。
「うむ、行ってくるぞ!」男前エルフが真新しい白い外套を翻し、執務室を出て行く。
「俺も行きます」セルジオも顔をこわばらせ、彼女の跡を追った。
・・・・
「セルジオ殿は何処か?!」
「当主を呼ぶ前に、そちらの名と用向きを伝えられたし!」
騎乗の士官に対し、一段低い所からであるがケレブレシアが通る声で誰何する。
屋敷の中のメイド達が胸に手を合わせ黄色い声を上げている。
胸を張るケレブレシアの甲冑が日の光を受け、神々しく瞬き、兵士達が息を呑むのが解る。
一瞬眉間に深い皺を刻む士官が声を張る。
「王国第三部隊、隊長グレゴリアル・バルドと申す!
使節が既に用向きを伝えて居るはずである! 回答をされよ!」
負けずにケレブレシアが声を張り応じる。
「当主は使節より、その用向きを聞いては居らぬ故、回答は致しかねる!」
グレゴリアルは更に険しい表情を作る。
「何を白々と! 使節を誑し込み、混乱を助長させた咎は既に明白である!
授爵の話も無い物と思われよ!」
ケレブレシアは涼しい声で答える。
「子細を調べもせずに、王国の武の代行者たる貴殿が、我が主に冤罪を被せようとするか?!
改めて言う、当主は使節に合っては居らぬ!」
後ろに従う下士官がざわつく。
「改めて問う!用向きを伝えよ!」
2000程の軍を前に一歩も引かぬ美女エルフが涼し気に声を張る姿に多くの兵士が心を奪われている。
下士官がグレゴリアルの近くに侍り、ヒソヒソと何かを告げる。
「ぬぅ・・・」隊長の顔が歪む。
しかし、直ぐに切り替え声を張り上げる!
「改めて伝う、授爵を受け領地替えに応じよ、直ちにダンジョンの明け渡しを要求する」
・・・・緊張した空気がながれる。
屋敷の中から問答を眺める、クーリンディアドは小声で声援を送る。
「交渉はこれからよぉ、先に言い分を納得したほうが負けなのよ・・・・気張りなさい」
「貴殿の!? 「 いやです!! 」 なっ!」
「「「!!!!」」」屋敷の面々がみな窓に張り付く。
いつの間にかケレブレシアの横に、彼等からすればなんとも貧相な青年が口を開いていた。
「両親のある墓所は渡せません。ダンジョンはお好きにどうぞ!」
兵士らの視線がセルジオ射抜く。しかし、セルジオは話をつづける。
「ダンジョンの中に多くの兵士の亡骸がそのままです。
私は彼等を弔うと墓前で約束しました。
ダンジョンの彼等をどうか弔って頂けないでしょうか?」
そう言うと深々と頭を下げる。
そして、頭を下げたままだが口は閉じない。
「昔の兵士達です。
敵ではないのです。
弔わせるべき、彼等は、コダールの仲間や家族を守り戦った兵士なのです。
何故、その骸が辱められねば成らないのでしょうか?
墓を暴かれ、兵士の誇りという名誉まで殺すのですか?
彼等は二度殺されなければ成らぬ罪をおったのですか?
ですから、ダンジョンはお渡しします。
兵士は兵士の手により御霊を手厚く弔ってもらえないでしょうか?」
一気に言い切ったセルジオはまだ頭を挙げない。
「「・・・・」」
「当主よ面を上げて頂けぬか? いま少し話をしたい 」
グレゴリアルが折れた瞬間だった。




