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いつもダンジョンに居ます  作者: ねむねむぴよ
第一部 一章 墓守始めました
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5話


 ニーニャの訪れた翌日、セルジオは家畜と畑の世話を終わらせ両親の墓に向かう。

 墓前の萎びた野花を片付け、墓標のない塚に向かい冥福を祈った。


 「カンテラを手に入れました。かなり怖いですが、まだ残された遺物を取りに行こうと思います。どうか見守っていて下さい」

 セルジオは埋葬品が戻ってくる異様な現実から、名もない塚の死者へ言葉を掛け、決意する。


 小屋に戻り、カンテラを灯してみて確認する。

昨晩準備しておいた荒縄とニーニャの持ち込んだ商品を入れてあった小袋を腰ひもに押し込み、愛用の石鋤を肩に掛け石棺へとむかった。


 昼前の日差しがようやくセルジオの畑を舐めるように照らし周辺の草木の息吹が一際強く感じられる畔道を小走りで名しり抜けると、目前には先日と変わらない大岩が鎮座していた。


 「さて、ちゃんと開くかな・・・・」

 石鋤を構え、突き出すように石蓋を押すと、昨日同様になんの抵抗もなく滑るように入口が開いた。


 咽るような濃密な気配が暗闇から噴き出す。

 幻聴なのか耳鳴りか、『助けてくれ 出してくれ』と耳元で囁かれているように感じるがセルジオの心には何故か響かない。只山の坂道を急いで下った時のような耳の違和感に頭を振るい押しのけると、カンテラに火を灯し一人闇の中へ降りて行った。


・・・・ 


 足が埃を踏み、足跡を残してゆく。

 昨日の自分の足跡が往復している以外、なんの異変も見当たらない。

 持ち物の揺れる音、杖代わりの石鋤が床を小突く音と自分の呼気と鼓動がやけに大きく聞こえる程の静寂に包まれた空間。

 外気なのだろうか、時折セルジオの背を押すように吹き付けてくる。


 しばらく歩くと行き止まり、その右手に横穴を確認する。

 足元には、行きの歩幅の狭い自分の足跡と、走り抜けた帰りの足跡しか見当たらない。

セルジオはそんな通路を確かな足取りで先を目指した。


再び石の壁が進路を塞ぐが、昨日閉めずに逃げ帰った為、足元にはしっかりと自分の足跡が残っている。

 相変わらず耳鳴りがする。

 塵の量は坂道の比ではなく踝近くまで降り積もり、セルジオの粗末なサンダルの中にまで塵が入ってきている。 唯一の救いは、塵は意外と重いのか激しく舞い上がらずセルジオの脛丈程度に帯を引くように漂うだけで済んでいた。


 自らの足跡を辿り目的地点に着くことが出来たセルジオは、自分の浅慮を少し悔いた。

壁際には、カンテラの光が届く先まで幾つもの甲冑や何かの残骸が品山のように並び、自分の持ってきた小袋程度ではまったく収まる量ではないのだ。

 とは言え折角ここまで足を運んだのだ、墓前にも誓ったように踏み荒らした周辺の塵や瓦礫を無造作にかき集め小袋に収めては腰ひもに結わえる。

 袋の数もしれており、手持ちの袋はすぐにいっぱいになってしまった。

 それでもセルジオは、少しでも埋葬してやろうとカンテラを腰に掛け、原型は保たれていない鎧の残骸を天秤がわりに石鋤に引っ掛け、来た道を戻り始めた。


 荷物のせいか、足が重い。

 いまでは膝丈まで舞っている靄のような埃が足にまとわりついてくる。

 それでも、セルジオは一歩々着々と地上へと向かう。


 靄はいつしか腰丈にまで舞い上がっていた。

 カンテラの光が、靄の影を映し出す。

 天井の染みのような無象のそれらは、時には手足に、先叫ぶ顔に見えた気がする。


 外気が頬を撫でる。

 石戸を抜けると、急に足取りが軽く感じ垂れた。


 長い坂道を上り、石蓋を締めてようやく額の汗を拭う。

 昼前に降りた地下でかなり時間を使ったようだ、もうずいぶん日が高く、傾き始めている。早く塚を掘らないと、牧童が家畜を連れて戻る時間になる。

 そんな折、ふと足の違和感に視線を向けると、いくつもの手形のような汚れが付いている。


 「俺って、こんなに足を触ったかな?・・・・」

 薄気味の悪さを気のせいだと誤魔化し、少し遠回りになるが水場で埃を落として埋葬しようと考えるセルジオだった。


・・・・  


セルジオの小屋からそう遠くないところに、岩から清水の湧き出る場所がある。

水量はたいしたことは無いが小さな沢ができる程には流量があり、水が汲みやすいように岩から染み出した直ぐ真下には、清水が溜まるように小さな池が設えてある。


セルジオは沢の岩場に荷物を置き、塚堀ですぐに汚れるのだがと考えながらも水浴びをすることにした。


 粗末なサンダル毎沢に入り、足元から刺すような冷たさの清水で汚れを洗い清めてゆく。

足の指の間で、いつまでもジャリジャリと主張していた異物も洗い流されスッキリしたところで、膝丈までしかない淵に凍えながら腰まで浸かった。

 体に申し訳程度に覆うシャツを脱ぎ、水中で脱いだズボンと共に岩場に投げると、勢いよく両手で頭から清水を被り始めた。


 若い青年の肉体が陽光にまぶしく光る・・・・半面、下流の草木が気持ち萎れているのは気のせいだろう。

 土弄りをすれは、鼻や口の中にも土埃が入り込む。

 髪の毛はキシキシと軋むほど埃が纏わりつきそれを汲み置き水などで落とすのは手間でしかない。

 豪快に水しぶきを上げ頭を洗い、鼻をかみ、うがいをする。

「うへぇ、真っ黒だ・・・・」セルジオは、思わず引くほど黒々とした自分の鼻水を見て呟く。


 体が綺麗になったとことで、シャツとズボンを水につけ手揉みを始める。

 特にシャツは細心の注意を払わなければ、瞬時にぼろ布・・・・すでにぼろ布なのだが、修復不可能な状態になりかねないので丁寧に洗う。

シャツを洗い終え厚手の生地のズボンだが、膝と尻の生地はずいぶん薄く、これも注意して洗わなければならない。一歩間違うと尻を出したまま野良仕事を行う羽目になるからだ。不細工な裁縫であちこち当て布がしてあるが、膝と尻は当て布毎とれる恐れがあるほどに傷んでいる。

セルジオにとって新しい服を買う目途が立たない現状では、そんな服ですら貴重な持ち物、財産であった。

最後に、愛用の石鋤を清水に浸し、汚れを洗い落とす。

石鋤が綺麗に洗われるのと共に、水場の空気が澄んでくる気がする。

『今日は、気のせいが多い一日だ』などと心の中で呟くセルジオとは関係なく、下流の萎れかけた草木が、息を吹き返したのは気のせいでは無さそうだ。

「ふぅ、さっぱりした。 けど日が沈むまでに墓穴を掘るのは急がないとな・・・・」

淵から上がったセルジオは、濡れた衣服をそのまま身に着け、荷物を担いで塚へと急いだ。


・・・・


 三度塚を掘る。

 一度目は、遺品を収めるため。

 二度目は、収めたはずの遺品を収めるため。

 三度目は、出てくる物は諦めて収めるものを収める事にする。


 小袋の中身は確認していない。

 何を収めたか知らないと言うと語弊があるが、貴金属・宝飾品や原型の残る武具の一部など、埃も払わずそのまま埋葬するのだ。

 嘗ての持ち主が大事にしていた品、恋人から旅や戦いの無事を祈り送られた物であったかもしれない。その様な物をセルジオは己のものとする気に成らなかった。


 セルジオも、そう何度も不気味な出来事に好んで遭遇したいとは思わない。

今度は自分の背丈と同じ程に掘り下げ、事前に塚に運んでおいたむしろに丁寧に包み、地中に収める。

 普通に死者を埋葬する際の深さより更に深く掘り下げ、周辺の土を集めて塚を作る。

 墓石は置かない。墓標など文字の書けないセルジオには無理難題だ。

 そのような理由もあり、セルジオは黙々と塚を作っていった。


 最後の土を石鋤で塚に盛り野花の供えると、塚に向かい石鋤を杖代わりに地面に突き黙祷を行う。

 『いま俺にできる精一杯の弔いです。どうか心安らかに・・・・』

 黙祷を終え、漸く肩の荷が下りた気がしたセルシオは帰路についた。


 北向きの斜面では既に日は暮れ、谷の照り返しを頼りに家路を急ぐ。

 そんな折、家畜小屋に人の気配がする。


 「セルシオの兄ちゃん!遅いよ!!」

 気を利かせた牧童が家畜小屋にセルジオの家畜を収め、今まさに小屋を去ろうとしていた所だった。


 「ジードの兄ちゃんと、ミー何とかっていう商人のお姉ちゃんが来てたよ、また明日の朝顔を出すってさ! じゃぁ!!まだバージルさんの所も残ってるから!! 」


 言いたい事だけを言い、セルジオの礼の言葉を背に牧童は去っていった。

 セルジオは家畜の様子をみて小屋に戻ると、戸口に布のかかったバケットが一つ。

 その横に、古着のようだがしっかりしたシャツと、今着ているカーゴパンツ風のズボンと良く似たズボンが置かれていた。

 そこには手紙らしき物が添えられ、置き石がされている。


 「・・・・また来るらしいから、その時尋ねるか・・・・」

 手紙の文面に視線を走らせるが、牧童の言伝を信じ明日の来訪を待つことで棚上げにした。

 バケットを触る前に小屋に入り、水亀の水で手と顔を洗い、ぼろ布で拭くと戸の前の品物を小屋に持ち込んだ。


 「これはジードだな・・・・」

 バケットの中身はまだほんのり暖かい塩気の効いたスープと固く焼き固められたパンが入っていた。

 ジードも常に小屋を訪れることが出来ない為、なるべく日持ちする物を選んで持ってきてくれる、ありがたい幼馴染だ。

おかげで有難く夕餉ゆうげに預かり、月明かりで筵を編みながら、明日の来訪者に想いを馳せる内にうとうとと寝入ってしまった。


・・・・


『泣き声・・・・嗚咽・・・・俺の声』

 セルジオは夢の中で自分の姿を俯瞰で見ている。


 まだ今よりも少し小柄なセルジオが泣きながら家に有るものを端から持ち出し村を駆け回っている。

 『お金貸してください、これと引き換えに少しでもいいから・・・・』

 急に胸が苦しくなる。

 思い出したくない過去。

 まだ両親と親しい付き合いのある家は、申し訳なさそうに少額の金銭を、そうでない家は邪険に追われ必死にお金を工面する数年前の自分。


 散々走りまわりお金を集め、漸く手に入れた薬は全く効果を見せず、大好きだった父親が枯れるように死んで逝った。

 母は父よりも少し長く生きていたが、衰弱し美しかった顔がこけ、目や頬が落ちくぼみ頬骨が異様に尖って見える様になった頃、セルジオに『生きろと』呟き息を引き取った。


 『見たくない・・・・見せるな・・・・夢なら冷めろ!!』

セルジオは夢と気が付くが、色の付いた夢が無色となるだけで、場面が変わってゆく。


 やけに軽い、父と母の遺体。

土嚢より軽く感じる両親を一体ずつ、山へと運んだ。伝染病だと手を貸す者がいなかったのだ。

『遺体は火葬する!埋葬はやめておけ!!』

 診療所の医師が止めるのを振り切り、遺体を持ち去るセルジオ。


 胸が痛い。


 伝染病が出た家は、焼却処分予定だと言われ追い出され、残された場所は日当たりの悪い今の掘立小屋位しか行き先はなかった。


 そこから更に斜面を登り、嘗て両親が言った『日当たりさえ良ければいい眺めの場所なんだがなぁ、そう思うだろ?セルシオ』『ほんとね、嘆きの湖がキラキラして綺麗ね』その景観を褒めた場所へ二人を連れてきていた。


 全てが灰色の世界。

 あの時のことはあまり良く覚えていない。


 霜柱の立つ斜面、砂利交じりの土を手で掻いた。

 土は固く、爪と指の間に食い込む砂利は最初こそ鋭い痛みを与えていたが、かじかむ指先は生爪が剥がれても痛みを感じなくなった。

 日が暮れても地面を掻き続けるセルジオ。

 吐く呼気がもう白くならないほど体温も下がっている。


 掻いても掻いても掘り下がらない地面に業を煮やし、ふらふらとした足取りで小屋に戻り、『なんでも良い、何か地面の掘れるものを・・・・』と探した。

瓦礫と埃にまみれた葛篭つづらの中に、この辺りではあまり見られない奇妙な形の石鋤が収めてあった。


 その石鋤を手に取ると、今まで麻痺していた指先の痛みが突然戻って来た。

『ふぐぅ!!!』痛みに悶絶し改めて指先を見ると、指の爪全てが剥がれ、指先の皮は捲れ肉が見えている。


 セルジオの記憶が、この辺りから鮮明になってくる。

石鋤の柄から石針のようなものが出てきたのか、手のひらに突き刺さる痛みを感じた瞬間に体温が戻ってくるのを感じた。

その時、母の最期の声『生きなさい』と耳元で聞こえた気がした。

指先の痛みはまだ治まらないが、出血が即座に収まり石鋤を振るう程の力が戻ったように感じた。


 冷たい風が吹きつける段々畑の斜面を登り、両親の元に辿り着くと再び石鋤で穴を掘る。


 岩のような硬さの地面が、耕したばかりの畑のように掘れてゆく。


 伝染病で迷惑を掛けないよう自分の背丈の倍の深さを掘り下げると、そこに両親が寄り添うように寝かせ、土を被せる。


 涙が頬を伝う。


 これでお別れだ・・・・優しかった両親は土に帰る。


 その日、そのあと如何したのかセルジオには記憶がない。

 次の日の朝、小屋の藁の中で目が覚めたのだけは覚えている。


 夢は次第にぼやけ、縁取りだけの世界へと変わってゆく。

 そこに、妙な夢の住人等が乱入してくる。


 『両親の墓守せしむ若者に感謝を・・・・解き放たれし心は家路に向かえる。

 其方の誠意に万感の思いを込め感謝と我らが誠意を捧ぐ・・・・』


  夢とは明らかに違う騎士風の人物が数人、白い靄となってセルジオに跪き風となって消えていった。


・・・・


鳥の鳴き声と建付けの悪い小屋の軋みでセルジオの目が覚めた。

筵を編みながらその筵に包まり寝てしまったようだ。


「久々に昔の夢を見たな・・・・しかし、最後の騎士達は・・・・」

呟きおもむろにテーブルを見ると固まってしまった。


そう、二度あったのだから三度目もある、ただそれだけの事だ。

セルジオは無理やり自分を納得させ、輝く財宝を見ながら深い溜息をついた。


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