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いつもダンジョンに居ます  作者: ねむねむぴよ
第一部 一章 墓守始めました
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20.2話


 「 ニーニャねえさま! 」


 同じ年の腹違いの弟トーラが、ニーニャを心配そうに見つめて居る。

 幼齢の為ニーニャが何故寄宿舎に入学させられるのか頭で理解できても、心がそれを拒んだ。


 幼少組の子供達が集まる寺子屋と保育園の中間のような私塾で、いつもトーラを庇ってくれる同じ年の姉に彼は全幅の信頼と尊敬を持っていた。


 「 ニーニャねえさま、なんで遠くの学校にいくの? なんでいっしょに居ちゃだめなの? 」

 不安に眉を寄せ、ニーニャの服の裾を掴んで問いかける。


 「 トーラ? わたし、遠くの学校にゆくのは嫌じゃないよ? みんなと離れ離れになるのは寂しいけど、大きな学校でいろいろお勉強して、おとうさまより凄い商人になるのが夢なの 」


 「 ・・・・ 」


 「 トーラも知ってるでしょ? わたしはもっと色々お勉強したいの。

 お父様のおしごとの勉強。

 どんなふうに、いろんな物が出来るかのお勉強。

 お店をどうやって、おおきくするかのお勉強・・・・


 まだ早いって、ここでは教えてくれないんだもん。


 トーラだって、お店は上のお兄様がお継になるんだから、どこかでお仕事しないといけないのよ?

 だから、字を書けるようになるお勉強や、計算するお勉強は嫌がってはだめなのよ? 」


 トーラはいつものニーナの小言を、嫌そうに聞く。

 彼は単に、彼女に居て欲しいだけなのだ。


 「 じゃぁ、じゃぁ! ぼく字のお勉強がんばって難しい本を読めるようになったら、ニーニャねえさま居てくれる? 」


 「 ・・・・そうね、けど、わたし次の安息日には帝国にゆくよ? トーラそれまでに頑張れる? 」


 「 うん! あしたから、がんばる! 」


 こんな会話をここ数日毎日の様に繰り返し、その度にトーラはニーニャを困らせた。


 ・・・・


 安息日の当日。

 見送りの人々の中にトーラはいない。


 彼は、自分の幼さに後悔と慙愧の念に苛まれ、自室の窓からニーニャの乗り込む馬車を見ていた。

 胸元には、5歳児に難しすぎる専門書がひしと抱えられ、涙と鼻水がひたひたと床を濡らし嗚咽を上げていた。


 馬車が動き出す。


 トーラは居てもたってもいられず、半開きの窓を開けはなった。


 「 ・・・・の、・・・・・が! ・・・・・である。

 さすれば・・・・! ・・・・の数は! 多くなり!

 その・・・・は! 多くの・・・・・を!・・・・


 ・・・・ わぁぁぁぁぁぁぁん!!!! 」


 「 ぼ・・・ぼくが・・・・ちゃ・・・んと、おべん、きょ、しな、かったから・・・・

 ニーニャ・・・ねぇさま、いったったぁあぁぁぁぁ!!!!」


 先程から頬を伝う涙が更に増し、泣きはらした目からこの子の何処にこれだけの涙が収まっていたのか疑問に思うほどの量が滴る。


 「 ぼっちゃま? ニーニャ様には、レブラーシカ様が付いて居られれです。

 お勉強が終えられたら、また戻っておいでです・・・・きっと。

 それまでに、トーラ様がその御本を読めるように成って居れば、お側に居て下さるかもしれませんよ? 」

 「・・・・(ズズズズ)ほんと? 」

 「 えぇ、きっとそうなるに違いありません! 」


 彼に付く初老の女性が、トーラを慰める。

 その眼差しは、ただ優しく、トーラの心の成長を見守っていた。



 ・・・・



 ニーニャにとっての初めての旅。

 物心を付いてから自分の街しか知らない彼女にとって知らない空、流れる車窓の風景。


 すれ違う馬車や商人。


 何処かへと向かう兵士の隊列。


 大きな針葉樹の続く街道。


 鏡の様に穏やかな湖面の湖。


 目に映る全てが、輝いて見えた。


 その傍らには、彼女より5~6歳年嵩に見える少女がメイド服に身を包み、ちょこんと腰掛け澄ましている。


 「 ねぇねぇ! レラ! あれは何? 」

 年少に見えるメイド服の彼女は本日38回目の『 あれは何? 』答える。


 「 この辺りには珍しいです、あれは白鳥ですね・・・・寒くなると北から訪れる渡り鳥ですが、羽でも痛めたのでしょうか・・・・暖かくなっても北には戻らなかったようですね 」


 10代前半にしか見えないメイド服の少女はホビット族の彼女の乳母、レブラーシカ。

 ニーニャは彼女の事をレラと呼び、彼女の問いに忍耐強く答える彼女をとても好きだった。

 それは、地元のソルトコートでは幼少組の中で浮いてしまう自分と、外見が十代前半の少女に見えるが年嵩としかさのレラに自分を投影したのか、ニーニャはレラの側に居る事を好んだ。


 その姿は傍目に、おしゃまなメイドの少女が何処かのお屋敷の幼少な御令嬢の子守りをしているように見える。

 子守りと言う点では実際その通りなのだが、この旅は帝国の寄宿舎に向かう一月にも及ぶ幼少の者にとっては大変な大旅行であった。


 「 ニーニャ様、まもなく次のお宿がある宿場町に付きます 」

 「 はい! 街はどの方角に見える? 」

 「 そうですね、そちらの窓からでしたら・・・・林を抜けると直ぐ前方に見えてくるはずです 」


 レラが言い終わるや否や、ニーニャが歓声を上げる。

 彼女の視線の先、林の陰から石と木で出来た白壁の建物で統一された端正な街が姿を現した。



 ・・・・


 彼女達の旅、その容貌から良いこともあれば悪いことも起きる。

 極々普通に波乱万丈なのだ。


 宿場では毎度、一悶着ひともんちゃく起きる。

 それは、レブラーシカが少女にしか見えず、大人を連れて来てくれというものだ。


 その度に、彼女は種族がホビットであり人族では無いと言い。

 子供の女性では抱えられない程の荷物を持って見せ納得させる。


 実際、彼女が軽々と下げるトランクは宿屋の下男では持ち上げる事が出来ず、彼女が歩く床が有りあえない程ミシミシと嫌な音をたてるのだから、納得せざる追えない。


 そして夜に成れば、少女と幼子だけだと侮った不埒者が彼女達の部屋に忍び込み、翌朝簀巻きにされて町の者に引き渡される。


 ・・・・簀巻きにされ捕らわれた埒者は。何故か挙って憔悴していた。


 その理由は、興奮気味に日の出前から目覚めたニーニャによる『 どうして? 』口撃にさらされ、それに答えられない、または答えようとしない輩には、レブラーシカの折檻に心身共にボロボロになるからであった。


 押し込み強盗は当然の如く後ろ暗いものを持ち、その全てを純真な眼差しを向けられ赤裸々に暴露させられる。


 ニーニャの言及は容赦なく、聡明な彼女は些細な矛盾も見逃さず、根掘り葉掘りと掘り下げる。


 賊の中には口を開こうとせず、四肢の全ての関節を外され白目を剥いてヒクヒクと痙攣する状態で引き渡される者もおり街道筋で当面の間、『 鬼子の旅人 』の噂が途絶える事が無かったという。


 長かった様で短い一か月。

 幾つも奇譚を街道筋に残した旅、眼前に広がる城壁が彼女達を迎え、旅の終わりを告げた。



 ・・・・

 

 帝国領の東側、日当たりの良い小高い丘の上に佇む学園の校長室にニーニャとレラの姿が有った。


 「 遠路ご苦労。 其方がニーニャか? 」

 神経質そうな細身の男性が、窓辺から振り返り声を掛けて来た。


 男の頭髪には白いものが多く白髪交じりのちょび髭と眼鏡が様になっている。


 眼鏡に隠れる眼光は鋭いが目元は穏やかであり、幾人もの強盗を見て来たニーニャには、一角の人物であると幼心にも気が付くほどの風格を持つ人物に見えた。


 「 はい! この度はわたくちのような若輩者を受け入れて頂き誠にありがとうごじゃいます 」

 ニーニャはスカートの裾を軽く持ち上げ、膝を少し折挨拶をする。

 緊張の為か、いつもだときちんと述べる口上が舌っ足らずとなり、赤面する。


 「 ほう、その年で口上を述べるか、シャーマンの話も満更ではないな。

 吾輩は、校長のドリーマンだ。 其方の父君と、其方の郷土のシャーマンとえにしの在る者だ。

 よく来た。 歓迎する 」


 年相応の舌っ足らずの向上に、男の目じりに幾つもの皺が寄り笑ったようだ。

 只、鋭い目つきの所為か顔を顰めた様に見えてしまう。


 「 何分訳ありの生徒も多い当校であるからして、其方も紛れて目立つまい。

 ようこそ、帝国第一総合校へ 」


ドリーマンは片方の頬だけを僅かに上げ微笑む?と彼女らを迎えた。



 ・・・・


 ニーニャの学園生活は、実に起伏の激しい10年間であった。

 その間、数度の飛び級で幾つもの単位を取り、現行経済知識と鑑定眼の基礎知識を身に付けた。

 成績は言うまでもなく、講師が舌を巻く程であった。


 蛇足だが、愛嬌のある少し上を向いた鼻でも十分に美少女であったニーニャは随分モテた。

 ・・・・レラ未満であったが。 その為やっかみ?はレラが全て攫っていった。

 因みにレラには、この時の生徒から未だに手紙が届く。

 そして、不思議な事にレラの敬称は何故か『 お姉さま 』で統一されている、男女共に。


 幼少期からの学園、紆余曲折の内の特筆すべきは、シャーマン博士に師事を受けた事だろう。



 ・・・・


 ニーニャは12歳を迎え、手足が長いスラリとした姿の美少女に成長していた。

 これまでに3度飛び級を果たし、専門課程の科目の受講を認められた彼女が最初に選んだ専門課程はダンジョンや遺跡に関わる、ダンジョン考古学だった。


 ニーニャが見つめるのは、金色のプレートが掛る重厚な扉。



  特別名誉教授 ハンス・シャーマン ( 非常勤 )



 いかめしい頭文字の後ろに見知った人物の名前と、何かを繕うような非常勤の文字。


 コンコン・・・・

 「 ニーニャです。 シャーマン教授は居られますか? 」


 扉の向こうからくぐもった返事が入室を認める。


 扉を潜り両手で閉める。

 そして、振り返った彼女の視界に、古そうな桶らしい物を頭にかぶり喘いでいる博士の姿が飛び込む。


 『 ふぅ・・・ふぅ・・・少し・・・・待っててくれるかな・・・・もう少しで・・・・脱げそう』


 博士は上着を首元に押し込み、変な襟巻のようになった首元へ、杖の様な柄物を押し込みガリゴリと捏ね繰りまわしている。


 「 お・・・小父様? 大丈夫ですの? 」


 『 あ? あぁ・・・・たぶん・・・・これで抜けそうだ・・・・湧水の杖よこのうつわを満たせ、諾々出水!』


 桶の中が急激に水で満たされる音がする。

 博士は息を止め堪えている様だが、首元から溢れだす水が部屋中水浸しにしてゆく。


 ニーニャは水から逃げるように椅子の上に飛び乗る。


 『 ゴボバゴバゴバ! 』

 博士が杖を持たない手でニーニャを手招きし、桶の隙間から勢いよく吹き出す所をジェスチャーで塞げと・・・・言いたいらしい。


 ニーニャは弾かれたように自分のハンカチを取り出し、くるくると丸め書斎机の上にあるペーパーナイフの柄で無理やり押し込む。


 漏れ出さないのを確認して数歩退くニーニャへ、博士の掌がサムズアップで答える。

 しかし、その手は微妙に震えている。


 ニーニャは、ふと思い出す。先ほどからジタバタしていたが桶の中が水に満たされて結構時間が経っている。


 「 小父様!? 本当に大丈夫なのですか?! 」


 膝がナワナワ震え始めているシャーマンからは返事がない。

 頭の桶は形が微妙に膨らみ、今にも破裂しかねない程変形している。

 そして、遂に・・・・博士の足から力が抜け、ぐにゃりと床に倒れ込んだ。



 「 いやぁぁあぁぁぁぁ!!!! 」

 ニーニャが顔色が蒼白になり、血の気が引いて行く。


 「 な・・・何とかしないと!! 」

 彼女が机のペーパーナイフに手を掛けたその時、博士の頭の桶が吹き飛んだ。


 ボシュルルル!!!


 噴出量と、桶の容積が明らかにおかしいのだが、実際に水を吹き出しシャーマンの部屋の中を跳弾の如く跳ねまわる。

 因みにシャーマンは白目を剥いて、舌を出して伸びている。


 ・・・・息は・・・・してない?!


 何だか解らない古い樽が跳ねまわる室内に横たわる博士へニーニャは駆け寄ろうとするが、濡れた床に足を取られ激しく転倒、その頭上をかすめる様に飛んできた古い桶が、博士の鳩尾みぞおちにめり込んだ。


「 ぐげぇごばぁ!? 」


白目を剥いていた博士が、くの字に折れ曲がる。

その衝撃に先ほど呑んだであろう水が鼻と口から、ブハ!っと吹き出し盛大に咳き込みながら意識を取り戻した。


「 ゴホゴホホ グハァ!? ゼェ・・・・ゼェ・・・・ミゲルが手招きする花畑が見えた・・・・ 」

ニーニャは、ときおりダバダバと水の吹き出す杖を拾い上げ、涙目の博士が落ち着くのを待った。



 ・・・・


 「 ゴホン! 先ほどはみっともない所を見せてしまったね、ところでニーニャは明日から私の講義を

受けるとなっているが、それでいいのかい? 」

 博士はわざとらしい咳払いで話を切り替え、まだ幼さの残る少女に日程の確認を行う。


 「 はい、もちろんです! 

 わたし、まだ古物こぶつや遺物(遺物)の実物を見たことが無いんです。

 小父様の所なら、色んな物が沢山あるだろうととてもワクワクしてこの日をまってたんですよ?!」


 まだ鼻水の垂れる博士を、ニーニャは胸元で手を合わせキラキラ光る目でしっかり見つめる。


 博士は微妙な気迫に半歩程仰け反り、生返事を返す。

 「あ、あぁ、まあぁある事は有るが、ここには無いと言うか、有っても見せられないというか・・・・」


 ニーニャは、そんな博士にズイと詰め寄り何時もの質問攻めの癖がムクムクと頭をもたげ始める。

 「 そんなことより小父様、お手元のワンドは湧水の魔法が使える物ですよね?!

 その桶も、随分沢山お水が入るようですし・・・・いずれも魔道具か遺物なのでしょ?

 それって、どんな作りに成っているのでしょうか?

 ・・・・そう言えば、先程桶に頭・・・あっ! 

 それって中の魔法式を確かめるときに頭を近づけ過ぎて呑まれたのですか?

 危険ではないですか!?

 それなら、こう・・・・合わせ鏡の様な物で中を覗くとか、やりようは幾らでもあるではないですか?」


 博士は矢継ぎ早に言葉を紡ぐニーニャの気迫に更に仰け反り冷や汗を垂らす。

 「 ・・・・ニーニャは、ルキーニャにそっくりに成ったなぁ・・・・ 」


 「 えっ? 母様にですか? 」

 ニーニャは博士の呟きで漸く我を取り戻し、博士の次の句を待つ。


 「 あぁ、君の母上は、発掘調査や研究室で何時も君のように私に詰め寄った物だ、ハハハ 」

 乾いた笑声を上げながら過去を反芻し冷や汗を流している。


 「 そうですか・・・・ 」

 何時もの事だが、博士も彼女の母に付いて多くを語ろうとしない。

 大抵乾いた笑声のあとのらりくらりと交わされてしまい、最後は『 まだ話す時ではないよ 』と切り上げられてしまう。

 そんな事を何度も繰り返していれば、ニーニャも同じ轍を踏まない分別は持ち合わせている。


 「 ・・・・まぁ、いずれ話す時が来れば話すから、待って居なさい 」

 博士はドレードマークと言える、床でぐちょぐちょに濡れたハンティングキャップを拾い上げ、振って水を切るとそのまま頭に乗せた。


 母に付いて、初めて前向きな答えにニーニャは目を見開いていた。


 「 ・・・・小父様、いつの日か本当に教えて頂けるのですね? 」

 キラキラしていた瞳が、うるうるとしている。

 しっかり涙袋まで左右に作り、上目使いで博士を見上げる。


 「 うっ!? ・・・・ そんなところまで似なくても・・・・ 」

 「 っち・・・」

 「 ? 舌打ちが聞こえなかったか? 」

 「 いいえ 気のせいですわ! きっと滴か何かの聞き間違いです! 」


 目元を袖口で抑ええながら、心の声が漏れそうなのをかみ殺す。

 『 くそぉ もう一押しだったのに・・・・母さんの話は絶対聞きだすんだから 』


 大騒ぎの後、そんなやり取りをしていれば当然騒ぎを聞きつけた他の職員も集まる訳で、ニーニャは押し出されるように部屋から追われてしまい、博士の時間をガッツリ奪うつもりが早々に明日の講義の準備を始めることになってしまった。


翌日の午前、二つ目が博士の講義に充てられていた。


ニーニャとレラの補完話ですが、なんだか長くなりそうです。学園内の話はさらっと流そうか考えますが、流せなかったらすみません。本編とはあまり関係無いので飛ばして読んでください。

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