20話
セルジオが家に帰ると、近くに荷馬車が止められており、御者が退屈そうに鼻毛を抜いている。
家の中に入ると、泣き腫らしたのか厚ぼったい目頭の見てられないほどに痩せこけた顔色の悪いニーニャが待っている。
様子を見に来ていたジードは仕事があると、ニーニャの微妙な雰囲気を読んでそそくさと去っていった。
最近村長がもってきてくれたお茶を、竈で割れかけた小鍋で湯を沸かし、ぼろい茶碗で出す。 ぼろい茶碗であるが、ちゃんと洗ってある。身窄らしいだけだ。
ニーニャは震える手で、お茶を口に運ぶが胸がつっかえているのか中々飲み込めない。
「あの、何かありましたか?」
セルジオが話しかけると、びくりと身を震わせ上目使いに顔色を伺う。
「セ、セ、セルジオさん・・・・あのですね。
その、お預かりしていた腕輪なんですが、何でも、伝説のゴダール王朝の賢者の持ち物?
だ、だったらしくて・・・・
普通なら値が付かないほどの物だったのですが・・・・
失くしてしま「え? これがですか」・・・・」
セルジオは何気なくぼろい茶碗と同じ普段使いのように腕輪を取り出して見せた。
「・・・・え? えぇええええええ!!!!」
一瞬、固まったあと、泣き腫らした目を見開き絶叫する。
ニーニャさんがテーブルを乗り越える勢いで、腕輪を持つセルジオの腕を手繰り寄せ顔を近づけた。
妙齢の女性の顔が近いのでセルジオの顔が赤くなる。
「あの? セルジオさん、何故これを?」
「さっきの話に出た賢者さんかな、の幽霊が本日夢枕に立ってね。
テーブルの上に置いて行ったんです」
「なんの冗談ですか?・・・・幽霊、ゴーストが?まさか」
「うぅ~ん、夢の中でしか見ないから、よく分からないんだけどたぶん?」
「お化けが持ってきちゃうんですか?」
「・・・・えぇ・・・・はい」
ニーニャは狐につままれたような表情で、腕輪を見ている。
間違いなく預かっていた物だが、何故ここに戻ってきたのか謎に包まれている。
「そうそうこれも、そうです」
そう言うと沢山の遺品を見せる。
「わ、わっ、何?何なのこのお宝の山は!」
真っ青だったニーニャさんの顔色に、どんどん血色が戻る。
「兵士さんの幽霊が置いて行ったものです」
「・・・・今度は兵士の幽霊ですか?」
「はい」
ニーニャの目が墓地の方を見たかと思うと急に泳ぎ始める。
「墓を暴けばまだありますが、たぶん呪われるから辞めたほうがいいですよ」
お宝の話をするニーニャさんの目の色が変わったので、念のため釘を刺しておく。
「あ、ばれ・・・・いや、セルジオさんそんなことするわけ無いでしょ?」
彼女の目はまだ泳いでいる。
見透かされたのが、バツが悪かったので話題を変えてきた。
「あ、この前の古銭の塊と金貨が10枚程売れました」
よいしょと机に皮袋を20個程並べる。
「精霊銀貨が100枚、あと大金貨で5枚、豆金貨1000枚です、いい商売でした」
隈ができて頬がこけているが、ホクホクの顔でそこそこある胸を張る。
セルジオは少し困った風に頭を掻き答える。
「売れたのは良かったですが、ここに置いておくのも物騒で・・・・」
ニーニャさんも辺りを見回しなんとなく理解したようだ。
「そこでなんですが、ニーニャさん大金貨と豆金貨1000枚はこれから用入りな物の前払い金として、残りは村長に届けてくれますか?」
見たことも無い大金が目の前に有るのだが、現実感が無い。
ちなみに精霊銀貨100枚もあればこの村丸毎買ってもお釣りがくる。そんな金銭感覚のないセルジオにとってはとっても沢山のお金といったイメージしかわいてこない。
強いて言わせれば、10豆金貨・100豆金貨・沢山豆金貨(認識困難)なのだ。
その前にお金に目が眩む程の守銭奴でもなく、たいして欲しい物もない。麻袋と布袋の支払いが出来るかの方がセルジオにとって遥かに重要だった。
「・・・・かまわないのですか?」
ニーニャさんが上目使いで尋ねてくる。
どうも、預かり物をなくす人物を信用できるのか?と言いたいらしい。
「あんな姿のニーニャさんを見たら・・・・俺は信じてますよ」
ニーニャさんもなんだか照れたような表情を見せる。
「それと、麻袋と布袋を沢山用意してくれませんか?」
「??あぁ・・・・って事は、毎回使いまわし、していたの?」
最初は訳が分からず首を傾げたが、さすが商人頭の周りが早い。
「承知しました。麻袋はこの前の数が必要ってことでしょ?
すごい数だから・・・・けど、月に数回小分けで収めればいいかしら?」
「・・・・一度にもってこられると寝る場所がなくなります」
笑いながら答えるセルジオに釣られて、ニーニャも笑う。
「とは言え倉庫があったほうが便利だから、建て増ししない?」
「そうですね、袋とか農具や収穫物を置くところも欲しいなぁ・・・・って程収穫量はないけど、はははは・・・・」乾いた笑い声をあげるセルジオ。
自分に好意的に接してくれるセルジオ、ここは言うしかない、訪ねるのはタダなのだ。
意を決してニーニャが口を開く。
「・・・・あつかましいと自分でも思うの、けど言わせて、倉庫の隅を間借りさせてもらえる?」
「ん? 構わないですよ。その分も含めて大きなの立てないといけませんね」
セルジオは即答する。
「・・・・ほんとに良いの?」
一瞬ダメだと言われたかと固まるが、そうではない、聞き間違いでないとわかるとニーニャが涙目になった。
「私、腕輪取られて、・・・・セルジオさんの奴隷にでもならないとって・・・・わぁぁぁぁん」
なんだか簡単に許してもらえて、お店まで出して良いと言われ感極まったようだ。
子供の様に大泣きする彼女を心配して、御者がこっそり扉から覗いているのは黙っていようと思うセルジオだった。