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いつもダンジョンに居ます  作者: ねむねむぴよ
第一部 一章 墓守始めました
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19.12話

 黒いみのようなボロ布が日の光を受けたなびく。

 王都と地方を結ぶ街道を、幾つもの馬車小隊が行き交う。

 その人々は青い空の高層を風に逆らうように飛び去るそれを目にしても、突風で煽られた布切れが風に飛ばされたのであろうと気にする者はいない。


 その布切れを見つめる円らな瞳が一対あった。

 野花が咲き穏やかな風が吹く、日当たりの良い草むらに横たわる馬が胡乱気にボロ布を目で追う。


 ブゥ、ブルルル…… (はぁ、あの娘は何で寄せちゃうのかしら……)

 夜更かし上等のマロ眉毛ぶち毛馬のブチがとても残念そうに溜息をつき、布袋から慣れた足つきで取り出したリンゴを齧る。

 リンゴの断面には密がたっぷりと含まれ、一齧り毎に果汁が滴るのをブチは前足で器用に受け、ウットリとした表情で甘い果汁を舐めた。


 ブルル? ブルルルル? (これは追加料金発生よね? 完熟蜜入りリンゴもう一樽追加よね?)

 ブチは何かを決心したように数の少なくなった布袋のリンゴを見て立ち上がった。


 ブル! ブルルル! (リンゴがね!少なくなってきたからじゃないからね!)

 やけに軽く感じる布袋を上手く首に掛けた。

 王都に向かうブチの足取りは、まるでスキップするように軽やかな蹄の音を街道に響かせていた。


 ・・・・


 ヒュルルルルル……… ドゴン!!


 物見の塔の衛兵が、異常を知らせる警鐘を鳴らす。

 カン カン カン カン カン!


 非戦闘員や学生が蜘蛛の子を散らすように逃げてゆき、それと引き換えに兵舎から次々と飛び出す兵士達。いずれの兵士も身を包む鎧は鈍色にびいろに輝き凝った意匠が施されている。


『 魔法大学校舎へ遠距離攻撃!! 飛来元、飛来物、共に不明!!

 魔法障壁を突き抜けた!! 呪物の恐れ大!! 最大限の警戒ぃぎ…… 』


 ドドドォォォ……


 魔法で声を拡大させ警告を発していた石造りの物見櫓が瓦解した。

 壁岩の隙間から黒いボロ布のような物が、日の光を嫌ってかチラチラと顔を出しては壁の中へと出戻りを繰り返している。


 正体不明の物体と対峙する屈強な兵士の下に次々と兵士達が馳せ参じる。

「 グレゴリアル隊長!! おぞましい気配の魔力の塊です!!」

「 訓練通りだ……号令を待て 」

 グレゴリアルは異常から目を離さず副隊長へ指示を出す。


「 重槍兵前ぇ~! 隊列を組め!!  魔法小隊ぃ~! 目標ぉ~魔力の塊!! 隊長号令に合わせ、撃ちかたぁ~留めぇ!! 」


 隊長が抜刀し、ミスリルの剣を高々と掲げる。

 魔力の高まりが、周囲に陽炎のような歪みを引き起こし始めた。


 ひりつく様な緊張が空気を重くする。

 兵士達が見つめる視線の先。櫓から染み出す黒いボロ布は周囲を更に浸食し、その汚染の範囲を広げていた。


「 魔法ぅ~ 放て!!! 」

 部隊長を含む28名の魔法使い。

 三人一組で同系統の魔法が、淡いパステルカラーの残滓を零し、目標へと放たれた。


「 魔法ぉ~ 着術ぅ~ 今! 煙幕晴れるを待たず!弓隊ぃ~放て!! 」

 ドドドドドドォォォ!!! ピリュシュシュシュババババ!!

 様々な魔法が着術した石壁に、追い打ちをかけるように矢が射られた。


「 魔法隊ぃ~! 次術準備ぃ~!! 重槍兵ぃ~構え~盾!!隊列密!! 魔法隊弓隊 全体風上へ~5歩!! 」

 隊長補佐が掛ける号令に合わせ、隊列を保ったまま兵士達が滑るように移動してゆく。


 土煙が風に流されてゆく。姿を現した石壁は大きく崩れ瓦礫の山となっていた。

 それは魔法の攻撃の威力が如何に凄まじかったかを如実に表している。


 しかし、土煙の晴れた瓦礫の中に漆黒のボロ布のような外套を纏った人型が佇んでいた。


「 ……拙い! リッチの上位種だ!! 魔法隊障壁!! 」隊長が叫ぶ。

「 弓隊 ミスリルの矢はあるか!?「 ありません!!」 くそ!!

 魔法隊で聖魔法が使えるものは!?「2名です!!」よし!聖魔法詠唱中は魔法障壁展開し時間を稼ぐ!! ミスリル装備有るもの俺に続け!! 」

 グレゴリアル隊長の下に一人の弓兵と3名槍兵が駆け寄る。


 肩を大きく揺らしながら迫るリッチ。

 その体は既に砕かれ、頭蓋には生々しい罅が入っている。

 変色した黒い骨と、生肉を削いだばかりのような白く赤みの差した骨がローブの中からチラチラと見える。

 裾から覗く両足首から下は無く、左腕も肘から先が見当たらない。

 ただ、右手の指輪と握る杖からは尋常ならざる魔力を感じる。


『 塵芥ども……ねよ……』

 ゴォウゥゥ………

 重い風の壁が迫る。その壁の周りでは空気が腐る。地面が朽ちる。

 光が歪むほどの密度を持った瘴気の壁。


 隊列の周り。傾斜を付けて張られた魔法障壁が、汚染された空気を側面へと逃がしている。隊長他ミスリル武器所有者はミスリルの刃先で瘴気を断ち、盾を持つ者は魔法障壁からの残滓を押し留め只管ひたすら耐え抜く。


 ゴォォォウ……ゥ…ゥ…


 腐った空気の塊が通り過ぎる。

「 聖魔法いけるか!? 「「行けます!」」 3・2・1 放て! 」

「「 悪鬼は闇に死者は土に、魂は呪縛より解き放たれり、悪霊退散ターンアンデット」」


 腐った空気を、冷たく澄んだ旋風つむじかぜが辺りを浄化する。


 ブファァァ………

 リッチのローブが激しく煽られ、裾から千切れ飛んでゆく。


『 塵の分際で忌々しい……カジミール……忌々しい…… 』

 リッチはその言葉を吐き終える前に、一呼吸でグレゴリアルの眼前に立っていた。


「 ぐあ! こいつ只のリッチではないぞ! グラァ!!」

 グレゴリアルは至近距離からミスリルの剣をリッチの胸元に突き入れるが、肩甲骨をザリザリと削る感触以外手応えがない。


 リッチの杖を握る手がグレゴリアルの頭上に掲げられ、振り降ろされる。

杖の残像が彼の頭部に触れようとした正にその時・・・・


 ドガガ!! パカラ パカラ……

 辺りに、妙に軽快な蹄の音が聞こえる。


 ブルルルル……

 グレゴリアルの目の前に居たはずのリッチが、いつの間にかマロ眉毛ぶち毛馬に化けていた。


 ・・・・


「 ……う、ブチ馬?」

 グレゴリアルの目が点になる。

 リッチの上位種らしき魔物が突然消え失せ、その場所になんとも愛嬌のある顔をした八の字眉毛の馬がこちらを見つめているのだ。


 ブルルルル!ブルル?!( 瘴気臭い骨は嫌いなの! 蹴飛ばしたからリンゴくれる?)

 円らな瞳が遠くを見つめるような視線を隊長へ向けた。……とはいえ草食動物の視野は広く、骨の化け物からは視線を外していない。


 隊長の後方に控えるミスリル武器持ちの兵士達が一方向を見つめ固まっている。


 グレゴリアルには近すぎて見えなかったが、兵士達には颯爽と駆けつけたブチが可憐なターンを決め、流れるような後ろ回し蹴りをリッチの側頭部にめり込むほど叩き込んだ一連の動きを見ていたのだ。

 そしてブチの蹴りを受けたリッチは、地面と水平に矢のように蹴飛ばされ石壁に壁画のように張り付いていた。


「市場の衛馬」「町の守護馬」「歩く禍福」「騒動の中心」「八の字眉毛の淑女レディー」「果物大好きお馬さん」

 兵士達がブチの二つ名を次々とあげつらう、その最後の果物の言葉にブチの顔が兵士に向いた。


 ブルルル・・・・『おいしい果物なら、いつでも歓迎よ♪』

 ブチが砂煙の晴れつつある城壁を睨んだ。


 愚者王は城壁に楔の様に打ち込まれピクリとも動かない。


 ローブの殆どが引きちぎれ、ぼろ布となって肩から背中に辛うじて残る程度。

 最も注目すべきは、頭蓋の蟀谷こめかみに蹄鉄の跡をクッキリ刻み込み、今にも砕け散るのではと思わせる程に全体に罅が走る、あれ程手を拱いた相手を一撃で沈黙させたブチを、兵士たちが生唾を飲み込んで見つめている。


 禍々しい瘴気は相変わらず噴き出し続けている。

 ガラ・ガララ・ドドドドド・・・・

 突然、城壁に打ち込まれた愚者王が内側から壊したのか、大きく削ぐように城壁が倒壊した。


 『 グオォォォォォァァァ!!! 』

 土埃の中より雄叫か怨嗟の唸りか、下腹に響く。


 「 陣形~ぃ密!! 」

 部隊長の号令に、盾持ち前衛が密集陣形で壁を作り、練度も高い弓兵と魔法師部隊が後方に方陣を素早く作り上げる。

 砂塵の舞う城壁の瓦礫元に不自然な影が伸びた。


 地面を這い瘴気を吐きながら何かが蠢く。

 ブルルル・・・・『まったくもう・・・・』

ドドドッ!! ドバン!! 影の先に回り込んだブチが、地を這う愚者王のワンドを踏み砕いた。


 「 神聖魔法展開!! 整い次第各個放てぇ~!!」

 ストロボのように瞬く閃光が、ブチから逃げるように地を這う影を削り取ってゆく。

 しかし、不規則な緩急と変則的な伸縮を繰り返す影を直撃する魔法はない。

 ブルルル・・・・『もっとちゃんと狙いなさいよ・・・・』

 ブチも前足で地を掻き、ついつい胡乱な眼差しを兵士たちに向けてしまう。

 縦横無尽に逃げ惑う影に翻弄されつつも、兵士と馬が漸く遮蔽物のない中庭の中央に愚者王を追い詰めた。


 『憎し憎し憎し憎し・・・・わわわ儂を獣まで愚弄するかかっかがぁああぁぁぁ!!!』

 最後の詰めと慎重に間合いを詰めていた兵士たちに愚者王が特攻を掛けた。


 ヒヒィィン、ブルルル!! 『避けて!!』ブチが嘶くが間に合わない。


 一瞬の内に数名の犠牲者が出た。不死者の折れた腕の骨が突き刺さった兵士、歪んだ顎で噛まれた弓兵が生気を吸われ枯れるように萎びて息絶える。

そんな乱れた隊列を嘲笑うように学内に続く通用門へと視線を向けた頭蓋が、這い進むとは思えぬ速度で門へ張り付き守衛の命を刈り取る。


『ここっこの気配は、かかっカジィミールゥゥゥ!!!』


分厚い通用門の戸板を一呼吸の内に腐らせ、吸った生気で蘇りつつある四肢で学園の建屋内に潜り込むのに追い縋れる者はいなかった。

あと若干話でニーニャ編を書き上げられれば・・・・気長にお待ちください。

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