19.8話
美味しい紅茶を堪能したニーニャが、げんなりと草臥れたターナーと合流したのは老紳士と世間話に花を咲かせている最中だった。
世間話の内容は、ターナーが出てくる前に何とも傲慢が服を着て歩いているような人物が気に掛り尋ねたところ、とても有名な方で、王国の魔法大学の学長でとても力を持って重鎮であるとの事。
かなりのワンマンだが、その辣腕ぶりに大学設立以来の高収益を出しているらしい。
「 そう言えば、お客様って・・・・えれ? 『 もしかして来客者って学長? 』」
ニーニャがトーンを落としターナーに話しかけると、彼は唇の端を少し上げ笑っ見せた。
その後ターナーはとても重要な用事があるからと青い顔をして、市場方面へ飛び出して行ったのを心配そうに眺めるニーニャに護衛の一人ネタバレをし、彼女は大きな溜息を付いて再び彼を待った。
・・・・彼は結局真夜中に戻ってきた。
ターニャは、約束の物が揃わなかったということで意気消沈して居るターナーにお茶を出す。
「 このお茶、宿の人に持ってきてもらったけどすごく美味しいの、飲むと落ち着くわよ 」
「 ・・・・あぁ、ありがとう。 でもどうしよう・・・・ 」
たかが馬の餌、まぁブチちゃんの餌だから気を使うのは解るけど、なんでここまで落ち込むのかしら・・・・と不思議に思いながら、ふと思いついた事を口にする。
「 ターナーさん? 私明日の朝には王都入りしないとダメなんだけど。ブチちゃん貸してくれたら王都でリンゴ探すよ? 蜜入りリンゴを一樽分でしょ? 朝だし買えるんじゃないかしら・・・・」
ターナーが、ガバッと勢いよく立ち上がりニーニャの手を握り締める。
「 あ・・・あ、貴女は女神様ですか?! いや、今のはちょっと暴走しました! 」
恥ずかしくなって手を離し財布を取り出すと、金貨5枚銀貨10枚程取り出しニーニャに詰め寄る。
「 ブチさんはまだ戻って居ませんが、戻ったらニーニャさんを王都に送り届けて、ニーニャさんにリンゴを買って貰う旨、言って聞かせますから・・・・明日は私も結構気を使う商談がありますので本当に助かります。 本当にお願いしますね?! 出ないとブチさんに何されるか・・・・ 」
再びターナーの顔色が蒼くなる。
首を振り、負のイメージを振り払い言い忘れた事がと前置きの上話し出す。
「 今晩は外出は控えた方がよいです。
なんでもどこかの凄腕揃いの闇ギルドが動いて居るらしくて、次々とゴロツキの溜まり場が潰されて営利誘拐の被害者や、密貿易の証拠品が出るわ出るわ・・・・すごいことに成ってるらしいよ。
・・・・って、ニーニャさん? 急に顔色が悪く成ってるのですが、お腹でも痛いのですか? 」
今度はターナーがニーニャの顔を覗き込む。
「 い、いいえ何となく花屋さんかなぁ・・・・て思うと、胃の辺りがキリキリして 」
「 ・・・・あぁ、そう言う事か・・・・ 」
ターナーが今の説明で、何かがストンと腑に落ちたスッキリ顔でミルクティーを作る。
「 花屋さんなら心配ないですね。朝までに全部綺麗に、それはさっぱりと片付いてる戸思いますよ 」
ターナーが自分と、ニーニャのミルクティーを注ぎ分け差し出した。
・・・・・
夜の帳も降りて久しく、人々が寝静まった深夜、街中の教会の鐘が鳴り始めた。
「 火事かな・・・・花屋は火なんか使う事無いだろうし、相手さんが証拠隠滅でも図ったのかな? 」
鐘は忙しなく鳴らされ続けているが、一杯引っかけながらニーニャ達は打ち合わせを続けていた。
ただ酒と摘みのせいで、どうしてもだらけた空気が漂ってしまう。
しかし、それもドアがノックされるまで。
ノックされた一瞬の内に、部屋はピリピリとした空気に変わった。
コンコン!
護衛の一人が入り口に向かうと、初老の紳士の声が聞こえる。
「 先ほど発生した火災の報告に参りました 」
護衛はターナーに目配せし、ターナーが頷く 」
「 どうぞ・・・・ 」
「 申し訳ありません、他の部屋へのご報告がまだですのでこちらでご報告をさせて頂けたらと存じます 、またニーニャ様に置かれましてもこちらに居られようございました 」老紳士は部屋に入らず、入り口で深々を腰を折る。
彼は立て板に水のように、滔々(とうとう)と報告し始めた。
「 火事は数か所で同時に起きておりまして、目下街の者総出で消火活動を行っております。
出火元は、貧民窟付近が殆どで、風上に当たるこちらの地区には影響無いと考えられております。
尚、出火原因は目撃者が多数居りまして間違いないといいましょうか・・・・
いずれも、とある商家の一門で口々に魔物が魂を喰いに来ると叫び、焼身自殺を図った為に起きたと・・・・また、誘拐の被害者もその商家の拠点から助け出されている様子。
悪辣な者共であったようです。
これに合わせて、王都より戒厳令が出されたと事で戒厳令解除まで、この宿から出歩くことは差し止められております。急なご用向きのあるお客様方に置かれましては早めのご出立をお勧めいたします 」
老紳士は、袋の鼠に成るよりどこかに潜伏しては?と諭しているのか、厄介事は外でと言っているのか分らないが、早い情報で助かるのは確かだ。
厳しい目つきのターナーが懐から宿代を取り出し老紳士に預ける。
「 ご忠告感謝します。 我々は一度宿の外にて待機し、問題無ければ昼には戻ります。
束の間ですが貴方も息災で 」
かなり多めの宿代に老紳士は驚きもせず素直に受け取る。
「 お心付け確かに賜りました。 何か御座いましたら出来る限り止め置くと致します。
ゴートヒルを訪れる際は是非また、当宿をご利用いただけますと幸いです 」
そして、老紳士が流れるような所作の挨拶をし、次の部屋へと去っていく。
「 さて、ニーニャさんには申し訳ないけど王都の開門まで、ブチと一緒に街の外が良さそうだね。
私たちは、商工組合倉庫の馬車に駐留する事にするよ。
それに、もしものことがあれば花屋のマルガリータさん辺りに言伝をしてくれたらいいから・・・・ 」
ターナーは、ニーニャの軽くなったお宝を布袋に移し、ニーニャの腰の背中側に目立たない様結わえる。
「 ・・・・色々聞きたいは有るけど、今は止めておくわね。 確か後2日はこの街に居る予定だったわね? それまでに片付けて戻ってくるから! 」
ニーニャはターナーに手を振って厩に走って行った。
「 ターニャさんは面白い子っすね・・・・ 」護衛の一人が呟く。
「 ソルトコートの懐刀に成る? いや、たぶんもっとデカい商家の主人になる人だよ、私よりいい物件かもしれないよ? 」
「 まじっすか?「 えぇ? 俺も鞍替え考えてもいいすか? 」」
周りの護衛が間髪入れず、移籍をほのめかす。
「 ハッハッハ・・・・私ってそんなに人気無かったのか・・・・ 」
乾いた笑声を上げ、ガチで凹むターナー。
そんな彼の背中を皆が冗談だとバシバシと叩いてゆく。
ターナー達の戦いまで、残り10時間を切ろうとしていた。
・・・・
宿の厩、そこには拗ねたブチがいた。
敷き藁を前足でヨリヨリしては蹴飛ばす、やたらと夜に強い牝馬。
白黒ブチ毛の八の字眉毛馬、その特徴的な柄を見た人はまず忘れない。
鼻先を墨に突っ込んだように黒く。目の上の眉毛の位置に付く何とも情けなさそうな角度の楕円形斑が、見事に左右対称に配されている御茶目な牝馬だ。
そんなブチの目がニーニャに訴える。『 もおぉ大変だったのよ?! 』っと。
ゴートヒルの門は王都に近い事と、長らく戦争も無かったため常時開門している。
その為彼女は本日遅くまで街道筋を見張り、旅人や御者に媚を売っては人物を見極め、良からぬ者を門番に突きだす。
3交代制の門番達は交替の折にわざわざ申送りまでして、「 良くやった! 」「 偉い! 」とブチを見る度に可愛がってくれていが、市街地で同時多発的に事件が起こり始めると状況が変わった。
街の代官の指示で滅多に見られない閉門作業が行われ、外界と市街地を隔離。ブチは急遽配置換えされた門番達を心配し治安維持を手伝い続けていた。そんな事を続けていると彼等から、これ以上ブチちゃんが働き続けたら倒れてしまうと帰されたのだ。中には男泣きしながら” 帰って休んでくれぇ ” と言う兵士までいて、ブルルル・・・・『 はぁ・・・そこまで言うなら帰るけど、私は楽しいから手伝ってただけよ? 』と鼻息を吹き出し、帰路に着いた。
その時点になってブチは思い出し『 あれ? ターナーちゃんの宿って何処だっけ? 』となる。
倉庫街に行って首を傾げて見せ、宿野街に行って首を傾げて見せると心配して付いてきた夜警の兵士が話を通し、ターナーの宿に辿り居つく。
ブルルルル!?『 でね、信じられないのよ?! あれだけ約束した蜜入りリンゴが無いの!? 』
ブルル!!『 まだ、ちゃんと終わってないって言うのよ? もう、今度頭の毛を毟ってやるんだから!! 』
ニーニャにも、ブチが何かに憤っているのは解る。
彼女もブチにやさしく話しかける。
「 ブチちゃん、ターナーさんをあんまり苛めないで。だって、お仕事に時間が掛ってしまって、そのあとブチちゃんのリンゴを探して随分走り回ったみたいよ? 」
ブル?!『 ほんと? あの子探し回ったの? 』
「 えぇ、ヨレヨレで帰ってきてね、私が朝には王都に行くからブチちゃん連れて行って良い?って聞いたのね。そしたら王都の朝市で蜜入りリンゴ買ってあげてって・・・・ほら 」
ブチに財布を見せると。
大きな瞳がキラキラ輝きだした。目の中にリンゴが見える。
ブルル?! 『 今から行く? 行っちゃう? いや行きましょ?!』
「 そうね、じゃ行きましょ?・・・・って、えぇ? 」
ブチは器用に馬房の閂を外し厩舎に出ると、壁に掛けられた自分の鞍を咥えニーニャの前に落とす。
しかも付けやすいように一度目の前で座る。
「 ・・・・本当、ブチちゃんって賢いわよね・・・・ 」ニーニャがテキパキと馬具を整え、宿の前にブチを引き出す。
ブルルル! 『 面倒だからのってく? 』ブチが、二-ニャを見つめ鼻で鞍に乗れと促した。
・・・・
カカ、カカッカ、カカッカ・・・・深夜の街、石畳を蹴る馬の足音が響く。
「 ブチちゃん、なんか門、閉まってない? 」
ブルル・・・・『 えぇ、たぶん大丈夫よ! 』首を真っ直ぐに伸ばしたブチが真っ直ぐに門へ向かっていく。
詰所から兵士が飛び出してくる。
「 誰だ! ここは今閉鎖されている!!・・・・って、おぉブチ!! 」
数人の兵士が駆け寄ってくる。
「 お前、また俺たちが心配で戻って来たのか? いや違うのか? 」
ブルルル・・・・
「 ハハハハハ、王都にリンゴ買いに行く? 馬じゃ売ってくれないから? ハハハハ!! 」
ブルルルル!!!
「 あぁ、わかったわかった 行っといで!! 宜しく頼むぞ!!」
ニーニャまでバシバシ叩かれ” 美味しいリンゴを選んでやってくれ ”と頼まれる。
「 ・・・・前から不思議だったんだけど、なんであれで通じるの? 」
ニーニャはブチに聞いてみる。
ブルルル! 『 心意気よ! 』・・・・なのだそうだ。
冷静に、あの兵士達あとで起こられるんだろうな・・・・と思いながら、ブチの背にまたがる。
ブチと初めて会った日と同じく、夜道をスキップするように王都へ歩いて行くブチとニーニャだった。