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いつもダンジョンに居ます  作者: ねむねむぴよ
第二部 二章 生きたダンジョン
242/256

210話


 チッ……


 真っ白な空間の玉座の間に舌打ちが響く。

 しかし不愉快な雰囲気ではない。

 舌打ちした人物のお気に入りの玩具おもちゃが、意外な抵抗を示し予想外の結果となった事が面白くて仕方ないと言った空気が漂う。


 床と天井の区別が付かない只白い部屋の中、正面にはセルジオの居る医務室の状況が大きく映し出されていた。


 だが、異様な状況がその人物の眼前に広がっている。

 セルジオの映像の周囲りでは、セルジオと瓜二つの人影が、捕虜と思われる女性と淫行にふける姿が小さく映し出されている。

 舌打ちした人物はそれらに興味がないらしく、画質も荒く音声も切られている。

 異様映像…それは一つではなく、数十に及びいずれもセルジオが嬌態を演じているのだ。


 ブゥゥン ブゥゥン……


 不協和音が響き、一瞬の内に全ての映像が消え失せ、地上の映像に切り替わった。


 遠景に土埃が煙の様に漂う映像が、正面に大きく表示される。

 土煙が漂う地平線が拡大された。


 陽炎の様に揺れる映像に幾つもの奇怪な形状の動体、在る物は空を飛び、地を駆け、這うようにこちらへ向かっている。

 その影は地平を埋め尽くす程の大軍で、このダンジョンを攻めようとしていた。


 画面が分割され、首の長い瞼のない真っ黒な巨目の人物が割り込んでくる。


 「 東のダンジョンが溢れた。

 制御の効かないクリエイチャーがこちらへ押し寄せている、直ちに迎撃せよ! 」


 「 承知 」

 舌打ちした玉座の人物は、地面に手をかざす。


 地面から砂岩の様な石柱がスルスルと迫上がり、真っ白な人物の手元の位置で止まる。

 上面が平らかつ滑らかに成り、文字盤を作り出した。

 玉座の主が、文字盤を撫でると奇妙な文字が淡く光り浮きだすと、文字盤上で蠢くように文章を作り出す。


 「 α から ε 起動、ゴーレムは漏れた個体を薙ぎ払え。戦闘要員は編隊を組み出撃、接触し次第磨り潰せ! 」


 石板に呟くと、再び文字盤を撫でる。

 「 殲滅魔法起動、座標固定…… 2・4・5・8・13・17を転移 順次投下。合わせ、ベクトル変換魔法イージズ起動を承認 条件がそろい次第発動 」


 正面の画像が再び遠景に切り替わる。


 昼間の空にオーロラが湧き、空を埋め尽くす。

 そして、天上のオーロラを彩る火球が現れ、次第に数が増加する。

 1、2・・・6個 

 火球はみるみる内にオーロラを焦がす大きさに成長し、映像を揺らし始めた。


 ゴゴゴゴゴゴオオオオオオオオ……


 空を飛び、地を這う物には抗えぬ速さで迫る破滅の足音。

 火球が現れ僅か十数分、最初の火球が異形の頭上に降り注いだ。


 火球が大地に触れる、その衝撃を大地が包み込む様にたわみ火球は地面へ潜り込む。

 次の刹那、大地が爆ぜた。 


 ドドドドドオォォオオオ…


 大地が捲れ土の壁が垂直に立ち上がる。

 土壁は赤黒い雲と混ざり、大壁となって地を舐める。


 異形の物は衝撃で巻き上げられ、燃やされ、磨り潰される。

 更に後続の火球が止めとばかりに降り注いだ。


 ズズズズズズズズズズズズズズ………


 ダンジョン自体が大きく揺さぶられる。

 衝撃は最初の映像から遅れ、漸くここまで届いたようだ。


 見えない障壁のへりに触れたのか、赤い壁が不自然な形に別れ、複雑で有機的な模様を見せ始めた。

 透明な壁の向こうに、渦巻く赤黒い雲が毒々しい模様を作り壁を這う。


 独特なキノコ雲が遥か上空へと立ち登ってゆくが、その雲の上端も不自然にひしゃげ、地面へと戻ってゆく。


 巨大なキューブ状の檻。

 その中は光を通さない高熱高圧の粉塵と電雷の嵐だ。

 檻全体を埋め尽くした土色と赤黒いマーブル模様が、苦痛と怨嗟を現すような禍々しさを作り出している。


 映像が再び望遠に切り替わる。

 熱気で大気が歪んでいるのか、先ほどより更に歪みが大きい。

 緑豊かな大地は、最初の衝撃で荒野となっていた。


 地表を剥ぎ取られた剥きだしの地面に、数多あまたの蠢く瘤が現れた。

 その数は、画面に映し出されるだけで何千とも数万ともいえる。

 見る見る内に瘤が人型をかたどる。

 正体はゴーレムだ。 武骨な人型が地面からえる様に現れた。


 頭部から湧き足先まで顕現すると、項垂れた頭を擡げ隊列を組みマーブルの壁へと進んで行く。

 檻の中では激しい嵐なのか稲光が壁を照らし眩い閃光を放っている。


 「さて、どれだけ出てくるか……」

 隕石の直撃を受け、その熱で焼かれた化け物が、死滅したと微塵も考えていない。

 確証も疑問もなく、只” 出てくる ”と零す。

 そして、予感、憶測、いや確信は的中した。


 マーブル模様の壁が不意に揺らぐ。


 檻の中は生き物の生存できる空間ではない。

 その空間の内側から、何かが壁にへばり付いた。


 壁が被膜のようにたわむ。

 衝撃と高熱をも耐え忍んだ見えない壁が薄膜の様に引き伸ばされ歪む。


 そこから、蜘蛛の足を彷彿させる物が被膜を突き破り外へと踏み出した。


 キシャァァァッァァァ!!!

 異形の化け物が吠える。


 それに呼応し、隊列を組むゴーレムの目が一斉に光る。

 まったく同じ動作でゴーレムが胸を張り、アバラが開くような挙動とともに黒い豆の様な粒子が、飛沫の様に放たれた。


 放物線を描き降り注ぐ飛沫が、化け物の体に当りじける。


 シュゥゥゥ!!


 マグネシウムの燃焼するような音と共に幾つもの閃光が瞬く。

 画面が明滅する閃光で塗りつぶされた。


 ダンジョンが激しく揺れ続けている。

 映像で確認できないが、ゴーレムは何を感知して攻撃を続けている。

 ゴーレムの放つ閃光が輝き続ける。攻撃を止めていない。即ち敵を倒せていないのだ。


 画像が切り替わる。遥か上空地面を俯瞰する遠景。

 地面に絶え間なく光り続ける閃光を映し出す。


 ビガビガ、ピカァァァァァ…………ビカビカ………


 周辺の地形が、衝撃波で薙ぎ払われ均されていく。

 巨岩が吹き飛ばされ、山が形を変える。

 上空から見る衝撃波の影響は、四角い檻を境に放射状に地面が砂色へと変わっていった。


 画面が再び分割され、上位者と思われる人物が現れた。

 全てが漆黒の鏡のように輝く瞼の無い目に憂いが浮かんでいる。


 「……虚無の反応を感知した。東のダンジョンは、虚無に呑まれたようだ。

 虚無の侵入を許すまで放置したとは情けない……」


 俯き、何を考えているか解らない表情たが、不意に頭がもたげられた。


 「………我々はこのダンジョンを防波堤とし、転進する。以後の全権をダンジョンの管理者へ移譲する。承認術式:ピーギヤャャピキガギギギッツクククルル」


 人には発音できない電子音の様な声で、全権を移譲し画像が消えた。


 「 創生者の転身を了承 」

 玉座の主が、機械的に許可を出す。


 ダンジョン自体が大きく揺らぎ、望遠映像に激しくノイズが走る。

 切り替わった地上映像には、地面から丸い銀色の大球体が飛び出す姿が映されている。


 「権限移譲を了解。これより虚無に向け最終兵器を使用する」


 石柱の全ての文字が、激しく明滅し赤黒く変色する。

 玉座の人影が、機械的な声で最終フェイズを告げる。


 「時空監獄魔法:ウロボロス。 始動を承認」


 白い部屋が、わずかに輝きを失い灰色の空間へとトーンダウンした。


 俯瞰する映像には明滅する光源の減った戦場が拡大される。


 数多あまたの海洋生物とも昆虫ともつかないシンメトリーな動体がゴーレムを食んでいる。

 ゴーレムは手足を振り回し抵抗しているが、取り付かれた手足が砂の様に砕け無に帰ってゆく。


 戦場を俯瞰した画像に、地面に巨大な真円が浮き上がった。

 その内に捕らわれまいと、数匹の異形の化け物がゴーレムを放置し円の外へと駆けだす。


 ゴーレムは、逃げ出そうとする化物の体を掴むが、触った指先から無へと変えられ留める事が出来ない。


 円周からオーロラの様な光が立ち上がった。


 「ウロボロス。発動確認」

 玉座の間の主が声を上げると、白の間は一段と灰色へと輝きを失いその力をウロボロスへと注いでゆく。


 マーブル模様の巨大な檻が、内側から突かれるように形をくずし次第に球状へと変形する。

 そして弾けた。


 衝撃波が星を揺らす。


 大量の粉塵を巻き上げ、俯瞰映像の視界を奪った。

 幾つもの映像が途絶し、画面から欠落してゆく。

 しかし、ウロボロスの円に囲われた地上付近の様子は違っていた。


 次第に動きが鈍くなる、異形の化け物。

 全てを捕らえたと思われた真円から2匹の化け物が飛び出す。


 一匹は羽ばたく素振りを見せずに浮遊する。

 いつのまに身に付けたか解らないその飛行能力で奇妙な軌道を描き、巨大な銀球を追って飛翔する。

 画像でも追えない移動、一瞬見えたかと思うと次の瞬間消え失せ、その刹那に視界ギリギリに移動を行う、いわゆる瞬間移動だ。

 化け物はその使い方を慣らすように幾度が試すと、この地域から離脱した。

 もう一匹は飛翔できないのか、這うように地面を真っ直ぐにダンジョンを目指している。


 ウロボロスが完全に発動した。


 円内の全ての時間が引き伸ばされ緩やかに成っていく。

 隕石の衝撃にもゴーレムの魔法攻撃にも耐えた化け物も抗えず、その動きを緩やかにし、やがて静止した。全ての物が静止した空間・静寂、この魔法はそこで収まらず、次の段階に移行する。


 影響下の空間の存在が希薄になる。厚みが薄くなる、注意を引かなくなる、といった感じだろうか。

 次第に平面に書かれた絵のように情報量が薄れていく感じがする。線が細くなり、色が抜け周囲の景色に補完されていく。

 空間全体が何かと入れ替わるように、景色が透けて最後には全てが消えて無くなった。


 映像が切り替わる。

 惑星を俯瞰する映像。


 キューブの崩壊は致命的で、惑星自体が灰色に覆われていく。


 次の映像は、巨大銀球を映し出す。


 すでにかなり遠くへ逃れたのか、辛うじて何かが飛翔して遠ざかっているのが解るが、次の瞬間眩い閃光と共に飛翔体が消えて無くなった。


 今は濃い灰色の部屋の主が無機質な声を上げる。


 「虚無の欠片が一つ、ダンジョンへ迫っている。最終防衛魔法発動後、ダンジョンは長い休眠へと移行する。現状の機能の殆どが失われる事となる。管理者諸君は各自でその保身を図り何時の日かまみえん欲す。各自の健闘を祈る」


 既に殆ど光を失った玉座の間で石柱に手を翳したダンジョンの主が口を開いた。

 「最終防衛機構、虚数変換魔法始動を承認」


 映像に写る虚無はいつの間にかダンジョンの間近に、ダンジョンの防衛ラインを超えたようだ。


 地面に掘られた巣穴の様なうろから、凄まじい土煙を立て地面に土砂が噴き出す。

 分割された画像にはダンジョンの断面図が映し出されている。


 化け物の突入地点から、この管理区と思われる位置へ直線で掘り進む速度は凄まじく、古代文字が中枢到達まで10分のカウントダウンを始めている。


 「…………特殊個体が生まれ浮かれておったが、瞬く間であった」

 玉座の主人が初めて感傷的な言葉を零す。


 眼前の石柱が地面へと吸い込まれていく。

 白い人影は体を砂岩へと転じ、最後と思われる言葉を紡ぐ。


 「虚数変換魔法:発動!」


 今はもう漆黒の闇に閉ざされた玉座の間。

 部屋の各所から瘴気が煙の様に立ち上がる。

 糸のように空中を漂う瘴気は、なわわれるわらの様に太くなり、砂岩の人物の前に渦巻く。

 糸から紐、紐から帯に変わる瘴気が見えない圧力で押し固められ正八面体の小さな結晶が生まれ始める。

 虚数変換魔法。それは、膨大な魔力を使い無い物を有る物に置き換える魔法。

 虚無ですら有る物とし包み込み、結晶化する………この魔法は宇宙の法則も軋ませる程の矛盾を内包する。

 故に十全ではなく仮初の魔法、有る物を無い物とし無い物を有る物とする。

 魔法術式自体にも常にその命題を突き付けられ崩壊し続ける。

 ……この魔法は絶対ではないのだ。


 空中でゆっくりと独楽のように回りながら結晶化する虚無は次第に大きく成り、重力に耐えられなくなると コトリと音を立て床に落ちた。

 一つでは効果は見えない。映像に写る化け物をプロットする位置にも変わりはない。


 砂岩の人物は、結晶左右の手で一つずつ作り始め、床に落とす。

 結晶化のスピードは最適化され、次々と生み出されては床へと落とされていく。


 ピシ…ピキィ… パシィ……

 砂岩の人物の身体にひびが走る。

 跪いた掌から、溢れる様に零れ落ちる結晶。

 

 映像に映る残り時間は2分を切る……

 床には千を優に越える結晶が埋め尽くしていた。


 そして断面図にプロットされた化物の位置が淡く点滅し、消滅した。



 俯いた灰色の人物が石柱のように佇む。

 ……まったく動かない。

 静寂で耳が痛くなるような空間。


 緩慢な動きで、床に手を翳す。

 「殆どの…………魔力…は………使い切ったが、………まだ、出来る事があるか………」


 石柱を呼び出すが、のろのろと立ち上がるそれに苛立ちは無い。

 もう当面の脅威は去ったのだ。


 「この………部屋は、程なくして………瘴気で溢れる。休眠中の…管理は、瘴気に……耐えられる者で…なければならん」


 画面にセルジオの姿が拡大される。

 「………彼の者が適任であろうな………」

 石柱に手を翳し文字列を作りだす。


 「…………浄化の方法も……残さなくては……」

 再び石柱に手を翳し、文字列を作り出そうとした灰色の主に大きな亀裂が走った。


 バギィビシ… ゴトン……

 完全な石像となった上半身が斜めに砕け、地面に落ちる。

 漆黒の空間には結晶から漏れる瘴気に緩やかに満たされていった。

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