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いつもダンジョンに居ます  作者: ねむねむぴよ
第二部 二章 生きたダンジョン
237/256

205話


 濃く漂う” 美味いもの ”の体液が漂う地底湖。

 アビスは、久しく味わう ” 美味いもの ”に歓喜してしていた。


 そんな化物の手燭が何かを感じた。


 ” 危ない何か ”

 嘗て母体の中から逃げ出した時の、全身が泡立つような悪寒が走る。


 ” 何処から? 下・・・・後ろ?・・・・いや 上? ”


 崩れた大空洞の天井から、滴の様な形状の何かが崩れたゴーレムに滴った。


 ドバァァ・・・・!


 地面に落ちたそれは盛大に飛沫を上げ飛散するが、すぐさまモゾモゾとゴーレムに集い、大きな瘤をもつ繭を形どった。


 光の全くない、地底湖の岸辺で蠢く瘤。

 その瘤は四散したゴーレムの頭部の核を取り込み蜷局とぐろを巻く蛇の様に、鎌首を持ち上げた。


 異形の蛇。

 そう表現するのが相応しいか疑われるが、頭の下は幾本もの尾とも触手とも言えない蔦の様な集合体を形成し、渦巻く様に砂を掃きアビスへ迫った。


 ” あれは危ないもの ”

 アビスの野生の感が警鐘を鳴らす。

 化物は、辺りを漂う獲物を触手で捉え、踵を返し、逃走を計ろうとした・・・・が、しかしそれは許されなかった。


 グジュリ・・・・

 軟性を示す動きを見せながら、その感触は砂岩。

 アビスの背中を砂岩を擦りつけるような感触が這いまわる。

 いや、這い回るだけではなく、隙間なく覆われた鏡の様な鱗の隙間に砂が入り込む。


 ザリリリリリ・・・・

 アビスがこれまで見た事のある、大魚を触手で突くと舞い上がる鱗。

 それが、己が身で起きている。


 鈍感な体表に焼ける様な痛みが走る。


 ” !!!!!! ”

 発声器官を持たないアビスが絶叫を上げた。

 鱗の下の分厚い皮下脂肪に、針の様な物が入り込んでくる。

 痛みに震える。


 身を捩らせ触手で払おうとするが、瘡蓋の様に張り付くそれは払い除ける事が出来ない。


 ” !!!!!! ”

 触手に痛みが走る。

 瘡蓋に触れた触手が石の様に固まり、根元へ向けて浸食されてゆく。


 ズズズゥン・・・・

 体を壁面に擦りつけ、叩きつけ、異物を取り除こうと暴れる。

 それでも異物は剥がれず、より体内へと潜り込む。


 異物は体内に潜り込み、鱗の下をモゾモゾと這う。

 どうやってアビスの中枢を察したのかは分らない。

 それは、確実にアビスの脳へと近づいてくる。


 触手で自分の体を叩く。

 しかし、その異物の進行を遮る事が出来ない。


 触手で自分を貫く。

 だが異物はその傷口を利用し、更に奥へと潜り込む。


 今まで病気に苛まれたことのないアビスは、酷い悪寒と吐き気、体内から異物を排除しようとする生き物の防衛機能が唸りを上げ、異物を攻める。

 だが、異物は物理的に血管や神経の経路を辿り、いくつもある心臓を占拠した。


 ” 自分が自分でなくなった ”

 アビスはそう感じた。

 脳は身を捩ろ!体を壁に打ち付けろ!と指令を出すが、鏡の様な湖面に浮かぶ己の体を動かす事が出来ない。

 恐怖、焦り、怒り、悲しみ。

 幾つもの感情がドロドロと混じり身を苛む。

 そして、脳内で何かが囁いた。


 ” 海の底の覇者に告げる。 ここへ招いておいて申し訳ないが、私のお気に入りの玩具に害をなすな ”

 アビスには言語は理解できないがその言葉の意味、幾ばくかの尊敬・尊厳に対する謝罪・逃げた美味いものの所有と、喰らう事への拒否・・・・そのようなものが伝わってくる。


 ” 嫌! ”

 アビスがそう考えると、幾つかの心臓が同時に潰される。

 ” !!!!!! ”

 脳が焼ける様な激痛が、拒絶の思考を否定する。


 ” 我が腹の中 其方に 否はない。 恭順を示せ ”


 アビスの思考に白痴はくちの靄が掛かる。

 低酸素の深海でも機能を損なわない複数ある脳が空回りし、その言葉に従う方が心地良いと判断をくだした。


 ” ・・・・妥 ”


 次の瞬間、アビスの思考は白く塗りつぶされ意識が途絶えた。


 ・・・・


 アビスは心地良い冷たさの海中に居た。


 そこら中を” 美味いもの ” が逃げ惑い、捉えては飢えを満たす。

 生きの良い新鮮な” 美味いもの ”を咀嚼し嚥下する。


 豊かな生命溢れる深海。


 『 7個の脳は全て繋いだ、問題は無さそうだ 』

 『 幼体はどうだ? 』

 『 個別に培養槽に隔離した。全て夢の中で成長している 』

 『 それは上々。 ※※※※を埋め込み近海に放流できるな・・・・ 』


 明るい銀色の空間に幾つもの水槽にアビスの臓器が浮かぶ。

 脈打つ臓器は時折淡く光り、それを眺める複数の人影が満足そうに頷く。


 人影は異形であった。

 小さな頭部に長い首。

 手足は長く、指の数が親指を含め4本。

 瞳には瞼が無く、鏡の様に周囲の有機的な設備を映し出していた。


 『 ※※※※の施設からの妨害はどうだ? 』


 砂岩で出来た石柱が足元から競り上がる。

 人影はそれに触れ、無いやら指を動かした。


 『 亜人達が時折訪れる程度で問題はなかろう 』


 『 それにしても、こちらの管理者の機能が損なわれていないのが幸いしたな 』

 『 然もあらん 』

 『 だが、時間は然程なかろう。管理者に施設の拡張を急がせねばならんな 』

 『 機兵の準備も進めねばならんか・・・・ 』


 異形の人影が銀色の世界に溶けてゆく。


 人影の無く成った空間に残された石柱は、溶けるように形を崩し銀色の床に消えてゆく。

 ” あの玩具は私の物 ”


 そんな声が聞こえた気がした。 



 

次話からセルジオ視点にもどります。

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