195話
セルジオと少女の後ろを5名の元囚人達が強張った表情で寡黙に付き従う。
そして、彼等の三方を取り囲む様に巨大なゴーレムが這う。
這うと言っても、四肢を地面に付き、頭をセルジオの目線に合わせる高さに合わせている為か、ほぼ土下座に近い姿勢を取っている。
そんな姿勢でどうやって動くのか?という疑問が浮かぶのも当然だが、石神巨兵ともいえるゴーレムは地面より紙一枚ほど浮いているらしく、セルジオの歩む速度に合わせ滑る様に姿勢を維持したまま追従していた。
進路の先、壁面に凱旋門の様な構造物が浮かび上がる。
装飾も無く幾何学的な門には戸が無く、その奥にぼんやりとした灯りが見える。
ネチャネチャとした不愉快な感触の床を、門に向かって進む。
その門は巨大なゴーレムも十分に潜れる程の大きさに、改めて関心するセルジオだった。
・・・・・・・・
魔物の集落と思われる場所の先は地下空間の闘技場といった形状になっていた。
つい先程作られた様な真新しさを醸す空間。
鉄さびと乾いた砂埃の匂いがする。
まだ建造途中なのか、構造物の所々の一部が白く淡い光を放ち、構造物の大きさを暗視の効かない者に知らしめていた。
人と同じ程のゴーレムが要所に衛兵の如く立っている。
カンテラの光がかすかに届くアーチ状の無機質な回廊を抜けその空間へと入り込んだセルジオと囚人達は、ただ怯えながらその中へ進んで行くしかなかった。
「守ってくれているのか・・・・捕らわれているのか・・・・判断に悩む」
セルジオが零す。
彼の側を離れようとしない少女と、その後ろに張り付くように付き従う5名の元囚人は未だに強張った表情のまま付き従っている。
付従う彼等のすえた臭いも周辺に漂う鉄臭さに混ざり、もうどうでも良くなっていた。
臭い云々以前に、セルジオの鼻はもうバカに成ったようだ。
「せめて、水なり食料なり確保しないとなぁ・・・・」
セルジオがその言葉を発すると、ゴーレムの一体の宝石がチカチカと瞬き、そのまま音も無く闇の中へ消えてゆく。
大きな質量をもつゴーレムが動いているにも拘らず、まったく音がしない。
唯一、巨体が動くことで空気の流れが生まれ、周辺に突風のような旋毛風が生まれた事で、高速で移動したのだと解るが、何をしに行ったのか、何が起こるか解らない。
せめて何かしらの意思疎通が出来れば良いがと考えるセルジオが残されたゴーレム等を見るが、それは何も語らない。
闘技場らしい場所をそのまま突き進む。
淡い光に溶けて分らなかったが、正面に小山が浮かび上がった。
少女が弾かれたようにセルジオに抱き着く。
元囚人らも、一纏まりになり一目で震えているのが解る程慄いている。
セルジオは構わず進むと、それが砂まみれの生き物であると漸く認識できた。
・・・・・・・・
「・・・・大きなトカゲ?」
セルジオが呟くと、シルフィアは頭を振る。
「 あ、あれは竜 火を吐く獰猛な竜 」
少女はセルジオに隠れながら、チラチラと竜の様子を窺がう。
息をしていれば多少なりと動くであろう胸部は、まったく動く気配がない。
その前に、その体には幾つもの槍や剣が突き刺さり、針山の様になっている。
「死んでいそうだな・・・・」
セルジオは構わず竜の頭側へ回ると、ざっくりと切り落とされた首に脊髄と内臓の一部がはみ出し、床面に血溜りを作っている。 頭部も、直ぐ近くに顎を天に向け転がっていた。
「これ、喰える?」
セルジオが振り向き声を掛けると、元囚人らは壊れたように頷く。
元囚人らは硬直し動こうとしない為、セルジオを死骸を検分する。
直ぐ近くにゴーレムが居るし危険はないだろうと、千切れかけた肉片を毟り取り付いた砂を掃いながら彼等の元にもどった。
生肉は血と獣の臭いが強く、できれば火を通したいと考えるセルジオだが、木切れなどは辺りには全くない。
そう思っていると、手元の生肉に元囚人達が熱い視線を向けそわそわしている。
「・・・・喰う?」 セルジオが生肉を差し出すと彼等が強く頷いた。
囚人の一人が、セルジオの前におずおずと進み出て傅き、見覚えのある短剣を差し出した。
そして口上を述べ始める。
「名のある魔術師とお見受けします。
この度、我らをお救い頂き、厚く御礼申しげます。
先の騒動の折、授けて頂いた物をお返し致します。
この先も、御伴させて頂きたく存じます」
ガリガリの身体だが、腹の底から響くような声に少し仰け反るセルジオだったが、差し出された短剣の柄を握り、反射的にその刃を彼の肩に置き一言告げた。
「許す」
『へ?・・・・俺何やってんの? 何これ?』
慣れた手つきでその動作をこなす自分に激しく動揺し、自分自身に面食らう。
元囚人達の目が、何故だかキラキラしている。
セルジオは動揺を隠す様に生肉に刃を立て、切れ目を入れるとそれを渡した。
・・・・・・・・
一心不乱に生肉に食らいつく、元囚人達。
セルジオはそれを見ながら、『余程腹が減っていたんだな・・・・』と少々気の抜けた事を考えながら再び竜の死骸へと足を向ける。
大人の胴回り程の首から、短剣の刃を入れて再び肉を切り出そうとするが、革と鱗が邪魔で上手く切り出せない。
そこで、死骸に突き刺さった剣に目を付けそれを抜こうと力を入れる。
グジュリ、グジ・・・・
セルジオは、竜の体液を滴らせながら材質が良く解らないが業物と思われる剣を引き抜く。
何れの武器も、竜との闘いで刃が欠け、細かな亀裂の走る剣は歪み、戦闘の激しさを容易に想像させた。
次々と槍や剣を抜いて行くが、まともに使えそうな物は殆どない。
だが、その中から幾分使えそうな剣を二振り、小剣を一振り、槍を五本を取り出す。
いずれも、この先激しい戦闘があれば砕け、折れてしまうと思われる物ばかりだ。
その中から握りの具合の良い小剣を自分用に残した。
「まぁ、こんな所か・・・・ないよりマシだよな・・・・」
武器を一抱えにして元囚人等の元に戻ると、彼等が更に恐縮している。
よく聞き取れないが、小声で『破竜の武器』だとか『竜の血を浴びた武器』だとか騒いでいる。
『彼等にとってはとても希少で貴重な物なんだろう・・・・壊れかけだけど』と思いつつ取り回しの楽な小剣を携え、死骸の解体に戻る。
・・・・・・・・
セルジオは死骸の脇に腰を下ろした。
背嚢から革袋を取り出し敷物にする。
薄明りの中、カンテラに魔石を入れ灯りの強さを調節し灯りをとる。
そこで漸く、湿ったポーチの中身を広げた。
中身が割れているのでは?と、これまで怖くて広げられなかった装備をこの際に確認することにしたのだ。
「やっぱり割れているな・・・・」
中身の詰まったポーションは全滅。
それを包んでいた布から、絞り出せば少しは回収できるかとも思うが、ガラス片にまみれた布で怪我をすれば本末転倒だ。
空のポーション容器。
「これは無事か・・・・逆だったら良かったんだけどな・・・・」
そう言いながら、あとで竜の血でも詰めておこうか考え、端に寄せる。
油壺。
「あっ・・・・だめじゃん」
一見大丈夫に見えた物だったが、中の布が油で濡れている。
よくよく確認すると、うっすらと小壺の口から底にかけて微かな罅が走り、ヌルリとした油の感触がする。
軽く振ってみたが、中身も半分以下になっていた。
セルジオは処分予定の物とまとめて横に除ける。
数枚の布も油とポーションで汚れているが、辛うじて使えそうな一枚を残して処分する。
ダメになったアイテムを山にする。
その周辺に、くず鉄となった武器をロの字に組んで、折れた大剣の刃を鉄板代わりに乗せた。
火付け棒でカンテラの油が染みた布に火花を飛ばすと、メラメラと青白い炎を上げて燃え始めた。
直ぐに燃え尽きそうだが、それでも火があるのはありがたい。
大剣が焼ける間にポーション容器に、下たる竜の血で満たす。
そして、小剣を使い竜の首から一口大にした肉片を、一握り分取り出すと、シルフィアがいつの間にか火の番をしていた。
・・・・・・・・
『視線が痛い』
少女と元囚人が、焼ける肉を穴が開くほど見つめて居る。
久々のまともな食料、しかも肉の焼ける臭い。
セルジオは、大剣に張り付いた肉を剥がし一口頬張る。
口の中に肉のうまみが広がる。
『・・・・うまい!』
涙が出そうになるのを堪える。
ゴクン・・・・
生唾を飲み込む音が聞こえる。
視線が痛すぎる。
その視線にセルジオが根負けした。
「自分の分は、自分で切り取って来ればいい・・・・火は弱いから・・・・」
セルジオが言い終わらないうちに、元囚人と少女が、もう肉の塊にしか見えないドラゴンに飛びついた。
・・・・・・・・
「だから・・・・なんでこうなるの?」
シュンと項垂れる、飢えた人々。
小さな焚火が肉の山に化けている。
唯一燻る火種となる油壺が側でゆらゆら燃えている。
皆がそれぞれ一抱え程の肉を大剣に乗せた為、ジュっと空しい音を立てて焚火だった物が、略、生の肉の山に化けたのだ。
しかたなく、最初に焼いていた一口サイズの肉を皆に譲り、セルジオは更に解体を進めることにした。
「・・・・申し訳ありません・・・・」
短剣を返しにきた元囚人がセルジオの下に傅く。
「・・・・気にしてないから・・・・」
セルジオは、厭きれ顔で彼等を一瞥し、小剣で無理やり首から腹にかけて小剣を入れていく。
皮、皮下、筋肉と筋を切り裂き、竜の腹膜が顔を出す。
そこから更に、腹膜を短剣でなぞる様に切り裂くと、内臓が吹き出す様に飛び出した。
腸を取り出し、弓の弦に使えるかもと隅に避ける。
幾つかの臓器は深く突き刺さった槍で傷付いていた。
肝臓らしいボロボロの臓器、胆嚢は破けていない。
胆嚢を破かない様に、革の袋の上に逃がす。
食道に繋がる臓器・・・・胃と、その近くにパンパンに膨らんだ臓器・・・・
揺すると液状の何かが入っているが、殆ど気体で満たされた革袋の水筒のような物が出てくる。
「・・・・それ破くと危ない」
シルフィアが、短剣でその袋を切り取ろうとするセルジオを止める。
セルジオはその真剣な視線に頷き、布紐で袋の口をきつく結わえ慎重に切り取る。
ポヨン・・・・
間の抜けた音を立てて床に転がる、謎の臓器。
「それは、どうすれば危なくない?」
セルジオがシルフィアに尋ねるが、首を傾げる。
元囚人達にを振り向くが、目を合わせない。
しかたなく、セルジオがゴーレムに尋ねる。
「それ、無害化できる?」
ゴーレムの頭部の宝石が、チカチカと点滅した。
・・・・・・・・
ゴーレムが、人が3名乗っても問題ない大きさの掌を差し出して来る。
「これを乗せろ?」
チカチカ・・・・チカチカチカ
どうも正解らしい。
ポヨポヨと座りの悪い謎の臓器を乗せると、掌を碗状にして音も無く動き出す。
闘技場の入り口へ滑る様に遠ざかる。
・・・・
闘技場の入り口から外へ出ていく。
・・・・
ゴーレムの巨体が闇に溶け見えなくなる。
・・・・
帰って来ない。
「・・・・どこに捨てに行ったんだ?」
あまりの間に耐えきれず、セルジオが呟く。
・・・・
シュゥ・・・・「うわぁ!?????」
村の敵を焼いたゴーレムの熱線に似た音と共に、闘技場の入り口から光の筋が射しこむ。
ゴォオオオオオオオオオオォォォンンンン・・・・・・!!!!!
・・・・
闘技場全体がビリビリと震える。
「・・・・危ないでしょ?」 シルフィアがぽつりと呟く。
「・・・・そうだったみたいだな・・・・」セルジオの背中を嫌な汗が伝う。
「「「 ・・・・ 」」」 元囚人達は固まっている。
しばらくして帰って来た、全体が黒く焦げ少し体の掛けたゴーレムをみて、セルジオ達は更に冷や汗を流したのだった。
セルジオの装備 備忘録
メダリオン
ゴブリンの使っていたカンテラ
革の子袋(セルジオ金貨が10程入っている)
胸の内ポケットに入れてある。
ポーチ✖2
ポーチ①
竜の血の入ったポーション容器(試験管サイズ)✖2
布片1枚(ハンカチサイズの布)
ポーチ②
火打ち棒(金属製の灯点け棒)
ニーニャにもらった物、結構愛用している
メモ紙と墨壺と筆用の藁数本
背嚢小
革袋1(水筒に使えない:簡易的な物)
布袋2(調査用に資料回収用として持ち歩いてたもの)
酒気の強い酒瓶(5分の2程の量)
小振りな毛布
布紐✖5本程(袋を縛る為に用いる然程長くない物)
古いが丈夫なロープ 15m
ダンジョン探索用の生地の厚い作業服上下
一般的な農夫が着るような服
結構立派な生地が使われている。
ベルト(ポーチが付けられるよに丈夫な革でできている)
丈夫な靴(ほとんど安全靴)
鞘付きの短剣
(血と油のネバネバは少し取れたがホントは洗いたい)
金属製のマグカップ
木製のカップ
シルフィア:エルフっ子
年齢は70歳以上
見た目は少女 でもガリガリでドロドロ
密かにセルジオにアタックを掛けようかと思案中。
殆ど布袋の服?
革袋の靴
死者の遺品の指輪 ✖2 未鑑定
New
巨大なゴーレム✖3体(内一体はお出かけ中?)
元囚人✖5名




