190話
セルジオの身長の二倍ほどの高さ、少し高い岩棚から漏れる灯りの方角から喧騒が聞こえる。
先ほどまで見えなかったが、そこに上る為のロープが一本垂れ下がっている。
ロープは細く古い。
試に、少し体重を掛けるとミチミチとロープ内の糸が千切れる様な音がする。
ロープのすぐ上から子供の様な啜り泣きが聞こえ、セルジオの心をモヤモヤさせる。
『俺、魔物なんか倒したことないけど、いけるのか?』
逡巡しながらも、聞き耳を立てる。
魔物の喧騒が次第に熱を帯び始めた。
ドガガ!!
「アギャグギャ!!!!」「グギャゴガギヤアアアア!!!」
喧嘩を始めたようだ。
『くそぉ、今しかないじゃないか!!』
右手に持っていたクリスタル片を腰のベルトに挟み込む。
今にも切れそうなロープに静かに全体重を掛ける。
『切れるなよ・・・・』
祈るような気持ちで、ロープと周囲の状況に神経を集中する。
ドガガ!!「ギャシャァアアア!!!」(ミチチチ)
ロープの軋む音は喧騒で完全に掻き消えている。
セルジオは腕の力だけで一気にロープを上る。
「ギガギャガガ!!」 バン!!
魔物の方では何かが倒れる音と共に、殴り合う喧騒に変わる。
ミチチ・・・
ブツン!!
『ぐは!』
ロープが切れ体が宙に浮く。
体が岩肌から離れる。
寸前、右手が岩棚に掛かった。
中吊り状態で、即左手も岩棚に掛け揺れる体を無理やり筋力で留めた。
『くぅ、結構きついな・・・・』
足が壁を蹴りそうになり、膝を曲げ堪える。
パタタ・・・
切れたロープが地面で音を発てた。
セルジオは息を潜め、聞き耳を立てる。
「キシャァアアア」「グギャガァ!!」
魔物は未だ喧嘩の真っ最中で気付いていない。
セルジオは大きく息を吐き、懸垂で肩まで持ち上げその勢いで岩棚に体を投げ出し伏せる。
灯りの方では、掴み合いの取っ組み合いをするゴブリンが2匹・・・・
右を見ると、ガタガタと震える子供?とバッチリ目が合う。
子供は一糸纏わぬ全裸、ガリガリに痩せ細り手足が棒の様に見える。
セルジオは口元に手をやり、自分の口を塞いで見せる。
子供はそれを理解したのか、酷く震えながらコクリと頷き、ゴブリンの方を見た。
セルジオはゴブリンから見て、切れたロープが結わえられた岩の影に上手く隠れ見えてないようだが、此方からは、灯りに照らされて良く見える。
木箱の様なテーブルだった物が崩れ、辺りには何かの骨の様な物が散乱している。
周辺には、小さな樽が数個と何かが積まれた小山。
壁にはカンテラらしきものが置かれ、魔物の闘争を照らしていた。
片方のゴブリンが腰の短剣を抜いた。
「グジャガァ!!」
それを振り下ろし、組敷いた相手の腕を切り裂く。
「ギャガァアァアア!!!!」切られたゴブリンが悲鳴を上げた。
刺されたゴブリンは床を這い逃げようとする、その手元には割れて鋭利に尖った骨が転がっていた。
魔物は躊躇わず骨を握り締め起き上がろうとするが、刃物を持ったゴブリンが追撃とばかりに飛びかかった。
刃物を振りかぶったゴブリンの脇腹に深々と骨が突き刺さる。
「ブグ?!」
骨が肺に届いたのか、ゴブリンの口から何かを吹き出す。
だが、焼けるような痛みを無視し、骨を振るったゴブリンの喉を切り裂き息の根を止める。
ヒュヒュヒュ・・・・
浅く笛のような音のする呼気が聞こえる。
勝負に勝ったゴブリンも既に虫の息だが、ヨロヨロと立ち上がり、小山の方へ這うように向かう。
『いまなら、簡単に止めを刺せるな・・・・』
セルジオは四肢に力を込め、一気にゴブリンに迫る。
死闘を繰り広げたゴブリンが布擦れの音に気付き振り向くが、既に遅い。
セルジオはゴブリンに取り付くと、脇に刺さった骨を全て押し込んだ。
いくつかの臓器を突き破るような嫌な感触が手に伝わる。
ゴブリンの生気が急激にしぼんでゆく。
倒れ込むゴブリン、ダメ押しで傷口を蹴り上げた。
ゴフ! 「グジュブ・・・・」
緑色の体液が口と鼻から噴き出す。
ゴブリンは白目を剥いてその場に倒れ、ヒクヒクと痙攣し動かなくなった。
セルジオはカンテラを取り、子供を所に戻る。
ガタガタガタ・・・・
光を見て眩しそうにしながら、セルジオを見る目に少し生気が戻ったような気がした。
「大丈夫か? ・・・・大丈夫じゃなさそうなだな・・・・」
子供の体は青痣だらけで、幾つもの切り傷らしい瘡蓋が見える。
美しかったであろう金色の長髪は垢でゴワゴワに固まり頬と目は痩せこけ窪んでいる。
腰には太いロープが結わえ付けられ、かなりきつく締められていた。
『我・・・助けて・・・逃がして・・・殺さないで』
子供は震えながらたどたどしく言葉を紡ぐ。
「?! え? なんでこの子の言葉が解るんだ? 」
初めて聞く言葉が何故か理解できる。いや、理解だけでなく話せそうだ・・・・
戸惑いながらも、セルジオは口を開いた。
『縄を解くから待てそうか? 大した物はないが食い物もいるか?』
子供は目を大きく見開く。
そして、目元に大きな涙が浮かぶ。
本当ならば大泣きしたいのだろうが、水分も碌に与えられず嗚咽に近い泣き方だ。
セルジオの心が痛む。
灯りを残し、ゴブリンの死骸の場所へ戻る。
物色する。
「小さな樽は・・・・中身は葡萄酒か・・・・ん?」
セルジオの口から出る言葉が子供の話す言葉になっている。
しかし、違和感なくこちらの方がシックリくる。
「いやいや、先に・・・・」
もう一つの樽は中身が空・・・・食い物は・・・・
そう言いながら小山に目を向ける。
「くぅ! クソ・・・・こいつ等、これ喰ってたのか・・・・」
バラバラに解体された人の死骸。
内臓や頭蓋は既になく、四肢と胴の一部が小山になっている。
ざっと見るだけで老若男女合わせて4~5名の部位が有りそうだ。
金属製のマグカップ、割れていない木製のカップ・・・・然程汚れて無さそうだ。
血糊の付いた鞘付きの短剣・・・さやから抜くとニチャと嫌な音を発てるが、これも使えそうだ。
クリスタル片と壊れたカンテラをその場に捨て短剣を腰のベルトに刺す。
そしてとりあえず、葡萄酒の小樽と二つのカップを手に取り、子供の下に戻った。
子供が怯えた目でこちらを見ている。
「ロープを切るが動かない様に・・・・」
激しく震える子供は何度も頷くが、震えは止まらない。
古いが丈夫なロープを、削る様に切り裂き子供を開放する。
セルジオは背嚢を下ろし、ボロ布と布袋を取り出す。
ボロ布で短剣の刃を拭き、麻袋に頭と腕を通す穴をあけ子供に被せる。
キョトンとする子供がセルジオを見つめる。
「震えているのは寒さだけではないだろうが、少しは暖もとれるだろ?」
そして、そこらの小石を集め簡単な囲炉裏を作り、先ほどのボロ布に酒瓶の中身をしみこませる。
崩れた木片を拾い、火を点けた。
・・・・
パチパチと爆ぜる焚火が暖かな光で辺りを照らす。
「もう少しまってくれ・・・」
小樽のワインを金属のマグカップに注ぎ、毒見をする。
酒気は弱く、飲料水代わりに誰かが持ち歩いていた物だろう。味も悪くないが・・・・
焚火の側にマグカップを置き中が煮沸するまで待つ。
その間に少ない保存食を取り出し、子供の前に座る。
「よく我慢したな、まだ安全とは言えないが日の光が見えるとこまでは送り届けるから」
「・・・・あ、貴方は?」
「ん? セルジオって言う。俺も突然ここに送り込まれて分らないことだらけだよ」
セルジオは、ははははと乾いた笑い声を上げると、子供も少し緊張が解れたのか、はにかむ様に笑うが痩せこけた笑顔は痛々しい。
セルジオは、煮立ったワインをカップに移し、大きなクッキー擬きを浸して差し出す。
子供は震える手でそれを受け取り、慌てたように口に運ぶ。
「おいおい、しばらく食ってない時に一気に食べると戻すぞ、ゆっくり食べろ」
セルジオは飢えた時の経験から、本当は重粥が良いのを知っているが、そんなものは用意できない。
とりあえず、自分は先ほど拾ったサソリを火で炙り口に運ぶ。
「ん? 意外といけるな・・・・川エビみたいだ・・・・
ほ、ほういへば、んぐ・・・・そう言えば、名前を聞いてなかったな、なんていうんだ?」
「はぐはぐ、ふぐ・・・・シルフィア・・・・はぐはぐ、シルでもシルフィでも呼んでいいよ」
言いつけを守り、ワインで緩く成ったクッキーをしっかり何度も噛んで飲み込むシルフィア。
「・・・・お、女の子だったか」
セルジオの問いに、コクリと頷く。
「歩けそうか?」
「うん」
良く見ると、耳が尖っている。
「もしかして、エルフか?」
「?! エルフィンです」
『違う種族か? まあどうでもいいか・・・・さて、どうしたものか・・・・』
シルフィアは、少し考え込むセルジオを心配そうに眺める。
そんな不安そうな視線に気が付き、なるだけ笑顔で訪ねる。
「ここが何処だか解るか?」
「・・・・うん、たぶん生きたダンジョンだと思う」
「生きたダンジョン?」
「うん、賢者達が居る生きた石から生まれたダンジョン・・・・入ってはいけない場所」
「・・・・うん、あ、でも、その中から出るのはいいよね? 入るんじゃないから・・・」
頭を掻きながら屁理屈をこねるセルジオに、エルフっ子は少し微笑んだ。
気が付くと、保存食は全てエルフっ子が平らげていた。
何度か沸かして与えたワインも底を突き掛けいる。
まだ物欲しそうにしている少女に少し考え「まだ食べるか?」と芋虫とサソリを見せると凄く嫌そうな顔をされた。
セルジオは内心、『最終的にはこれを食べないといけないんだよな』と思い、念の為焚火でしっかり黒焼きにして袋に戻した。
腹が膨れ、団も取れたシルフィアの震えも幾分収まったようだが、まだ震えが無くなった訳じゃない。
相当ひどい目に合ったのは容易に想像できる。
たまたま運よく魔物が共倒れして、そこにセルジオが来ただけだ。
『ん? なんか都合よすぎる気もするが・・・・まぁ都合良いんだから良いか・・・・』
セルジオはいつもの調子で、全てを良い方にとらえ疑問を棚上げする。
靴程のサソリも食べるところはたかが知れていたが、腹に何か入れたしとセルジオが腰を上げると、シルフィが慌てて縋りつく。
「・・・・置いてかないで!」
目にいっぱい涙を溜め懇願している少女。
「ハハハ 置いてかないよ。 使える物を探すだけだから」
少し引き笑いをしながら、静かに立ち上がり、時折振り返り先ほどの小山に向かった。
セルジオの装備 備忘録
メダリオン
革の子袋(セルジオ金貨が10程入っている)胸の内ポケットに入れてある。
割れたカンテラ(壊れて使えないが持ち歩いている)
カンテラの外装(クリスタルの鋭利な欠片)
ポーチ✖2
ポーチ①暗がりで危ないので中身を確認していない。
割れたポーション(試験管サイズ)✖3
殻のポーション容器✖2
カンテラの油小壺(割れてるかもしれない)
布片数枚(ポーションを包んだハンカチサイズの布)
ポーチ②
火打ち棒(金属製の灯点け棒:ニーニャにもらった物、結構愛用している)
メモ紙と墨壺と筆用の藁数本
背嚢小
革袋2(水筒に使えない:簡易的な物)
布袋2(調査用に資料回収用として持ち歩いてたもの)
酒気の強い酒瓶(5分の3程の量)
小振りな毛布
布紐✖9本程(袋を縛る為に用いる然程長くない物)
ダンジョン探索用の生地の厚い作業服上下
一般的な農夫が着るような服だが結構立派な生地が使われている。
ベルト(ポーチが付けられるよに丈夫な革でできている)
丈夫な靴(ほとんど安全靴)
腰に結わえた布袋
サソリの黒焼き✖1(靴程の大きさ)
セルジオの拳程ある牙のある芋虫の黒焼き:カリカリに焼いてある(10匹)
NEW
カンテラ
鞘付きの短剣(血と油でネバネバしている)
金属製のマグカップ
木製のカップ
拾ったもの?
エルフっ子かなりガリガリで軽そう。 良く食べる。
虫は嫌いかも?




