183話
謁見の間、王座の後ろの隅にある、王族の居住区へ骨の王は足を向けた。
セルジオは、その後ろを付従うしかできない。
彼は、そんな今の状況が上手く消化できないでいた。
『一応、ダンジョンの管理者は俺達を助けてくれたんだよな?
何のために? しかも何かを伝えたがってる風だし・・・・
何故? どうして? 尋ねたら答えてくれるのか?
けど・・・・・怖ぇえぇぇ・・・・』
石鋤を握る手が嫌な汗でじっとりと湿り、気付かれない様にコソコソと服で拭う。
眼前を歩む骨の王のローブは、瘴気を薄く布にしたように見え、その裾はハラハラと解れ空中へ霧散する。
しかし進む足元、時折床を舐めるローブの裾が、石敷きの隙間から滲み出す粘性の瘴気を吸い込み、解れるよりも多くを供給し、ローブが次第に厚みを増すのが感じられる。
時折、サンダルの様な履き物から覗く骨の踵から、その足跡らしき痕跡を床に残し、変質した瘴気が石質を黒色へと変色させ周囲を浸食していた。
セルジオは、只、黒く浸食された通路を骨の王に付いてゆく事しかできなかった。
・・・・
通路の先に光がみえ、視界が突然開けた。
謁見の間、通路の先は庭園となっており、湖底に沈んでいたにも関わらず色とりどりの花が咲き乱れている。
しかし、不自然に咲き乱れる花々は季節感が無く、時間を切り取られたように開花と同時に固着し造花の様な不自然さを見せている。
春の花、秋の花、早朝咲く花に、月光で開く花まで無節操に咲き乱れ、その混ざりあった芳香がセルジオには押し付けがましく感じた。
その花々には興味を示さず、骨の王は全てを黒く浸食して行く。
ゴダールの城を黒く染めていく後姿。
ただ歩くだけで、その存在が城を変えていく。
『・・・・取り込む必然性が無かったが、これもまた興なり。
汝を誅するものは、ここには居らぬ。 心配は無用 』
骨の王が、直接頭の中に語り掛けてくる。
「う、うわ!」
突然頭の中に響く声に驚き、躓くセルジオは視線を上げるが、骨の王は振り向いても居らず、ただ静かに眼前を歩いている。
もうほとんど黒く染められた庭園の先に、瀟洒な扉のある白い石造りの建物があった。
骨の王は、なんの躊躇いもなく扉に手を翳し、扉が音もなく手前に開く。
目の錯覚だったのか、骨の王の姿は人と同じ大きさに見える。
先程まで、黒骨兵の倍ほどの大きさだったのだが、今ではセルジオよりわずかに大きいといった感じにまで縮んでいる。
ローブは更に厚みを増し、フードの中の頭蓋は瘴気の闇で、もうほとんど見えない。
そんな骨の王に続き扉を潜ると、暖炉のある広いリビングがある部屋であり、その先の椅子に二人の人影があった。
・・・・
『 ゴダールの王と王妃であった物だ 』
そこには、備え付けの豪かなソファーに干乾びた二人の人物が居た。
簡素であるが、白く煌びやかな王冠を冠した人物と、その傍ら彼の膝に頭をのせ床に座り込む妃。
足元には、二つの黄金のゴブレットが転がっている。
『 最後に毒を煽った、詮無き事であったが・・・・最後まで抗う気概も無き王』
骨の王は、彼等に一瞥し、その場を通り過ぎた。
そして、正面の暖炉の上に飾られている、ひび割れた石斧に手を翳す。
カタリと石斧が動く。
豪華な額に嵌められたひび割れた石斧が、セルジオの前にゆっくりと宙を漂い足元へと落ちる。
『 それに、石鋤をあてがうがよい 』
セルジオは、骨の王の言に従い石鋤でそれに触れると、奇妙な感触に襲われる。
石斧は、まるで粘土の様にグニャリと歪み石鋤にへばり付く。
そして柄の部分が砂の如く崩れ去り、光の粒となりパッと舞い上がった。
残された割れた石斧の刃が石鋤に取り込まれ、光の粒が割れた石斧の刃を塞ぎ元々一つであったかのような形に造形された。
ドクン!
セルジオの視界が歪むほど心臓が激しく脈動する。
『しばし、過去への旅に出るがよい。さすれば其方の出自、ダンジョンの真の姿を知るであろ・・・・』
骨の王の言葉は最後まで聞き取れなかった。
セルジオの意識が暗転し、その場に崩れ落ちる。
骨の王は、床に伏せるセルジオの姿を虚ろな空洞の目を向け見守る。
『 時はまだ満ちてはおらぬ。 しばし其方を見守って居る。励めよ石鋤の惣領よ・・・・ 』
白かった王族の住居は既に真っ黒に染まり、周辺から染み出す瘴気の滴が全方向から雨の様に骨の王をうつ。
それは次第に量を増し、水流となって骨の王を黒い繭に仕立ててゆく。
骨の王は、最後と言わんばかりに、黒い繭からその腕を突き出し、セルジオに向ける。
パチン!
彼の指が鳴った。
セルジオの居た床が、グニャリと歪み黒い穴がセルジオの下に現れた。
セルジオはその穴の中へと落ちていく。
ズン!
空間を揺るがす振動。
黒い繭と穿たれた穴は跡形もなく消え、そこには黒に染められた嘗ての王の住処のみが残されていた。
・・・・
時は少し遡る。
バン!!
謁見の間の扉が、激しい音と共に閉じられた。
冒険者の一行はラットを担ぎ、クディの両脇を抱え上げ、ひたすら城の外へと駆けていた。
「当主は!?」
ラットを担ぐブロッソが叫ぶが、確認のしようが無い。
「大魔法使いが付いてる! まずは立て直しが先決! 負傷者を外に!! 」
ブレナが叫び、半眼で詠唱しながら、光の粉を周囲に漂わせながら一行を包み込む。
レシアとイルミナがクディに肩を貸しているが、彼の足は引きずられるまま力なく垂れ下がっている。
「急いで!! 控えの間の外に気配があるわ!!」
イルミナが告げる前方に、ぎこちなく蠢く鎧の兵士の姿があった。
「押し通る!!」
ブロッソは大斧を突き出し、兵士を将棋倒ししてゆく。
それに続くブレナの光の粉が、幽鬼を焼き鎧の中身を灰へと変えてゆく。
青白い貴族の幽鬼が最後尾のイルミナ達に迫る。
その瞳には、生者を恨む怨嗟の炎が燃え、すでに意思らしいものは見られない。
「後方!! 急げ!!!!」
ブロッソが振り向き様に叫ぶが、幽鬼の手がレシアとイルミナに掛かろうとしていた。
「ピギィ!」
奇妙な叫び声が聞こえる。
その声と同時に、幽鬼が霧散する。
「「ピギギィ!!」」
いつの間にか傍らに、木の枝を持ったインプが4匹、四方を囲むように居た。
「ガリガリのインプ? イプちゃん?」
「ピギィ!」
木の枝を持つ、メダリオンを首から下げた一匹の子犬のようなインプが、レシアの声に答える。
インプは枝を振るい、幽鬼を退けた。
インプが軽く枝を振るう。
その度、幽鬼は見えない壁に押されるように退き、一拍の間の後に再び攻め寄せる。
次々と増える幽鬼が重なり合い、青白い壁の様に見え始めるが、波を掻き分け海を行く船の如く、小さなインプが退け、一行がその後に続く。
「あのインプは何なの?」
イルミナがレシアに聞く。
「あれはセルジオ殿のペット? 食堂に住み込みで雑用をしていたインプなのだが・・・・
元はダンジョンの管理者から遣わされた使者だったはずだ」
レシアも怪訝そうに小弱なインプを眺め答える。
彼女等の後方に迫る幽鬼も、他のインプの振るう木の枝に払われ追随できず青白い光の壁となっていた。
「階段だ! 足元に注意しろ!!」
ブロッソが叫ぶ。
甲冑や頭蓋が転がる足場をカンテラの灯りが跳ね踊り、動いていない無機質の物でさえ蠢いて見える。
暗がりの先から湧き上がり視界に飛び込む、甲冑の兵士と貴族の幽鬼。
押し倒し、払われ、灰塵と成し、一行は走り抜ける。
「間もなく大広間だ!! そのまま押し切るぞ!!!!」
気合を込め突入した一行が目にしたのは、一面を覆い尽くす死霊の集団だった。
・・・・
「アレクセイ殿・・・・中の気配が変わってませんか?」
城門で待機していた、カジミールの徒弟とアレクセイは霊気の気配を感じ戦闘態勢をとっていた。
ガシャ・・・・ ガシャ・・・・
暗がりの先から幾つもの金属音が響く。
「拙い! 幽鬼が活動を始めた?! まだ日が高いのに!?」
アレクセイの視線の先、黒門の先の暗がりから階段を埋め尽くす鎧がフラフラとこちらへ向かってくる。
アレクが祈祷を開始する。それに合わせカジミールの弟子達もそれに続く。
半眼の目がヒクヒクと動き、頭中の複雑な術式をなぞる。
『聖なる光』
『『『浄化の炎』』』
暗がりの通路に光の粉と幽鬼よりも青白い炎が空間を覆い尽くす。
ゴォォオォォォ!!!
熱気の無い炎が舞い上がる。
幽鬼達が次々とその空間に飛び込み消されていく。
鎧は階段を転げ落ち、中の遺体が灰になり一帯に舞い上がり視界を遮って行く。
『風をここに!』
カジミールの弟子が風圧で灰を吸い出し、視界を確保しながらとめどなく現れる幽鬼を焼く。
「セルジオ殿の退路を確保する! 光源確保後、全体前へ!!」
アレクが号令を掛けた。
『『『『『光あれ!』』』』』
それぞれが携える、スタップやワンド、聖印が刻まれた本が輝き、門の中を照らす。
少数ではあるが腕に覚えのあるカジミールの徒弟4名とアレクが門を潜っていった。
ごめんなさい年度末で、作者のSAN値がゴリゴリ削られ筆が止まってます。
創作意欲までは削がれてませんが、リアルが一息つくまでまったり(一日置き位?で行けたらいいけど)更新です。




