182話
骨の王の手から漆黒の髑髏が解き放たれた。
折り畳まれた身体は、絡まった骨がバラバラに解れ、頭蓋が地面に付く寸前、左手の骨を突き、跪く姿勢で本来の姿を取り戻していた。
右手には抜き身の黒剣を握り、頭蓋の目には赤い焔が揺らぐ。
その頬には肉はないが、セルジオとカジミールは黒い髑髏が不敵に笑ったよう見えた。
黒骨兵は、靄の兵士を虚ろに見つめる。
それに触発されたか、靄が漆黒の髑髏に襲い掛かった。
靄が滑るように、黒骨兵に集る。
フワァ・・・・
骨の王と同じく黒骨兵が左手を掃うと、霞の兵は飛びのきながら霧散する。
黒骨兵が間を詰める。
霞の兵の中に、何事もないように歩み出す。
次々と振り下ろされ突き込まれる霞の剣は、アバラの間隙を突き抜け捩じ折る折れる様に霧散した。
黒骨兵が左手を突き出す。
有りあえない現象が起きる。
ググ・・・・
黒骨兵の指が、霞の兵の頭を鷲掴みにした。
骨の剣を躊躇いなく、靄に突き刺す。
ギヤァァァ!!!
魂が削られるような叫び声が・・・・聞こえた気がする。
目の前では、坦々と靄に切り付ける黒いスケルトンと、それを見守る骨の王が居るだけだ。
骨の剣で切られた靄が、一つ、また一つ鎧へと逃げ込んでゆく。
縦に斜めにと靄の幽鬼が切られ、声にならない叫び声を放ち逃げ惑う。
鼠を追う猫でも見るような視線を向けていた骨の王が、セルジオに向き直った。
『・・・・哀れな残滓共め・・・・
セルジオよ、些事である事を告げる。
余りに事を知らぬ汝は、身の振りようにも難儀するであろう。
故に、束の間であるが、汝にその成り立ちを伝えようと思う。良いな?』
骨の王が全てを見透かし貫くような視線をセルジオに向けている。
セルジオは魔力を感じる事は出来ないが、何かしらの圧力を感じ、言葉を紡げない。
『カジミールよ、我は、汝に嘗て居た賢者達の面影を見た。
汝の望み、其は肉のある身では叶わぬものである。
それでも、高きを目指すか?』
カジミールはセルジオと違い、骨の王の纏う魔力に気圧され震える体を意志の力で強引に抑える。
「・・・・骨の王、ダンジョンの主に・・・・もの申すを許されたし」
『・・・・許す』
「・・・・私は、セルジオ殿に庇護を受ける者。
当主がどう思おうと・・・・私はまだその恩に報いていないと考えて居ります。
しかし、骨の王の持つ古の英知にも触れたいと存じます。
い・・・如何様な振る舞いが、良いのでしょうか?」
震えるカジミールの瞳には、狂気の色が混じっていた。
・・・・
黒骨兵が、煌びやかな甲冑を骨の剣で切り裂いてゆく。
セルジオ等と骨の王の周辺では、一方的な蹂躙が行われている。
甲冑に逃げ込んだ幽鬼は、鎖に覆われた篭手をカタカタと震わせるばかりで、壁際に捏ねられたゴミの様に折り重なり、抵抗の素振りは見て取れない。
黒骨兵は、その折り重なる甲冑に、骨の剣を突き刺し止めを刺してゆく。
喉を掻き毟るような怨嗟の悲鳴が、空間に溢れている。
魂の依代を失い、霞としても形を保てなくなった幽鬼が空間に溶けていく。
そして、黒骨兵が壁際の幽鬼を始末し終えたと同時に空間に怒号が満ちたのは、骨の王がカジミールに語り終えるとの同時であった。
玉座の傍らに靄が集まる。
一際豪華な甲冑が動いた。
ガシャン、ガシャ、ガシャ・・・・
甲冑を動かす事自体が無理なのか、最初の数歩はよろける様な足取りであったが、数歩の内に肉の身を持った人と同じような滑らかな動きと成り、魔力を帯だ剣を軽やかに振り回す演武を披露せしめる。
ドン!
それは、突如、床を踏み抜くような音を発て、黒骨兵に襲い掛かった。
幅広の宝剣と思われる長剣が横薙ぎに払われると、剣先から衝撃派が生まれ黒髑髏を襲う。
ガシャシャ!!
黒骨兵が衝撃派に押され、後ろに数歩押し下げられる。
優雅な動作で、壁に飾られた雄山羊とドラゴンの装飾盾を取り外し、左腕に嵌め、剣で縦を激しく打ち鳴らす。
ガンガンガン!!
『死の王の犬め、ゴダールの星剣の錆にしてくれよう』
近衛隊長と思われる甲冑から、声が聞こえた。
骨の王から不愉快な感情を纏った圧が吹き出す。
それを感じたのか黒骨兵が、先ほどと比べ物にならない速さで甲冑に迫った。
ガガン! ガリリリリリリィ!!
動く甲冑は、左右から打ち据える骨の剣を、盾と剣で受け、激しく火花を散らす。
剣を持つ甲冑の右側、宝剣が黒髑髏の頭部を打つ。
ギャン!!
黒髑髏は爆ぜるような閃光を放ち、髑髏が欠け魔素の残滓が中に舞う。
だが、同時に甲冑の左側より繰り出された、骨剣の鋭い突きが甲冑の頭を撥ね飛ばす。
依代と成った兵士の骸が収まる、甲冑の頭部が地面に落ちカラカラと乾いた金属音を立て床を転がる。
刹那の停滞。
甲冑は縦を骨兵に投げつけ、自身の頭部を拾い上げた。
『・・・・デュラハンと化したか・・・・』
骨の王が、興味深げに零す。
パチン!
骨の王が、指を鳴らす。
確かに音はしたが、何故そのような音がするのかは理解できない。
その音がした途端、数匹のインプが暗がりから現れた。
いずれも見知ったメダリオンを首から下げいるが、手にはどこにでも有るような木の枝を握り締めている。
『許すまじ、死の王! たとえこの身がチリになろうとも、汝を滅する!』
甲冑の幽鬼が、己の頭部を高く翳す。
それと同時に、躯の頭部が閃光を放つと同時に爆ぜた。
シュゥゥゥ! ドオオオオオオオオオン!!!!
閃光に呑まれた黒骨兵が、灰と成り消えてゆく。
それと同時に世界が白一色に染まり、衝撃派が部屋を満たした。
・・・・
光の濁流が収まり、眼前には何事もない様に佇む骨の王がいる。
『・・・・自壊しおったか・・・・』
骨の王が笑っているように見える。
セルジオ達の四方を守るインプはその半身を焼かれ消し炭となっているが、その手に握られた小枝の内側のみ何の影響もない。
死に体となったインプ達はその役目を終えたのか、魔素へと還元されその存在が消えてゆく。
『・・・・煩い蠅は払われた・・・・改めて問う、カジミールよ知識を欲するか?!』
再び振り向いた、骨の王がカジミールに問う。
「に、肉の身で叶うならば、その英知を、この身に!」
カジミールは今の魔法が何であるか分ったのだろうか、羨望の眼差しで骨の王を見ている。
『 良かろう、しばしの間、書庫の間で古の知恵に触れるがよい 』
骨の王が再び指を鳴らす。
そして、次の瞬間、カジミールの姿が忽然と消え失せた。
「カ、カジミール!!」
セルジオは狼狽えた。
ラットにクディ、そして今度はカジミールまで消されてしまった。
先程まで、開かなかった口から叫ぶように彼の名を呼ぶ声が出たが、後の祭りだ。
自分に仲間を守る力が無い事は知っている。
それでも、跡形もなく消された仲間を見て、動揺しない訳はない。
『・・・・要らぬ心配はせずに良い。
彼は生きて居る。
そして、セルジオよ。 この先、そなたに見せたい物がある。ついて参れ。』
骨の王はそう告げると、セルジオに背を向け、王族の住まいと思われる謁見の間の奥へと足を向けた。
選択の余地は無さそうだ。
先程まで感じなかった瘴気が、再び濃く感じられ始めている。
骨の王の足元には、滴の様な瘴気が湧き上がり、一滴、また一滴と骨の王にまとわりついて行く。
立ち竦むセルジオに、骨の王が振り向く。
『 再び瘴気が満ちる。 然程、時間は残されておらぬゆえ急ぐがよい 』
音ではない声に促され、骨の王に従うセルジオ。
その姿が、謁見の間から消え、部屋は暗黒に閉ざされた。




