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いつもダンジョンに居ます  作者: ねむねむぴよ
第一部 一章 墓守始めました
21/256

9.12話




 ミオールの瞳に復讐の火が灯る。

 倉庫から若い頃愛用していた革鎧と短剣、ショートボウに弦を張り矢筒に矢を備えた。

 今晩人知れず発とうと心に決める。


 残される知人に手紙をしたためる。


 使い古された背嚢、若かりし頃が蘇る。

 いそいそと旅支度を始める。


 『 独りでも、どんなに時間が掛ってもゲビンを狩る 』


 そう考えるだけで、暗い気持ちが晴れていく。

 オッドへの手紙が予想以上に長くなる。

 気になることを端から文章に残すととても長くなる。 


 コンコンコン!

 来客を告げるノック、村長は手紙・・・・というより引き継ぎ書を隠し、来訪者を告げる声を待つ。


 「ターニャ様がバルザード様と来られてますが、如何しましょう?」

 マルタの声が少し嬉しそうだ。

 「直ぐに合う、通してくれ」


 程なくして、何時もと変わらないターニャと憔悴したバルザードが立っていた。



 ・・・・


 朗らかに微笑むターニャの隣で、バルザードは蒼白で引きつった表情で何かをブツブツと呟いている。


 その呟きによると、長男のゲビンが数日前に特効薬売上金の全てを持って姿を消したと。


 ターニャがその呟きに合の手を入れる。

 「そうなのね・・・・息子さんを信じていたのでしょ?」

 バルザードは再びブツブツと独り言のように繰り返す。


 ・・・・折角落ち着いたのに、あのバカ息子は・・・・

 ・・・・いつの間に・・・・何故あんな連中を・・・・

 ・・・・もうお終いだ。 何もかも・・・・

 ・・・・王都でも、帝国でも・・・・


 完全に壊れてしまったバルザードはバリバリと髪の毛を掻き毟り、ブチブチと引きちぎり始める。


 「・・・・ターニャ、これは・・・・」

 ミオールが見るも無残なバルザードを見、尋ねる。


 「ゲビンの仕業ね、実の父親の心を完全に壊して行方を晦ましたわ・・・・見事な物ね。

疫病の混乱に乗じて何人もの身代わりを使って痕跡を消してるし」


 彼女にしては珍しく悔しそうな表情を見せる。

 しかしそんな表情も一瞬で、微笑みに隠れ、ミオールに話しかける。


 「年寄の冷や水はいただけないわね・・・・復讐なんて虚しいだけよ」

  ターニャが佇まいを崩し、流し目で告げる。


 「ハッキリ行かないでと言わないのかのぉ・・・・」

 「昔馴染みの貴方だから、大サービス? 口先だけなら、幾らでも言ってあげるわよ♪」


 「口先だけか・・・・」

 少し残念そうなミオール。


 「ふふふ・・・・貴方はまだまだあの人には適わないわ。 けど、少しは良い表情にはなって来たかしら?」 

 楽しそうに笑うターニャの横で、バルザードはまだブツブツと独り言を言っている。


 「ゲビンの追跡は、うちの子達に任せてもらえない?

 それに貴方が居なくなると、この村も住みにくくなるのよ・・・・それは困るの、私が・・・・

 解ってくれて?」

 おとがいに、手を添え然も困ったといった仕草をするターニャ。


 「・・・・儂にも殴らせろよ?」

 そんな仕草を鼻で笑い、ターニャに条件を出す。


 「そうね、可能ならね♪」

 ターニャは殺気の籠った眼の輝きに反してとても穏やかな笑顔を見せる。

 その笑顔に少し引きながら、ミオールが溜息をつき頷いた。


 ・・・・


 バルザードの家に使いを出すと、消えた主人を迎えに家宰が訪れた。

 何度も頭を下げながら主人を連れ帰る彼の背中が煤けて見える。


 「所で、この病は収束するのであろうの?」

 ミオールが窓の外を眺めターニャに問う。


 それに答えるように頷くターニャ。


 「あちこちで宝石の割れた指輪が見つかっていてね、特殊な魔法具として使われた形跡があったの。

 それは、使用者が死ぬまで発動し続ける呪い的な物よ。

 うちの子達が、その元を辿り端から潰しているから間もなく落ち着くはずよ。


 でもね、今回の流行り病は完全に人為的な物だったの・・・・

 だから・・・・その・・・・テリル夫婦の命、セルジオの両親の命・・・・

 その他の村人達のだって・・・・私だって悔しいのよ? 解ってる?」


 ターニャの朗らかな笑顔が、表情の固まった面に見えてきた。


 ターニャの殺気でミオールの毛が逆立つ。


 「ゲビン一人の力ではできない規模なの・・・・

 この件はね・・・・貴方はこの町の村長で守る人。 私は・・・・ふっふっふ」


 部屋の温度がどんどん下がってゆく気がする。



 「いつものあれじゃろ?」


 「えぇそうよ♪」


 「「 不埒な輩は、まとめて磨り潰す! 」」


 ミオールは、ターニャの頭に角が生えてる錯覚を振り払う。

 復讐は、私の生甲斐・・・・貴方なんかに渡さないわ・・・・そんな声が聞こえた気がした。

 彼女の強さは、やんちゃをしていた若い頃に嫌と言う程心に刻まれている。

 だからでは無いが、復讐は当面棚上げにすることにした。


 『 ターニャが言うのだから間違いない 』

 多くの困難を乗り越え欲しかったものを手に入れたターニャ。

 彼女が公言して『 出来なかった 』はなかった。


 村長として、しなければならない事は多い。

 そして、残された者達をどうにか支えなければと考える。

 幼くして両親を亡くしたリリル、独り身になったセルジオ、似たような境遇の村民も多い。


 ターニャは言いたいことは言ったから帰ると言い、静々と執務室を出てゆく。


 華奢な女性の後姿、その背にまた色々と背負わせてしまった。

 男として情けない、しかし感謝の念の方がより深く、気が付けば彼女の背中に深く頭を下げるミオールだった。 



 ・・・・


 王都の路地裏。

 ローブを目深に被り、激しく咳き込む人影が有った。


 その人物の懐には滅多に手にすることのない金貨と目標の人相書きがあり、指には黒くのたうつような瘴気を吐き出す指輪が一つ、明らかに異彩を放っていた。


 その人物は、この仕事の為に仕入れた魔法薬はもう飲み干していた。

 手元に残ったのは、病気の特効薬と言う怪しげな薬だけだ。


 「・・・・この薬怪しすぎるんだよ・・・・」

 若い女性の様な声が独り語ちる。


 王都に乗り込んだ仮初の仲間は5人。

 連絡はもう取れない。


 依頼では、目標に指輪の毒(魔法)をうつし、人気のない場所を選びながら都を立ち去るだけ・・・・

 彼女は、そんな悪戯のような依頼で金貨一枚は多すぎると訝しんでいた。


 だからではないが報酬は前金で、しかも自前で魔法薬ポーションも準備した。


 スリで身を立てていた女は、依頼人からと言われ渡された薬を信用していなかった。

 『 どうせ口封じの毒かなんかだろうし・・・・ 』


 目的は既に達成している。


 後は逃げるだけなのだが、彼女の手足には紫色の痣が浮き出し、時間を追うごとに体調が悪化してゆく。


 「 勘が当たっちゃったよ・・・・やっぱ、断っとけばよかった 」


 スラムのゴロツキ達と勢いで受けた依頼。

 自分の悪行も、ここが年貢の治め所の様だと思った。


 ゴホゴホ・・・・ゴバァ!!


 黒く濁った血、彼女の口から信じられない量が吹き出す。

 ビタビタと吐き出す血糊が、路地裏を汚す。


 そんな彼女の背後に、人の気配がした。



 「ゴホゴホ?!」


 咳き込む人影が、振り向き様にダガーを突き出す。


 確かに人の気配があった。


 しかしダガーの軌跡は誰もいない空を切る。


 「・・・・ゴホ、さすがに鈍ったかな・・・・」


 ローブがずり落ち、容姿の整った顔が現れた。

 顔にも紫色の染みが浮き出し、顔色は土気色になっている。


 『・・・・助かりたい?・・・・』

 自分しかいない路地裏に、確かに女性の声が聞こえた。


 「そりゃね・・・・ゴホ・・・・」

 息をする度に、血が噴き出す。


 『・・・・命を助ける代わりに、何が出来る?・・・・』

 「ハッ! 何でもしてやるよ!」


 無償の救済など信じられない。

 ” 何ができる? ” そんな問いの方がよっぽど信用できる。

 女はその声に即答していた。


 「 契約成立よ・・・・」

 肉声が耳元で聞こえたかと思うと、次の瞬間指輪を嵌めた指が宙に舞う。


 ジャリバリ・・・

 地面に落ちた指輪を指毎踏み砕く音。


 音の方を振り向くが、人影はない。

 壊れた指輪から黒い靄が噴き出している。


 自分より若そうな女性の声が、再び耳元で聞こえる。

 『・・・・呪いの指輪は処分したわ、最後に見た仲間の場所を教えなさい・・・・』


 冷たい刃物が首筋に当てられているのが解る。


 素早さに自信はあったが、声の主の姿を視界に捕えることができない。


 血の滴る手を庇いながら害意が無いのを見せる為、頭の上へと腕を上げようとするが、何かの液体が手に掛けられた。


 切り飛ばされた指がいつの間にかそこにあり、傷口がブジュブジュと再生を始めている。


 「・・・・な?!」

 まさか手当をされると思って居なかったので、間の抜けた声を出してしまった。

 そして、先ほどの悪寒を伴う体調不良が抜けてゆくのを感じる。


 不思議な状況に目を白黒させながら、ゆっくりと振り向くと、路地には一人の人影が立っていた。


 「 当面は体を労わりなさい。 これからビシバシ働いて貰いますからね?

 ただでさえ手が足りないのに、ターニャさんはめちゃめちゃ人使いが荒いんだから・・・・」


 ナイフではなく両手に抱えきれない程の花束を抱えた、10代前半の少女が毒付いている。・・・・彼女は幸運であった。


 残りの賊の内3名は既に埋められ、最後の一人にも追手掛かっている。

 彼女が話さなくても間もなく処分されるのだが、彼女は素直に少女の問いに答えていた。


 もともと顔立ちが整い、スタイルも良いスリの娘。

 後に彼女は王都の花屋の看板娘になるのだが、この時彼女はそんな未来を想像できなかった。



 ・・・・


 はぁはぁはぁ・・・・

 男はもうどれくらい走り続けているだろう。


 最後の賊は、森の中を闇雲に走り抜けていた。


 逃げ足に関しては、人並み以上だと自負していたが、男が今まで経験したことのない修羅場を体験していた。


 耳元で声がしたかと思うと、気付かぬうちに身を削ぐような傷を負っている。

 そんな男の体には、致命傷に成らない様に手加減された傷が幾つもついている。


 『 ・・・・指輪の隠し場所を話すまで死なせない・・・・ 』


 また、耳元で声がする。

 と、同時に手の甲の生皮がベロリと削がれ、宙を舞う。


 「 ひやぁ!! く・・・来るな!! 」

 縺れる足を無理やり前に出し走り出す。



 そんな様子を大木の枝から見下ろす人影。


 花屋の制服を着ている女性が見下ろしていた。


 「もう息が上がってるじゃない。まだまだねぇ・・・・

 ターニャさんの特訓に比べれば、欠伸が出そうだわ」


 実際に欠伸をしながら、男の潰走を見下ろす。


 然程広くない森の中を延々走らされている。

 男は誘導されて、森の中を大回りに5周程走っていた。


 男も王都から近いこの森を知っている。

 追っ手を撒く時に度々利用していたが、彼が逃げ込んだ森は彼の知っている森ではなくなっていた。

 

 溺れるように息をする男が7周目に差し掛かった頃、木の枝にもう一人の人影が増えていた。


 「指輪みつかったよ、使わなかっただけあの男は賢かったのかもしれないけどねぇ・・・・」


 もう一人の人影も女性であるが、その声は冷たく響く。


 「あいつ結構やらかしてる?」

 「えぇ、殺しに強姦なんて当たり前、あの指輪は転売寸前で押さえたわ・・・・」

 「よかった、ターニャさんに怒られなくて済みそうね♪」

 答える女性の声が何故か明るい。


 そんなのほほんとした会話を交わす女性らの視線の先、もうまとも走れない男が周回軌道から外れ森の中へ走って行く。

 「「仕事はきっちり最後まで!」」

 声を揃えて楽し気に笑う花屋の売り子・・・・



 男が駆け込んでいく魔獣のテリトリー。

 その森には居ないはずの魔物が群れている。


 男の汗と血の匂い。

 嗅覚の鋭いはずのその魔物は、男の存在に初めて気が付いた。


 決して旨い臭いではないが、鋭い牙の並ぶ咢から粘着質の唾液が滴り始める。

 次の瞬間、魔物の足は地面を馳せていた。


 殺気を含んだ気配が、急速に男に迫る。

 魔物達の狩の時間だ。


 弱った男は獲物ではなく贄だった。


 

 次々に飛びかかってくる狼の様な魔物に手足を捥がれ絶叫を上げる男。

 生きながらに腹を裂かれ骨を砕く音を聞かされる。


 そして最後に見た景色は切り離された自分の頭が四肢の無い胴を空中から見下ろすものだった。


 ・・・・そんな取り物が王国の各地で静かに、そして速やかに行われていった。

村長とミオール、レイクウッド医師とテリル医師 同一人物なのですが表現がまちまちなので追って統一するか、判りやすい法則性をもたせるかしたいな・・・・

行商人ニーニャの王都鑑定編を19話で挟んでます。


彼女の生まれ故郷のダンジョン研究者の話も掻きたいな・・・・


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