１話
やっと落ち着いてきたのでまったり校正してゆきます。
そこそこ過失するかもです。
セルジオの心理描写が少なかったのでそこらを重点的に書き足す予定？
１話～２話統合
物置の様な家の扉に、板切れが下げられている。
【裏のダンジョンに居ます、夕方には戻ります】
「また潜っているのか？ 実入りが良いからって程々にせんと、死んだら元も子もないんだがなぁ」
村人にしては身なりの良い年寄りが、取立台帳を片手に腰を叩きながらグチを零し立ち去っていった。
口調こそ素っ気ないものだがその表情は穏やかなもので、家の主が戻るのは必然と考えている事が口角に見て取れた。
・・・・時は一週間ほど遡る。
大きな湖を見下ろす山奥の鄙びた農村のさらに山側、そこに少し陰のある青年が居た。
彼の両親は一昨年の流行病であっけなく亡くなり、天涯孤独を謳歌している。
といえば聞こえが良いが、両親の治療に使った薬の代金がそのまま借金として残り財産の殆どは形に取られていた。
残されたものは、陽当たりの悪い斜面の縦横百歩程度の畑と僅かな家畜、それと東屋の様な家が一つ。
更に、返しきれない額の借金が彼の双肩に掛かっていた。
彼にとって幸か不幸か、本来であれば奴隷として身売りされてもおかしく無いが、村長他一部の村人がそれを止め置いていた。
「さて、家畜小屋の悪ガキ共を牧童に預けたら、畑でも起こしておくかなぁ」
ぼろ布を纏い、石の刃が付いた今時珍しい古風な鋤を肩に掛けた青年は、いつものように家の裏に回った。
「ウジウジ考えても借金が減るわけでもないし、どうにも成らなければ夜逃げでもすればいいかぁ」
金物の殆ど全て、現金に換え借金の支払いに充てた為、身の回りにまともな家財など残って無いが、昔から残る作業小屋におかれていた
石刃鋤はこれまで使っていた鉄の鋤よりも良く土を耕した。
思いの外、捗った作業に彼は額の汗をぬぐい、畑の隅の塚を眺めた。
・・・・畑から見上げる場所の塚に両親が眠っている。
夜逃げなどと言っているが、彼は墓を捨てこの地を去る事など露程も考えていなかった。
「おぉ～ぃ！ セルジオはいるか？」
作業小屋兼現在の住まい方から幼なじみの声がする。
「裏の畑にいる！」
声が届いたのか、ガタイの良い目鼻立ちの通った青年の姿が現れた。
北向きの斜面のため、幾段にも分かれた段々畑は日当たりなど望めるはずもない場所、山側から流れてきた堆積土や礫で作られた土地を、代を重ねて畑にしたものだ。
日当たりさえ良ければ、果樹園に向く水はけのよい土地だが、他の作物を育てるには手間ばかり掛かる割に収穫が見込めない。
逆に渓谷を挟む対面の山肌に見える斜面には青々とした作物が育ち、こちらの畑の劣悪さを一層際立たせていた。
セルジオはこの土地も借金の足しにと考えていたが、常に人が手を掛けねば買い取っても直ぐに原野になるだけの痩せた土地。
村からも離れた辺鄙な土地を欲しがる者は居らず、借金の型に取られずに済んだ。
先ほど牧童に預けようとした家畜も村長から貸し与えられたもので、セルジオには財産らしい物は微々たる物しかない。
昔からの畑の作業場兼物置が今の家、物置の奥にあった葛籠に収めてあった、みすぼらしい石鋤を再び背負い声の方へ向かった。
段々畑を上がってくるセルジオを見ながら、幼馴染は楽しそうに話しかけてきた。
「セルジオ、街に行商人が来てるぞ！種なんかも有るらしいから行ってみないか？」
「俺はいい、行っても買うための金が無いしな！」
「少しなら俺が出してやるから、そう言うなよ」
幼馴染のジードがセルジオの肩を叩きながら行商人の品を見に行こうと誘う。
「あぁ、ありがとう。けど畑をもう少し耕してから行くから先に行っててくれ」
「ほんとだな？ じゃぁ先に行ってる。 必ず来るんだぞ！」
心配気な表情をしながら、ジードが余り物と言いうセルジオの為に用意してくれた食事を置いて行く。
『そう言えば、昨日から何も食べてなかったなぁ』
セルジオは最近あまり腹がすかないのを不思議に思いながら、遅めの朝食を取り再び畑を耕しだした。
・・・・
サク、サク、サク、サク
畝を作り、餅粟の種をまく。
サク、サク、サク
いつもより深くまで鋤が地を耕す。
『土が柔らかく成ってきたのか？ やけに鋤が進むなぁ』
大小の小石の混じる荒地でしかない畑を、そう思いながら鋤を振るう。
だが、セルジオが振るう鋤は異様な程に軽々と土を鋤込む。
ガツ！ 『！！！！』
気が付くと鋤は、膝下位までの深さを易々耕す異常な状態を示していた。
この石鋤を使い、両親の墓穴を掘る時も人の背丈の深さを然して苦もなく掘り上げた経験はあった。しかし、その時とは違い土の重みを感じない今回の鋤込みにセルジオ自身も驚き、そして今、その刃先が大きな石に突き当たって止まった。
「・・・・なんだ？ これは」
ザッ、ザッザ
周りの土を易々と取り除くと、そこからは、大きな黒い石棺の蓋の様なものが姿を現した。
セルジオは両手で石を押すがビクともしない。
牛数頭分は有りそうな目方の巨岩、然もあらん。
「・・・・まぁ、ここまで深くなくても畑は出来るが」
畑の中の大石が気に入らず、退けようにも動かない事実に、諦めと言う折り合いを付ける。
そして、埋め戻そうと石刃鋤で石の端を小突くとビクともしないはずの巨石が少しずれた。
「？？動くのか？？」
鋤を差し込み軽く引く。
ズズズズズ
滑るようにずれ動く黒い大石。
そこに、ぽっかりと口を広げる穴が現れた。
青年は恐々中を覗きこむ。
地下へ続く空洞、まるで息をするように周囲の空気が中へ吸い込まれてゆく。
ずらした大石の下には、粗削りの殆ど坂道のような階段が地下へと続いていた。
・・・・
真っ暗な穴、松明もなく少し奥は何も見えない。
小石を投げ入れるが、かすかに反響音を立てながら奥へと転がり、際立った変化は示さない。
時折奥から吹き上がる黴臭い空気が、長い間人が踏み入っていないと伝えてくる。
セルジオは直ぐに這いあがれる場所に降りてみた。
積もった埃が舞い上がり、セルジオの足跡を地面に残す。
足場はしっかりとした砂岩で出来ているのか、セルジオのボロサンダルでも滑る事はない。
舞い上げた埃が光の道を作る。
頭を屈め外の光が届くところまで下る。
空洞の先は見通しが効かないほどの長い下り坂で、奈落の底へ続くかに思われた。
『何かが呼んでいる気がする』
全身の産毛が逆なでされるような悪寒、人の呻き声に似た耳鳴りがする。
拒絶と排他的感情さらされた経験のあるセルジオには苦を感じることもない気配。
ただ、その中から自分を招く好奇に似た気配を感じていた。
セルジオの武器に成りそうな得物は、当然鋤である。
日頃なら考えられない臆病な彼が、気が付けば何もみえない穴を下り始めていた。
次第に外からの光がおぼろげに成り、周りが見え難く成る。
それでも、鋤の柄を杖にして、手探りで進んでいく。
次第に天井が高く成り、もう背伸びをしても杖替わりの柄が届かない程になっていた。
幅は変わらず、肘を伸ばさずに手が届く狭さ。
振り向くと入り口の光りが随分小さく成っている。
目が慣れたとはいえ、僅かな入口からの光では周囲に何があるのか分かりようもない。
左手で壁をなぞり、足元と目の前の空間を左手の鋤で闇を浚う
カカツン・・・・
闇が突然行き止まり、鋤の柄か壁に当たった。
手探りで辺りを探ると一人がかろうじて通れる通路が真横に伸びていた。
セルジオは構わず進んでいく。
入り口の光はもう届かず、辺りは完全に暗闇となった。
足元を柄で突きながら壁伝いに進む。
再び壁が進路を遮った。
今度は袋小路。
辺りを闇雲に触るが滑らかな石壁が三方を囲み指先には何も触れない。
正面の壁だけがやたらと滑らかで、周囲の石室と幾分違った感触を指先に伝えてくる。
青年は何かに導かれる様に鋤で壁を押した。
ザリ・・・・ガガゴォン
ォン
ォ
ォ
重い残響音と共に、壁が戸の様に奥へと開く。
「何か広いとこに出たな」
自分の声の反響音が木霊する。
更に埃っぽい空気が鼻腔に入り、くしゃみをした。
開いた戸の方へ回り込み、誤って戸を閉めてしまったらと考えゾッとする。
重い扉は石鋤であれば動くのだが、石鋤を使わずセルジオが力を込めても微動だにしないのを確認し、石戸と逆方向へ足下を鋤で探りながら再び壁伝いに進む。
やたらと広い。
残響音から感じるが、自分の畑よりも広いのではないかと思う。
感覚的に下り坂と同じ程進んだだろうか、随分と足元にザラザラとしたものが感じられる。
足を使い、左右に摺り足をすると、砂とも粉塵ともつかない感触が足裏から伝わる。
パキポキ
細い枯れ枝を踏んだ様な軽い感触。
その枯れ枝が繋がる何かがバランスを崩す感触が足元から伝わる。
ガシャ！ チリィン・・・・
何かが倒れると共に金物が転がる音がし、静かな空洞に響き渡る。
「ま、拙い！」
今更ながら、倒れた物を起こそうと手探りで床を這う。
指先に革袋の様な何かと金属の冷たい感触が触れた。
「何だ？」
指に触れたそれを元に戻すにも石鋤で手が塞がっている。
暗闇の中で、石鋤を手放すのは嫌だった。
取り敢えず懐にしまい、倒れたものを探す。
ゴッ・・・・トン
遠くで重い音が聞こえた。
「ひっ！」
セルジオは急に怖くなり、急いで元来た道を戻る。
とはいえ全力で暗闇を走る勇気は無い。
柄を壁に当てながら小走りで石戸へ向かい、開口へ飛び込んだ。
心臓が跳ねまわる、口の中がやたらと苦い。
慌てふためいている為か、石鋤の柄が気持ちと裏腹に壁に当たっては、カン、カツンと音を立てる。
その音が、更に気持ちを焦らせる。
左手の壁が途切れ、頭上の遠くに小さく外の光が見えた。
既に息は上がっている。
心臓が口から出そうな程脈打つ。
長い坂道を必死に駆け上がる。
膝が笑い始める。
もう腿が上がらず、鋤を持つ手も地面に突き、這う様にして先を急いだ。
兎に角、怖くて振り返ることができない。
入口の光が次第に大きく広がってゆく。
外の景色が視界に飛び込み、新鮮な空気が頬を撫でる。
やっとの思いで、転がるように外へ這い出すと、大石の場所に戻ると鋤で急ぎ蓋をした。
石鋤を持つ手が自分でも笑えるほど震えている。
足も腿も震え、踵が地面を擦る。
助かったとの思いが込上げてきたセルジオは、何度も何度も深呼吸を繰り返した。
・・・・
バクバクと踊っていた心臓が、次第に平静を取り戻し始めた。
セルジオは未だに、蓋の閉じた黒い巨石を押し上げ何か飛び出すのではと見つめていた。
『さっきの音は何だろう』
緊張は、まだとても抜けそうにない。
まだ嫌な汗が額から垂れる。
「おぉ～ぃ！ まだ野良仕事してるのかぁ！ 遅いから迎えに来たぞ！！」
家の方からジードの声がする。
『はぁ、戻れた』
聞き慣れ声に緊張の糸が突然切れ、安堵がこみ上げ涙がでた。
懐が重い。
『俺、盗掘した？盗みをしてしまった？』
急に罪悪感が身を苛む。
彼の声が近付いてくる。
「お、おい！大丈夫か？」
「ジ、ジード・・・・うぅ・・・・」
安堵と不安の波の様にセルジオに押し寄せる。
ジードを見たセルジオの目からポロポロと涙が零れ落ちる。
泣き顔を見せたくないが、涙が止まらない。
「お・・・・おい、セルジオ？」
膝を抱えて咽び泣く青年にうろたえる、幼馴染みの姿がそこにあった。
鍬と鋤の表現が混在してましたので、鋤に統一します。
イメージは踏み鋤です。
