161話
記念石柱が設置され特使が訪れた日、皇国に向かう百数十名の集団が居た。
その大半が皇国から何かしらの要請を受けてセルジオ村を訪れた商人や冒険者、そして詳しく事を知らされていない下っ端の諜報員、さらに王国や隣国で犯罪を犯しターニャ達の手によってとらえられた者達で更生や帰属が難しいであろう気質の者達である。
彼等彼女らが、まるで何かを恐れるように一塊になり、背嚢を背負い、徒歩で南に向かう。
その集団の中、二重スパイともいえるバルザークの手の者も混じているのだが、それを含め領外に放逐したのだ。
彼等は監視が付いていると言い含められている。
ターニャの手により、寝返った間者が一行の中に多くいると言われ、相互監視をしていると諭された。
そして、それを信じてしまったのだ。
忠誠心の高い間者を育てることは困難である。
しかし、他国の間者を自国の間者とすることは容易である。
それは、寝返ったと思わせる、またはその様な証拠を示し周囲が彼等を疑いさえすれば、放逐した側の目的の大半が達成しているといって良い。
もともと任務に失敗した彼らには、帰る場所は存在しない。
それが大挙をなして南への旅程についたのだ。
・・・・
「手の者が、ゴートフィッシュ領からこちらに向かっているようです」
進軍する皇国軍の進軍の側ら、私兵を引き連れたバルザードの裏方を任されている人物が、ケビン・バルザードの傍らで侍り、報告する。
オエェェ・・・・
ケビンは吐瀉しながら、涙目を彼に向ける。
進軍する食料に腐敗の魔法が掛けられており、頻繁に下痢と嘔吐を食した者を襲う。
「くそぉ、まともな食料はないのか?・・・・うぅ、うげぇ・・・・」
ケビンがは幕舎の隙間から外にゲロを吐く。
「食料は自前で調達し、保存を極力避ければ防げましょうが・・・・」
疫病の魔法を使うケビンだが、その魔法論理や構築が理解出来るまで詳しいわけではない。
したがって、魔法により腐敗が促進されているとは気づけない。
バルザードが手配した私兵も彼同様に下痢と嘔吐で、士気は地を這い戦闘に参加したとしてもいかほどかといったヤツレタ表情だが、辛うじて兵士の体裁を保っている。
「現状はどうだ? 嘆きの湖の村は病人で溢れたか?」
ケビンが謎の従者に尋ねる。
「申し訳ありません、ケビン様。
彼の地の病人は尽く隔離され、病魔の蔓延は確認できていません。
それどころか、薬用茶なるもので安易に治癒される状態になっている様子です」
そう言うと、彼は中央教会謹製アレクセイ薬用茶と書かれた包みから茶葉を取り出し、その場でお茶を入れ始める。
「ケビン様、この薬用茶はかなりの優れものです。 一口いかがですか?」
従者が入れた茶を差し出すが、ケビンは訝しく睨んで口にしない。
・・・・飲めば随分楽になるのだが、人を信用できない彼の気質が悪い方に働いたとしか言えない。
それを見た従者は、何の感傷もなく自身でいれた茶をすする。
「ケビン様、放逐された間者はいかがしましょう?」
従者は再び口を開く。
「・・・・始末しろ」
冷たく言い放つバルザードに従者は恭しく頭を垂れその場を辞する。
「この男もここまでか・・・・」
底冷えのするような冷たい声で呟く従者の声は、誰の耳にも届かなかった。
・・・・
セルジオ村からの一団、遠目に土埃を舞い上げながらこちらに迫る騎馬私兵。
開放を歓迎する雰囲気ではないのが解る。
騎兵の顔が解る距離で、兵士が抜刀する。
解放された一行のから悲鳴が上がる。
馬蹄で潰され、馬上から撫で切りにされていく一団。
徒歩と馬の足ではどう足掻いても逃げきれないが、蜘蛛の子を散らす様に逃げ惑う。
一人、また一人と切り殺され血しぶきが舞う。
そんな様子を遠くから見守る、花屋の従業員。
「・・・・だよねぇ、上司がターニャさんで良かった・・・・」
「ですよねぇ・・・・ターニャ様なら、寝返ったふりしてまた戻っておいでって言うでしょ?」
「うんうん、っていうか有給付きで高級の花屋さんって辞める気しないけどさぁ」
「ですよねぇ、重歩兵が見えないから、もう少し掛かるでしょうけど開戦まであと3日ぐらい?」
「うん、それくらいかな? 鷹便で報告しちゃう?」
「そうですねぇ・・・・私たちも急いで帰りましょ♪」
敵兵以外立つ者がいなくなったのを確認し、踵を返す二人の少女。
花屋の制服を可憐に着こなし、売り物にする花の束をまとめて荷馬車に積み込みその場を離れる。
その少し後、森の影から一羽の鷹がセルジオ村に向かい飛び立つ姿があった。
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