156話
「それでぇ? 皇女様がなんで鬼畜なプレイみたいな状態になってるの?」
執務室に緊急招集された面々が、荒縄で簀巻きになっている真っ赤か顔のシャロン皇女を取り囲んでいる。
「クディ殿! この奴はセルジオ様の御命を狙いました賊であります!」
シャロンの綱を握る警備兵が、クディの問いに答えた。
「へぇ、命を狙ったの? それって外交交渉すっ飛ばして即報復攻撃可能な状況じゃない?」
クディが皇女に顔を寄せ、目を覗きこむ様に話しかける。
「な! わらわは特使である! この扱いには得心行かぬ!
そもそも、そこに居る農夫崩れがわらわを穢したのじゃ! 見よ、我が形を!
皇族を血で穢しおって、万死に値する諸行じゃ!!」
銀色の縦ロールを振り乱し、自分の理論を展開する少女に一同はため息をつく。
鬼の形相のサラは部屋の隅っこでニーニャに「だまって埋めてしまってはい如何でしょう?」などと物騒な事を言っている。
「そうよのぉ、特使なら正式な形での申し入れでもあれば信憑背もあるのじゃがの」
村長も困り顔で、皇女の扱いをどうしたものかと考えている。
「けど、この状況ってこちらにとっても良い状況じゃないかしら?」
ニーニャが沈黙を破り、進言し始める。
「鴨ネギじゃない? 向こうの皇族が勝手に他国の領土にやって来てやらかしたんでしょ?
そもそも、ゴートフィッシュ家は皇国に攻められる理由なんて無いのだから体の良い人質じゃなくって?
・・・・そこの所どうなの?」
元村長とクディはその話を聞いても眉間の皺は解れない。
「まぁねぇ、そう考えられなくはないけど。
もともと何の責めを受ける理由のないこの地を攻めようとしてるのだから、彼女が居ても状況がややこしくなるだけで、行軍は止まらないでしょうねぇ・・・・
下手すると、こちらが皇女を攫ったから戦争を仕掛けたのだ、なんてでっち上げるのなんて平気でしそうだけどねぇ」
クディの言葉に、シャロンの顔色が白く成る。
「な、何を世迷い事を・・・・我が国がその様な卑劣な事を行うはずはない!!」
シャロンは語気こそ荒いが、顔色がクディの憂いが可能性だけでないと語っている。
コンコン!
「入るわよ」
悩ましい話の中、ターニャが入室してくる。
「あら? どこの姫君?・・・・まぁ、皇国のお姫様じゃない?」
シャロンが、簀巻きの少女の素性を一目で見抜くが、誰も驚かない。
「まぁまぁ、いい男が雁首揃えてなに欝々としてるの?
で、当のセルジオ君はどこかしら?」
ターニャが辺りを見回して、セルジオの姿が無いのを訪ねる。
「え、えっとですね、セルジオ殿は怪我をされたので念の為治療院で安静に・・・・」
アレクが答えようとしていると、執務室の扉がガバッと開きセルジオが入ってくる。
「だから、もう大丈夫ですから・・・・え? まだ寝てないとって?
嫌だよ、俺そんな大怪我じゃないし、うわ!? みんなどうしたの?」
セルジオは治療院の看護師達から逃げるように執務室に戻ったのだが、執務室に多くの人がいて思わず仰け反る。
「いや、お前を穢させた姫さんをどうするか話してたんだよ」
ジードがセルジオに説明するが、彼の態度からも皇女には良い印象を持っていないようだ。
「え? あれは事故でしょ? 馬は大丈夫だった?」
セルジオが周りに視線を送ると、警備兵が首を左右に振る。
「残念ですが、足の骨が折れて居りました。まだ息は有りますが、走る事は叶わぬと思われます・・・・」
「そうですか、可哀想な事をしましたね・・・・ダンジョン周辺には家畜も近寄らないのですから、あの馬は主人の言う事をよく聞いた良い馬ですよ?絶対」
セルジオは馬の末路に思いを馳せている。
「あぁ、そうだろうなって、いやいや・・・・セルジオと話してるとついつい釣られてしまう。
いま、当主を怪我させた姫さんをどうしようかって話をしてたところなんだ」
「えぇ? どこの当主を怪我させたの?!」
セルジオが何だかわけのわからない事を言っている。
『当主ってセルジオの事だから』 皆の心の声が聞こえた気がする。
「それでじゃ、そのまま返すのも考えものでのぉ・・・・」
元村長が話を元に戻し口を開く。
「どうしたものかのぉ・・・・」
「そうねぇ、この子の焦る気持ちも解るののだけど・・・・」
ターニャが背景の説明を始める。
「皇国の周辺の領土で、病魔魔法・・・・で良いかしら? あれが蔓延してるのよ。
それで、各領地の領主の近親者も被害が出ててね?
ここのダンジョンが原因じゃないか? みたいな話が出た様なの。
セルジオ君は、バルザードって覚えてる? 」
セルジオは、バルザードの名前に聞き覚えはあるが、誰だっけ?といった感じで首を傾げる。
「ふふふふ、ほんとに思い出せないのかしら?」
「あっ、疫病の薬のバルザード?」 思い出したセルジオの顔が歪む。
「そうそう、ファフナーじゃなくてケビンの方ね。
多分、実行犯は彼かしら・・・・でも、私はもう一人後ろに誰かが居そうな気がするのだけど・・・・
それは詮なきことかしら。
皇国は、1年前頃からあの疫病が流行ってて、高価な薬を随分必要としてたの。
けど、直した端からまた疫病がぶり返して、随分疲弊したみたいよ?
実際幾つもの村や街が疫病で絶えたと聞いてるわ。
ケビンも酷い事をするものだわねぇ・・・・」
ターニャの表情も少し暗くなる。
「それで、疫病で死滅しなかった村を時系列で調べていくと、この地に辿り着いた様よ?
たぶん、この村に病魔に対抗できる何かがあると考えたのね。
・・・・けど、話はそこで終わらなかったのよ。
普通に考えれば、この村に調査団を送り込んで協力を仰げばよいのだけど、新ダンジョンとダンジョンの秘宝を我が物にしたいと思う輩が、何故か疫病に掛かっても生き残ってね・・・・
この村を攻める口実を疫病対策から資源確保に挿げ替えたみたいなのよ。
労働人口の急激な減少で、生き残った人々の食料確保も必要。
だから薬と食料を手に入れるお金が必要。
そして、お金と薬が有りそうな場所が、ここって訳・・・・そうでしょ?」
ターニャが皇女を見つめる。
そんなシャロンは白い顔が青み掛かり唇を強く噛みしめている。
沈黙が流れる。
思いつめたような顔で、皇女が重い口を開く。
「・・・・お見通しといった訳か、ゴートフィッシュ家侮りがたしじゃな、その通りじゃ」
「わらわは、あわよくば薬を手に入れいち早く戻り、進軍を止めたかったのじゃ」
既に涙目になりながら、ターニャを睨む。
「特賞な心がけね、でも一存で動いたのはまずかったみたいよ?
母国では、貴方は敵国に寝返った皇族として随分噂が広まってるわね・・・・」
「な?? 何ゆえに!? その様な事に」
「あなたのお父様が疫病で亡くなったわ・・・・異常に疫病の回りが早かったらしいの、きっと暗殺ね。
お気の毒だけど、最後まで進軍に否定的だったのにね。
けど、最後は取り巻きに押し切られて行軍を認めたのだから、愚かな皇帝として名を遺す事になるかしら・・・・」
衝撃の情報にシャロンの目が死んでいる。
「あら、少しきつかったかしら? 聞いてますかぁ? もしもし?」
淡い緑色の瞳が潤み、頬を涙が伝う。
皇女が歯を食いしばりむぜび泣く。
「薬は有るのだけど、現状で薬を持ち帰っても闇に葬られて終わりね・・・・
あなたはどうしたい?」
ターニャが優しく、慰めるように語り掛け、縄を解くように警備兵に伝う。
警備兵は頷き、彼女の縄は切られその場にハラリと落ちた。
皇女は肩を震わせ、虚ろな目から涙をポタポタと落としながら両手を床に突く。
「少し時間が必要かしら、一応私が嘘を言ってない証拠を持ってきてるから後でゆっくり見てみるといいわ」
ターニャが皇国の手配書、シャロンの誅殺指令書を机の上に広げる。
セルジオ家の面々が目を通し唸る。
「レイクウッド殿、これはシャロン殿下の近親者が出した物ですか?」
空気を読めないアレクが聞く。
「・・・・その様じゃの、皇太子が指令書にサインをしておる、公的な物だな・・・・」
「うぅわあああああぁぁぁぁぁぁ!!!父上ぇぇ、ああああああぁぁぁぁぁ」 皇女の心が折れた。
綺麗な顔が醜く歪み、人目を憚らず大泣きする。
声を掛けずらい。
なんと言えばいいのか言葉が見つからない。
彼女は肉親に捨てられたのだ。
ターニャの話によると、シャロンの母は聡明な女性であったが、既に亡くなっており皇帝のみが良い理解者であったそうだ。しかし腹違いの兄弟は母と同じく聡明なシャロンを疎ましく思っており、皇帝崩御の際これ幸いと切り捨てたのだ。
「戦争は不可避みたいね・・・・罪人を匿う形に、嵌められたのね。
どうするの? セルジオちゃん、彼女を突き返して肉親に処刑させる?」
クディが大泣きするシャロンを見ながら零す。
一同の視線がセルジオに集まる。
「・・・・そ、それは無いでしょ? 頼りになる人は皇国に居ないの?」
セルジオがターニャに尋ねる。
「そうねぇ、行軍を指揮している将軍が人格者らしいけど、彼も肉親の全てを疫病で無くして自暴自棄になってるらしいから、今更薬を手に入れたからって振り上げた拳をすんなり下せるとは思えないわね」
ターニャが頭を振りながら答えた。
再び執務室を重い沈黙が支配する。
コンコン!
執務室の扉が叩かれる。
外が騒がしい。 子供の声がする。
扉が開かれ、数人の子供を従えたリリル達がメイド達の制止を振り切って雪崩れ込んだ。
「お風呂ぉぉぉ!!!! 早く行こう!!!」
子供の天真爛漫な笑い声が執務室に響いた。
ばたばたしてしまって更新が飛びすみません。
少し長めですが、楽しんで頂けると幸いです。
重めの回だったので、次話は軽いのを挿もうと思います。
やっとお風呂回到来です。




