155話
サラは今日もセルジオの手伝いでダンジョンに向かう。
お母さまから「わたくし達は、ゴートフィッシュ家の庇護を受ける身です。出過ぎたまねをしては成りません」と釘を刺され、泣く泣く執務室の出入りを我慢していた。
「セルジオ様は今日もお早いのでしょうね・・・・」
そんな独り言を言いながらレブラーシカに教えてもらったレシピのサンドイッチを日の出前から準備し、身繕いを整え、今日もセルジオに合える事を喜んで、ダンジョン付近で待っていた。
セルジオが一心不乱に走ってくる。
「?!セルジオ様・・・・如何されま・・・・キャ」
セルジオが突然大声で叫ぶ。
驚いたサラは口を手で塞ぎ様子を窺がう。
「そこのレイク何とかに話してくれたらいいから!!」
「ぬしは、それでも当主か?! 遠方から遥々訪ねて来た、皇女をそのようにあしらうとは如何ぞ?!」
褐色の肌の銀髪縦ロールの自分より少し年上の少女が馬で猛追している。
「こ、皇女? あっ、危ない!! キャ」
ズザザザザザ 「きゃぁぁ!!」
ダンジョンの瘴気に中てられた馬が泡を吹いて倒れ、皇女が空を舞う。
馬が前のめりに倒れ、騎乗の少女もそのまま転倒するかに見えたが、前足が硬直したのか一瞬馬が跳ねたように見えた。
騎手は乗馬していた姿勢そのまま頭から前転、浅い放物線を描きながらセルジオに向かって飛んでいく。
「きゃぁぁぁぁあぁぁ・・・・あっ?」
グキッ!!?
セルジオは受け止めようとしているのか、向き直り両手を広げた。
騎手は空中で一回転し、お尻からセルジオの顔面に直撃・・・・
セルジオは片足を引き、一瞬踏ん張るがかなり仰け反る。
そのまま耐えるかと思ったが、腿が肩からずり落ち両ひざを肩に掛けた状態。
乱れた上着の裾から頭がすっぽり上着の中に潜り込んで少女は胸付近でセルジオを抱きしめるような卑猥な姿勢になっいる。
「な!? なんて羨ましい!! セルジオ様に抱き着くなんて!?」
サラはムッとしながら駆け寄ろうするが、乗馬服の少女が暴れセルジオが後ろにゆっくり倒れ始める。
「ひ、ひやぁぁぁあああぁぁ!!!不埒者!!!!」
セルジオにしがみつく少女が無理な体勢で暴れる。
ドサッ!!
セルジオは受け身も取れず地面にそのまま倒れ込んだ。
「キャ! セルジオ様!!!」
サラは急いで駆け寄るが、二人とも動かない。
セルジオの頭を抱えるようにして倒れた少女も、彼の頭で胸を打ち付け気を失っている。
「だ、大丈夫ですか?! 誰か!!誰かいませんか!!」
サラは、あらん限りの声を上げ人を呼びながら、少女をセルジオから引きはがす。
「?!!! キャァァァァ!!!セルジオ様が!!!!」
セルジオの顔面が鮮血で真っ赤になっている。
頭部から襟首まで鮮血を塗ったくったように血で汚れ、セルジオが伸びている。
そんなセルジオの様子をみたダンジョン周辺の警備兵の目に殺気が篭り、周辺の空気を変える。
「暗殺か!! セルジオ様を害する者許すまじ!!!」
抜刀した兵士等がセルジオを庇う様に取り囲み、哨戒用の笛を吹き鳴らす。
そこへ皇国の近衛兵が遅れて雪崩れ込み、場は一触即発の危険な状態となった。
「外交問題だぞ! 皇女閣下をこちらへ渡せ!!」
近衛兵が凄む。
「どこぞの小娘かは知らぬ! こ奴にはセルジオ様暗殺の容疑がある!引き渡しは出来ぬ!!」
警備兵もそんな恫喝に怯まず言い放つ。
サラはセルジオを膝に抱き、なわなわ震える手で顔の血糊を拭う。
もう両目から玉のような涙をぽたぽた零しながら、セルジオの名前を連呼している。
「ゴホゴホ・・・・ま、まったく何なのです!?」
皇女が先に意識を取り戻し、胸までたくし上がった乗馬服を見て血の気が引く。
それは当然であろう、下着が胸から腹まで鮮血で真っ赤になっているのだから・・・・
「あわわわわ・・・・はぁぁぁ・・・・」
ヨロヨロと立ち上がったか途端、再び気を失いその場に崩れ落ちる。
「「「姫!!!!」」」
近衛兵が気色ばむ。
「控えなさい!!」
同じく血の気の引いた顔のサラが声を張る。
「その血はセルジオ様のものです。 わたくしは見て居りました。
落馬したその方を救おうと、身を挺して受け止められたおり、セルジオ様が怪我をおわれたのです!!」
サラは血糊を拭き終え、出血は鼻血と、額の一部を切った為と確認し額の傷口に手拭を当てているが、見る見る朱に染まる布を見て、震えが止まらない。
「ア、アレク様を、アレク様を急ぎ呼びなさい!!!」
サラは、もうぐっしょり血を吸った布をあてがったまま、泣きそうな声で警備兵に治癒魔法を使うアレク呼びに向かわせる。
ダンジョン前はもう警備兵に幾重にも包囲され、近衛兵も包囲を抜けるに叶わぬと思いながらも円陣を組み対峙している。
「い、痛たたた・・・・ほえ?」
セルジオが薄目を開けると、サラの涙で濡れた顔が目の前にあり、間の抜けた声を発した。
「セ、セルジオ様・・・・・くっ、うぅ、わぁぁぁあああああああんん!!!」
セルジオと目が合った瞬間、緊張の糸が切れたのか、サラが大泣きし始めた。
そして、彼女はまだ血が滴る頭を胸に掻き抱き、力の限り自分の胸に押し付けた。
「フゴ?! いぎが・・・・いぎがでぎなぃ!」
セルジオは手足をばたつかせ、サラの背中をタップする。
「・・・・? えっ!? あっ!! ごめんなさい!」
サラがセルジオの頭を開放するが、酸欠で荒い息のセルジオが咽ながら起き上がる。
「ゲホゲホ・・・痛たたた、背中・・・・目いっぱい打ったよ。 えっと、何とか姫は無事ですか?」
あたまから、ぽたぽた血を落としながらも、皇女を気にするセルジオ。
「あっ・・・・血が出てる? 大丈夫!!!?」
セルジオが駆け寄ろうとするが、サラが袖を握り引き留める。
「あれは、セルジオ様の血糊です。 先に傷の手当てを!」
セルジオが振り向くと、サラの衣服も血糊で汚れている。
そこにきて漸く頭部に痛みがあるのを感じそっと手で触ると、ぬるっとした血の感触が指先に伝わる。
「あ・・・・あぁ、何かに当たったのかな? これくらいなら、唾付けてれば治るよ・・・・」
頭部の傷の大きさを確認し、自分の唾を付けていると、警備兵が魔法薬瓶を差し出して来る。
セルジオは、「いらない、いらない、これぐらい」と言ってみるが、警備兵がセルジオを羽交い絞めにしてポーションを浴びせかける。
「ひやぁ、冷た!」
傷口がシュワワと泡立ち、あっという間に治癒して行く。
「うわぁ、高そうな薬・・・・使わなくっても良かったのに・・・・」
セルジオは傷口を摩りながら、傷跡も残さず治癒した薬に驚いている。
「セルジオ殿!! だ、大丈夫ですか!!」
セルジオは、馬で駆けつけたアレクに、「何で来たの?」と問うような表情で手を振る。
「・・・・落馬する少女を庇って、セルジオ殿が大怪我したって・・・・あれ?」
この場を見ると、倒れているのは皇女だけである。
「セルジオ殿が少女を襲った?」
べちょ!
変なことを口走るアレクの顔に、鮮血でぐちょぐちょになった手拭を投げつけるサラだった。




