128話
セルジオ館、仮の執務室にいる誰もが口を開けないでいた。
カール王の目は焦点を定めておらず、『呪い・・・・ゴート家が・・・・』と譫言を繰り返している。
サラは彼女の父の背を擦りながら心配そうに見守っていた。
「セルジオちゃん、ほっときなさぃ。
仮にも国王よその内元に戻るから・・・・たぶん?」
クディが他人事のように言う・・・・
『確かに他人だし、さっき会ったばかりの人でサラの父親。
で、彼女を一人でこちらに寄こした酷い親?
その割には偉くサラが心配しているけど・・・・
まぁ彼女の家の事だから近衛隊長とかに任せとけばいいか』
と、セルジオの中では完結してしまう。
ニーニャとレシアが、足跡を見聞している。
「確かに何者かがここに居たようだ・・・・
しかも、サンダルのような物を履いていて、塵? 灰?だろうか・・・・が混じった水?
濡れている・・・・レイスの類は濡れている、ものなのか?」
「しらないわよ、私はレイズなんかに会ったことないもの。
わかんないけど、ここに来る直前、濡れた場所に居たんじゃない?」
レシアの問いに、分らないながらも答えるニーニャ。
「それで、セルジオちゃんはどうするつもり?」
「ん? 何かする必要があるのかな・・・・」
素で何もしないつもりのセルジオにクディが溜息混じりに問う。
「はぁ、せっかく忠告してくれたんだから、少しは考えてみたら?
新たな?ダンジョンの解放と強者の募集、それと災禍の備えだっわね?
どこから手を付けるつもり?」
クディの問いに、みんなの視線がセルジオに集まる。
「・・・・今決めた方がいい? 」
皆が頷き無言のプレッシャを掛けてくる。
「・・・・わ、わかったよ・・・・
新たなダンジョン?は、まだ、よく分らないけど・・・・
できたらすぐ誰かに調べてもらえば・・・・
って、元村長がこの前話してた冒険者ギルドにおまかせで・・・・どお?」
「・・・・承知した。冒険者組合には私の方から打診しておこう。
近いうちに領内にあるダンジョンの新しい情報が入手出来そうだ・・・・くらいで良いかの」
元村長がクディに目配せをし、無言で頷きあっている。
「よかった」
胸を撫で下ろし、明るい笑顔を見せるセルジオ。
新しいダンジョンも丸投げ対応できそうだと、心底嬉しそうだ。
「あと、禍? 災難? って疫病かな?
俺・・・・なんかこの腕輪嵌めてから、お腹下さなくなったし瘴気も全然気にならないから、病気も平気な気がするんだけど、クディとアレクに渡した守りの指輪みたいな物ってもう無いのかな?」
「あった気がするわ」
ニーニャが足跡の砂を執務室にあったペーパーナイフで掬い取り、ハンカチに包んで懐に収めて、話に入ってくる。
「庇護の能力に強弱があるみたいだから、きちんと調べてここに居る皆に、優先して配るわ。
それと、疫病を人為的に広げてる風に聞こえるんだけど、そこの所どうなの?」
ニーニャは頭の回転が速く、本質に近いところに辿り着いている。
「そうじゃの、数年前の疫病はこの村と周辺の村だけに限られておった。
しかも、疫病の蔓延は他の村には広がらず、特効薬と偽ってよく分らん薬を売り切って姿を消した奴がおるのぉ。」
「それは作為を感じる話ね・・・・」
クディも腕組みしながら聞いている。
「魔術的な疫病なら、術者が近くにいたはず。
その術者が移動できた範囲の村に被害が出た・・・・って考えると楽ね」
ニーニャも自作自演の線を疑っている。
「・・・・沢山の死人を出して、薬で荒稼ぎをしたって事か・・・・」
セルジオも愚鈍ではない。
今の話で両親の命を奪った犯人が疫病でなく作為的に殺されたかもしれないと・・・・
貧しく慎ましく生きてきた親を奪った人物が居るかもしれないと聞かされたのだ。
皆がセルジオを見守る。
彼が、初めて皆に見せる怒る姿・・・・
拳を固く握りしめ、下唇を噛み、その何れからも一筋の赤い筋が滴る。
額固く閉じた目、頭には血管が浮きだしているが、血の気がひいた顔は蝋の様に白い。
肩は、微かに震え浅い呼吸が、セルジオの心拍数の早さを伝えている。
「クディさん・・・・」
「なぁに? セルジオちゃん」
「俺そいつを見つけると、殺してしまうかもしれません。 その時は止めて下さい」
絞り出すような声でクディに頼み事をするセルジオの姿から、皆は目を離せない。
「そんな奴、殺しちゃってもいいんじゃないかしら? 百害あって一利もなさそうよ?」
クディが笑って無い目で、軽く受け流す。
「死んだら・・・・それで終わりです。 償いはできない・・・・
あの疫病で沢山死んだんです。
リリルの両親も、俺の両親も、ジードの兄弟も・・・・沢山死んだんです。
生きて彼にできる方法で償って貰わなければ、だれも納得できないでしょう?」
セルジオは目を閉じたまま、唸るように、自分を諭すようにクディに告げる。
「・・・・セルジオちゃんは、意外と大人なのねぇ。 分ったわ、止めてあげる」
「よ、宜しく頼みます。 魔法の疫病の可能性があるのなら、対策をお願いします」
鬼のような形相で床を睨み付けたまま、アレクに告げる。
「・・・・わかりました。事前に討てる手を打っておきます。
なに2000名前後、魔法と判っていれば如何様にでもいなして見せましょう」
「頼りにしてます・・・・俺ちょっと、頭を冷やしてきます!!」
セルジオは、石鋤を持ち執務室を飛び出した。
・・・・
足が勝手に動く。
気持ちが治まらない。
あの話を聞いてから、胸の奥底が黒くて粘質のドロドロしたものでいっぱいだ。
あいつが、あいつが殺した、それなのに気が付かなかった・・・・
殺したい!!ゴーレムみたいに磨り潰したい!!
でも、そうすると、あいつと同じだ・・・・
あいつと同じは嫌だ!!
・・・・今は独りになりたい。
気が付くとダンジョンの入り口にセルジオは立っていた。
冬の夕日が長い影を落とす。
セルジオは石蓋の大石を動かし、独りダンジョンに潜るのだった。




