9.6話
うぅ~ん 終わらせるつもりが終わらない。
ミオールが頭を抱える嘆きの湖の村で山狩りをおこなって、数日が経とうとしていた。
聖職者たちが遺族が望む土葬をおずおずと申し出て来るが、疫病を抑える為に火葬こそが相応しいと治療魔法使いの医師が火葬を強行した。
実際、後にこの村の病死者が他の町や村に比べ圧倒的に少なかったのは、彼達の働きによるものが大きかったと言わざる負えないが・・・・
しかし火葬を望まぬ一部の村民は、医師が管理する隔離病棟を選ばず、バルザードの門を叩く事となった。
・・・・
バルザード家の扉が、間を置かず常に叩かれている。
それを従事長が家宰が要件を聞いては、手持ちの薬を受け渡している。
噂を聞きつけ、辺鄙な山村へわざわざ遠方から駆けつけた従者が、皮袋いっぱいの金で木箱に詰まった薬購入してゆく。
家宰や従事長には、効かない可能性のある薬だと再々言い含める様にしているが、それでも購入希望者が後を絶たない。
既に、当初散財した費用は取り返し、売れば売るほど黒字に成る状態だ・・・・
在庫には限りがあるが、それでも十分に備蓄がある。
それに、家長の判断で、高価な薬であるが家族と従者、身近な者達には既に配り終えていた。
医師であるレイクウッド・村長や司祭などにもだ。
在庫が無くなれば仕方がないが、それでも在庫がある限り売り渋る様な事はしなかった。
大枚を先払いした為か定期的に送られてくる効能の疑わしい薬。バルザードの家長自身も疑っていた。
商売柄、話の裏を調べるが貧民や流民が関わっておりその全容が見えず、怪しさが拭えなかった。
だがしかし、実際にバルザードはその薬に助けられていた。
長男が帝国方面から戻ると程なくして、商人達が噂していた流行り病に掛っていたと判った。
そんな状況下、藁をも掴む思いで渡りを付け入手した薬だが、一定の薬効が認められる結果を出したのだ。
・・・・
長男が倒れ、彼に同行した従者も流行り病を発症した。
バルザードは頭が真っ白になった。
都から落ち延びた一家を引き受けてくれたこの村に迷惑を掛ける・・・・病気を広めてしまう。
そんな思考が頭を占めるなか、特効薬の噂を聞いたと魘される意識のある従者の言葉に縋った。
長男がどこで渡りを付けたのか、大層怪しい盗賊崩れや犯罪奴隷上がりの人物を窓口にその薬を入手することができた。
毎回味が違う上、さほど日持ちしない薬。
バルザードは大変高価な特効薬なる物を入手し、その足でそのまま医師の下にその薬を持ち込んだ。
「・・・・どうでしょう、飲ませても大丈夫なものでしょうか?」
「バルザードさん、お金は払いますので、数本程、効能を調べる為に融通していただけませんか?」
医師の真剣な表情に、何の戸惑いもなく頷く。
「それで、どうでしょう・・・・」
「・・・・そうですね、私にはこの煎じ薬は・・・・
正直に申しましょう、心当たりのある茶葉です。呑んで害になる物では入ってなさそうです」
バルザードが目を見開く。
「おい、カミュ! 使い忘れた紅茶はあるかい?」
「・・・・はい・・・ありますけど? 何に使われるのですか?」
「いいから、お湯と茶器を持ってきてくれるか?」
焦れるバルザードを余所にお茶の準備を始めた。
・・・・
レイクウッド医師は、持ち込まれた薬の解析を進めている。
少量を小さな銀製の掻き取り棒で掬い取り、魔法陣の掘られた石版の上で分離を試みる。
「・・・・たぶん茶葉だが、発酵が進み過ぎている・・・・
殆ど発酵が終わって、粉瘤化したもの・・・・茶葉に薬効があるのか?」
素材鑑定用の分析魔法具。
元来の素材をその物が持つ固有の魔素の波動から分類してゆくもので、そこに光る波は、水と植物の葉(茶)と塩と糖を示している。
ブツブツと零す医師の側で、妻が合えて覚ましたお茶を準備する。
「入りましたよ、あなた」
「うむ、少量の塩と、糖か蜜を持ってきてくれないか?」
「はい」
妻は直ぐに戻った。
塩と唐を受け取った医師は、目の前で持参された薬と違いの感じられない(レイクウッドの茶葉の方が良いものだったらしく発酵が進んでもおいしく感じられた)飲み物を作って見せた。
・・・・言葉をなくすバルザード。
その傍で、医師が口を開く。
「まだ、この薬が効かないとは言えません。
薬効のある茶葉であるかもしれませんし、発酵の過程で成分が変わっている可能性もあります。
体に害のある者ではありませんので、ご子息へ与えても問題は無いでしょう」
怪しい薬であったが、医師の話に一応の納得を得てたバルザードは家族を守るべく家路を急いだ。