86話
「焼けた?」
「焼けたわね」
「ハハハ、どうだ!悪霊め!!」
奥にいた死霊憑きが入れ変わりながら手を伸ばしてきていたが、遂に最後の腕が床に落ち、チリチリと燻ぶっている。
辺りには腐った肉独特の焼けた臭いが漂い、煙と刺激臭で目が痛い。
「いつもならミデアムレアが好みだけどぉ、今回はウェルダンを注文するわ」
クディが、まだ動く燻る遺体に酒瓶を投げつけ、再び炎を追加する。
一同が持ち込んだ酒瓶はもう半分ほどになっているが、まだ十分にいけそうだ。
アレクセイは、死霊20体を無力化できた為か、ハイテンションである。
「はぁ、アレクちゃん黙ってると可愛いのに、何だか残念」
プレゼントの中身が期待したものと違い、がっかりした子供の様な表情のクディ。
「プリンが無ければパンを食べればいいじゃない! ジードちゃん待っててねぇ!」
挫けないオカマが気合を入れる。
辺りに転がるプスプスと煙の上がる焦げた焼死体。
いずれも冒険者風の装備が残骸となって張り付いている。
「けど、随分広い場所ね」
クディが辺りを見回す。
「ずっと奥までこんな感じです。」
セルジオが奥をランタンで翳す。
「まだ居るかしら」
「あっ、多分まともに動くのはもう居ないかも、けどいると思う」
「そうなの?」
「グレゴリアルさんが冒険者は50人以上入ったらしいって言ってたから・・・・」
クディが渋い表情で「まだ焼くの?」と聞いてくるので、「そうしないと運ぶの大変だから」とセルジオが答える会話に、アレクセイが乗っかる。
「セルジオ様、炎で全ての迷える魂を開放しましょう!」
などと、暴走気味に独り奥に進もうとする。
「あ、まって!」
アレクセイは、制止するセルジオの声が聞こえない様に先へと歩み始める。
「あれぇ、拙くない? なんか彼、黒く靄ってるわよ・・・・」
「・・・・取り付かれかけてますか?」
「えぇ、そうかも」
二人は、挙動少しおかしくなっているショタ司祭を追いかける。
「?・・・・この辺りの遺体は片づけたはずだけど・・・・」
セルジオが小首を傾げ追いかけるが、ズカズカと死骸の山に踏み込んでいくアレクシイ。
「!? セルジオ下がって!!」
クディが吠える。
ズズズズ、バタタバタ
床面で寝ていた半腐りの死体が、一斉にアレクシイに襲い掛かる。
「ハハハハ、悪霊め!目にもの見せてくれる!!」
いつの間にか手にしていた酒瓶を、自分に浴びせ掛けるアレクシイ。
クディが弓だけを握り締め、彼の元に走り込む。
弓を斜に構え、大きく薙ぎ払う。
起き上がれない、這い縋る悪霊憑きの手や頭を、ゴルフスイングのような弧を描き、次々に打ち据える。
『クディさん 弓の使い方違くない?』などと思いながら立ち尽くすセルジオにクディが叫ぶ。
「酒瓶ありったけ投げて!」
弾かれたように、下ろした背嚢から次々酒瓶を死霊に投げつけるセルジオ。
パパリン パリン ガシャン パリン!
迫り来る死霊を女王様?バリの良い姿勢で打っては蹴り、払っては踏みつけ、掴み縋る手を弾き飛ばす彼は手練れた猛獣使いの様に勇ましい。
側では奇声に近い笑い声を上げるアレクセイはやはり取り付かれかけているようだ。
弓の届く範囲に、一切を寄せ付けないクディがセルジオを見る。
「彼を連れ戻る、この場を離れたら、カンテラを投げ入れろ!!」
『クディさん、男言葉になってる。焦ってるんだなぁ』などと考えるセルジオは頷き、残りの酒瓶を投げつけた。
ズズズン! ズン!
奥から地響きのような重い音がした。
「「!!!!」」
「クディさん ヤバイ!!ゴーレムが来る!!!」
「なんだと?!」
クディがアレクを抱え上げ、動く死体を飛び越えるのと入れ違う様に、セルジオがカンテラを投げ入れる。
ゴォオオオオオオオオ!!!
一帯お舐めるように青い灯が広がり、死霊憑きを焼き始める。
振り返らず走ってくるクディ。
その背後、青白い炎に照らされたゴーレムの姿が、闇の中から浮かび上がった。
「石戸まで!!! 急いで!!!」
セルジオが叫び上げ、石鋤だけを手に全力で走り始める。
ズン ズズン ズンズンズンズン・・・・
ゴーレムの足音が回廊の中で響きわたる!
「急いで!!!」
「あぁ!解ってる!」
逃げ走る視線の先に、石戸が見える。
歩幅が広いゴーレムの足音が、床を震わせながらすさまじい勢いで迫る。
ハァハァハァハァ
荒い呼吸音がやけに耳に響く。
セルジオが石戸に辿りつく。
振り返るとクディが必死の形相でこちらに走っている。
彼のすぐ後ろにゴーレムの歩む姿が、影絵の様に迫る。
ゴーレムの手が彼等を捉えるように伸ばされる。
クディが石戸にぶつかる。
その反動を使い、アレクを石戸の中へ投げ入れた。
『間に合わない!』
セルジオは咄嗟に、胸のメダリオンを掲げた!
ゴーレムの目がパチパチとスパークするように瞬く。
ゴリゴリゴリゴリゴリ
ゴーレムの動作が突然止まった。
しかし勢いは殺せず、地面を滑るようにクディに拳が迫る。
クディは死を覚悟したのか、微笑みながら【 行け 】とハンドサインを送ってくる。
「クディ!!!!!」
セルジオがあらん限りの力を込め叫んだ。
ゴリゴリゴリ・・・・・ゴリ
セルジオは末期の瞬間を見るに絶えず、思わずきつく目を閉じた。




