74話
闇のなか、時折モゾリと動く何か。
石鋤で押し退けようとするが、太ももにきつく絡みつくそれは、ウネウネ何とも不気味な感触を伝える。
石戸を閉じたためか、随分と気分が落ち着いてくる。
噛みつくでも、引っ掻くわけでもなく、実害を感じないセルジオは『地上に戻れば何とかなるだろう』と問題を先送りした。
見ることができないが何かが縋り付き、歩きにくい足を引きずり、手探りで地上に向かう。
遺体袋も、ほぼ大人の一人分の重さがある。
片足を半ば拘束されているのだから、ノロノロとした歩みにしかならず、セルジオもやきもきする。
タッズズ・・・ タッズズ・・・・
「何が絡みついてるんだろう・・・・」
憂鬱になるセルジオだった。
・・・・
ダンジョンの入り口。
石室のような大石がずらされ、奈落の底へ続くような黒い淵が顔を見せている。
その入り口の周囲の空気が、深く呼吸のように、出入りを繰り返していた。
入り口を、警備兵と墓穴掘り&農夫の男衆が遠巻きに見守る。
「セルジオさん、いつもより遅くないか?」
「そうだな、もう降りて随分経つなぁ、何もなければ良いのだが・・・・」
王国兵の身内らしい幾人もの貴族が、警備兵をどやし付け『ここを通してダンジョンで身内を探させろ!』と、警備兵を恫喝し凄むが、幾度も繰り返される日常の風景に警備兵は慣れたものだ。
警備兵は『通さないのは強制でなく、警告であり、それを無視した事による咎は全て当事者が負うものだ』と他人事のように言い放つ。
彼らは守衛ではない、あくまで警備しているに過ぎない。
それにここに居るのはグレゴリアル直轄の精鋭が務める警備兵なのだ。
しかし彼等でさえ、ダンジョンに近付き過ぎると変調をきたすため、経験則上これ以上近寄らないというラインが一ヶ月程で出来上がっていた。
「私を誰だと心得る! 副将までつとめた儂がこの程度で怯むか!
それで良い! 私が通せと言っている! そこを退け!!」
言質とった警備兵はダンジョンの入り口へ道を譲る。
元上級士官だと豪語する貴族が、彼らを押しのけダンジョンの入り口にズカズカと歩み寄る。
それに彼の私兵がワラワラと付き従う様は、軍人らしい洗練された所作の片鱗も見えない。
「午前中と同じかな?」
「そうだろうな、倒れた後の撤去がなぁ・・・・」
男衆と警護兵がまたかといった風に駄弁る。
入り口付近の大気の流れが、吸引から排出に変わる。
貴族とその私兵は、ダンジョンの瘴気を孕んだ毒ともいえる空気を全身に浴びる。
傍目からみても解るほど鳥肌が立つのが判る。
彼等の体の中にある、今だ病に至らぬ部分が軒並み発症し、白目を剥いて口から泡を吹き硬直し、そのままバタバタと倒れていく。
「今回も立ってる者は居なかったなぁ」
「お館様は、あれより強い瘴気の中で遺体を回収してるんだろう?」
「あぁ、やっぱりすごいお人だ・・・・」しみじみ感心する男衆と兵士たち。
警護兵は、本日4度目の転倒者を、救護班に引き渡し救護所へ運ばせる。
「それにしてもセルジオさん遅いって・・・・」
いつもなら既に3往復はしてそうな時間が流れているが、未だに上がってこない。
そんな話をこの数刻で何度も話していたが、入り口からようやく人の歩みらしき微かな音が聞こえてくる。
タッズズ、タッズズ、タッズズ・・・・
「!?聞こえるか」
「あぁ、なんか拙そうな音だ!治療のできる者とトレッチャーをここに!」
「幕舎と屋敷に伝令! 異常の恐れあり!」「「はっ!!」」
警護兵が、近くに配されて居た伝令兵に簡単な殴り書きした書簡を持たせ走らせた。
・・・・
ダンジョンの入り口周辺は人払いされていた。
地の底から響く引きずるような足音が次第に大きくなる。
「セルジオさんですよね?、けど様子が・・・・」
タッズズ・・・タッズズ
歩き難そうな足音が入り口に響く。
ダンジョンの入り口には、グレゴリアル他軍関係者が警戒を深め、元村長にクディにレシア、遅れてジードとニーニャが駆けてくる。
「「「「・・・・」」」」
皆息を潜め、ダンジョン入り口を見守っている。
ダンジョンの入り口に人の手が掛り、死臭が周辺に渦巻く。
慣れている者以外は、鼻を押さえ嘔吐を堪える。
見慣れた麻袋が表に投げ出され、それから糸を引く腐汁がグジュリとしみだす。
石鋤が杖のように地に突かれ、セルジオの困ったような顔が入り口より現れた。
「はぁ、まいった・・・・ん?!」
セルジオが周囲の視線に気が付き、ちょうど良かったと苦笑いをする。
「あのぉ、結構拙いことになってるのですが、どうしたら良いでしょう・・・・」
よろけながらダンジョンから抜け出し、大石を閉じるセルジオ。
セルジオの腿に縋り付くものを見て一同は凍りついた。
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