どうでもいい
神殿に戻った三人を待っていたのは、若き王都のエメランティス神殿長・ヨシュカ・ハーンその人だった。最高位のプリーストのみが着席を許される大きな椅子に座っている。
美しく光り輝く金髪は元気をなくし、透明度の高い湖のような碧眼は暗く濁っている。相当疲れがたまっている様子に、百合がふっと鼻で笑った。
「あなた、まだ生きていたの。てっきりもう胃がやられていると思ったのに、意外としぶといのね」
「・・・セスが良く効く薬を調合してくれるので、まだ生きています」
ゼノンの立つ位置からちっと舌打ちが聞こえたのは、きっと気のせいだと願いつつ彼は美しい女を見やる。相変わらず美しさの中に冷たさがあった。
「久しいですね」
神殿の一角、整った容姿の男女が見詰め合う様子は絵になる。だがその空気は凍てついていた。
「そうだったかしら。あなたの事をよく思い出していたから、久々だと思えないわ」
「それは良くない意味ででしょう。まあいいです、彼女と話があります。二人は出て行ってください」
言いながら胃の辺りを抑える男に、アロイスが心配げな顔を見せた。
「では、私は隅に控えております」
ゼノンは了承も得ず部屋の隅に立つと、まるで石造のように動かなくなった。
「私も同じように」
「いえ、リュディガーは出て下さい。これは迷い人に関することなのです」
本来なら傍を離れることのできない立場だが、そうまで言われたら逆らうことは出来ない。プリーストであるゼノンはともかく、アロイスは護衛の騎士という立場だ。神殿内部の件で逆らうことは出来なかった。
もちろん、いつ何が起こっても良いように、部屋から出たアロイスがドアに貼りつく。
ゼノンもアロイスの気配を感じながら石であり続けた。
「さて、ではいくつか質問があります」
「早く終わらせてくださる? 喉が渇いたの」
不敵に笑う女に出鼻をくじかれた。まだこのくらいなら序の口だろう。彼は気を取り直して口を開いた。
「・・・以前は聞けなかったあなたの本当の名は?」
「教える必要はないし、知りたければ神殿長に聞きなさい。わたくしはプリーティア・ユーリ。それだけわかっていればいい」
プリーティアの名前を直接呼ぶことはほとんどない。だから今まで気になったとしても、誰も強く聞くことが出来なかったのだ。
しかし今回はヨシュカも引かなかった。
「いいえ。あなたの口から聞きます。私は今やこの神殿の長より上に居ます。意味がわかりますね? 神殿に身を置くものとして、あなたは私に従う義務がある」
その瞳には妙に熱があったが、胃の辺りを両手で押さえている限り恰好はつかない。
「・・・天羽百合よ。それで? “わたし”にどんな用事かしら?」
「アモー・・・不思議な音ですね」
「さっさと要件を言いなさい。喉が渇いたと言ったでしょう」
ヨシュカはわずかに視線を彷徨わせて、そして小さな声で話し出した。
「南での件、申し訳なく思っています。イーズの件も・・・あなたに心酔する人物が出てくる可能性はありました。でも、プリーティアの立場で外に出られる人物はそう居ない。あなたなら、他の人物が見落とすことも見つけてくれると思ったのです」
後悔を形にするとこんな声になるのかと思うほど、彼の声は震えて悲しげだった。
「イーズは現在、王都の神殿内で軟禁されています」
「どうでもいいわ」
え、と顔を上げたヨシュカが見たのは、不敵に笑う女だった。
「もう会うこともないし、どうでもいいと言っているのよ。大体、王都にはもっと酷い変態が居たじゃない。イーズとあなたの前任者を比べると、考えるまでもなくイーズのほうがマシだわ」
「どちらも最低なことには変わりありません! というか比べないでください!」
「そうかしら。まあともかく、どうでも良いわ」
彼女にとって、誰かが自分を特別に見ることはよくある現象のため、ちょっとオイタが過ぎた程度に思っている。薬品を使われたことには驚いたが、閉鎖的な環境で頭のねじがゆるむなんてことはよくあることだ。
そもそも一度彼女の手を離れた案件に、今更どう思うこともない。
「それで、あなたがわざわざここまで来た本当の理由は?」




