・・・たぶん
逃げた先は荒野のような庭。無駄に広いそこは、何もないからこそ遠くまで見通せた。
この屋敷の主はどのような気持ちでこの庭を眺めるのだろうか。百合はぼんやりと思う。
「お一人で行動されるのはどうなんです。あなたさっき、自分に懸賞金がかけられていることを言いましたよね?」
「あらいたの、コラード」
「・・・いましたよ」
コラードはこっそり百合の後をつけて、自ら護衛を務めていた。
彼から見た彼女が、どこか危なげな雰囲気だったからだ。
「この庭には何もないのね」
「・・・あなたには関係ありませんね」
突き放すような言い方だが、これには理由があった。
実はレオーネ・ヴィンツェンツィオが団長に就任して以来、何度もこの庭に草花を植えたが一度も実ったことがないのだ。
痩せこけた土地というわけでも、水不足というわけでもない。ただどうしてか花が育たない。レオーネ自身も花を愛でる余裕のある人物ではないので、このままでも良いと公言している。
だがコラードからしてみれば、この庭はレオーネそのものだ。
若くして妻を亡くし、目に映る全てに興味を示さないレオーネ・ヴィンツェンツィオ。
その心は今、どれだけ固いのだろうか。想像すらできない。
無駄話を好まない彼を、部下はとても心配しつつ尊敬もしている。
だからこそ、よそ者に彼の心を乱されたくなかった。
「あなたから見て、彼はどんな人なの?」
「尊敬できる方ですよ」
即答したコラードを百合は見上げた。男は目を合せないように、遠くを見ているように見えた。見えただけだ。本当は百合が気になって仕方がないのかそわそわと落ち着かない雰囲気に、彼女の口元が弧を描く。
「どこを尊敬しているの?」
「あなたは関係ないでしょう」
「あなた、結構彼が好きよね」
「はあ!?」
すっとんきょうな声を上げて、コラードは思わず百合をまじまじと見つめた。
そして後悔する。
「ほら、顔色が変わったわ。興味のない相手ならそんな反応しない」
「・・・何が言いたいんですか」
「レオーネ・ヴィンツェンツィオという人物の事は、わたくしにはよくわからないわ」
でも、と言葉を続けた。
「あなたのような人がいるなら、彼は大丈夫ね。オースティン・ザイルが心配していたようだけれど、杞憂だったと伝えておくわ」
それだけ言うと、足音も立てずその場を去った。
コラードは王都で何度かオースティン・ザイル団長を見かけたことがあるが、直接会話したことはない。もともと澄ました顔の色男と、しがない商人上りでは身分が違う。どのような場であっても軽口を叩ける相手ではないのだ。
その上レオーネもオースティンを気にかけていないので相手にするなんてことはできない。
「意外とおせっかいな女だ」
小さく呟いた彼の表情はどこか柔らかかった。
事態が動いたのは四日後の事だった。
酒場に出入りしていた謎の男が王都で捕縛され、尋問を受けている旨が知らされたのだ。似顔絵はすぐに街に届けられ、コラードが部下とともに聞き込みを行った。
「薬を流していたのは間違いないですね。ただ、やはり宿の女将が妙なことを言いました」
「そう。それで?」
高級茶葉を使った香しい紅茶を一口飲むと、百合は足を組み替えた。わずかに見えた白い足にコラードは呆れ顔だ。
「確かにこの人物で間違いないが、時々この男ではなかったように思うと」
「何故そう思ったのか、確認したの?」
「はい。男たちはとてもよく似ていたそうですが、一人は左耳に小さな黒子があったのに、似顔絵の人物には描かれていないと」
女将に話を聞いたとき、そういう情報はもっとはやくよこせ、とその時コラードは心の中で毒づいた。
「兄弟か、もしかして良く似た人物を用意したのでしょう。王都の騎士に任せればいいわ。今の情報は送ったの?」
「送りました」
「患者の様子は?」
「・・・症状は回復しませんが、新たな患者は出ていません」
どういった薬物なのか皆目見当もつかないため、海賊から押収した薬を一部王都に送っている。現在は解析待ちだ。
「では、わたくしたちにできることはもうないわね」
「まさか、このまま帰るおつもりですか?」
「わたくしたちの役目は、この街の奇病を調査すること。出来るなら解決すること。神殿の黒い噂を確かめること。ついでに、そこの表情筋が死んでしまった可哀想な団長さんが元気かどうか確かめることよ。役目はすべて終えたわ」
妙にすっきりした顔で言い切る女に、コラードはため息をついた。
「うちの団長の表情筋はたぶん死んでいませんよ・・・・・たぶん」
「ということで、バッカスを連れて西へ戻るわ」




