ピンクの露出狂!
バッカスは困っていた。
前日まで茶髪だったはずの大男が、今朝になったらピンクの露出狂に代わっていたのだ。確かに女性のような喋り方をしていたが、まさか変態とは思わなかった。
「どうかしら」
「ちょっと微妙ね。そのガーターベルト、もう少しシックな感じが良いかも」
屋敷の主は不在だったが、コラードやゼノン、フラジールにフェルディ、そして百合がいた。
広間で彼らはガルテリオ・ダリによる試着会に、強制的に付き合わされていた。
コラードが口元をハンカチーフで押さえ蹲り、ゼノンは興味がなさそうにお茶やお菓子の準備をし、フラジールは窓の外に向かって黄昏、フェルディは今にも倒れそうな青い顔で、楽しげな百合たちを見つめていた。
カオスだ。バッカスはその言葉しか浮かんでこなかった。
「じゃあ今度はこっちを試すわ!」
簡易試着室もどきをシーツで作り(もちろん家主には無断で)、その中でいそいそと下着を着替える大男は、背が高すぎて目に痛いピンクがよく見えた。
「何・・・してるの?」
「あらバッカス。ベビードールの試着会をしているのよ。全部ガルテリオのお手製なの、彼は将来服屋に転職したほうが良いわね」
にこにこと楽しげな女は、まるで何でもない事のように言いながら紅茶に口をつけた。王都限定超高級茶葉は、実はフェルディも密かに気に入っているようで、もう二杯も飲んでいる。
ゼノンが無言で、バッカスにもお茶を淹れてくれた。
「どうして男が着てるの?」
少年の純粋な疑問に、百合は真面目な顔で答えた。
「バッカス。素敵なものを身につけるのに、男も女も関係ないわ。それに、見慣れれば何でも平気になるものよ。フェルディを御覧なさい」
「ユーリ。確かに僕は見慣れていますが、いくらなんでもこんな場所では・・・」
もしこの街で、こんな格好で出歩けば、いつ通報されるか分かったものではない。南の街なら慣れた住人も多いが、下手をすれば頭が可笑しいとみなされて投獄されるかもしれないのだ。
「屋敷の中なら大丈夫よ、フェルディ」
「我々の精神が大丈夫ではありませんがね」
すかさずコラードが突っ込んだが、百合やガルテリオは涼しい顔だ。
「ユーリ! さあ、これならどう!?」
ほぼ布の面積がない、レースだけの姿で出てきた大男に、バッカスが眉をひそめて問うた。
「それ、乳首も隠せてないのに、着る意味あるの?」
フェルディが三杯目のお茶で盛大にむせた。
「お遊びが過ぎますよ。それに、少年に悪影響です」
フェルディが落ち着いた頃、ゼノンが静かな声で言いつつ、ほぼ全裸に近いガルテリオの首を絞めた。
「いやだわ、ゼノン。趣味趣向は誰にでも許されるべきよ」
ふふ、と愛らしい声にコラードが顔を上げる。
「限度があるでしょう! それにほら、あっちなんて現実逃避して精神がどこかへ行ってますよ!」
フラジールを指させば、緩い笑みを浮かべてぼうっと空を眺めていた。確かに精神が現実逃避しているようだ。
百合はしばらくそれを見つめ、そして口元に笑みを浮かべた。
「ねえフラジール。どれがわたくしに似合いそうかしら」
「・・・・・は?」
言葉を理解して現実に戻ってしまったフラジールは後ろを振り返り、ピンクの露出狂を見て固まった。
「おかえりなさい、フラジール」
にこにこと笑う彼女は、誰がどう見ても非道な人間だった。
「ごほん。いいですかユーリ、ガルテリオと仲良くしてくれるのは大変ありがたいのですが、今日ここに来たのには別の理由があります」
「あらフェルディ。これも大事な用だと思ったのだけど、違うのかしら?」
フェルディは咄嗟に違います! と叫んだ。叫んだ後で、ゼノンが射殺さんばかりの視線を向けてきていることに気づいてまた咳払いする。
「あなたに確認してもらいたものがあるんです」
そう言って、胸元から数枚の羊皮紙を取り出した。
「こちらをご覧ください」
そこには似顔絵が描かれていた。
「かの海賊たちの顔です」
「まあ、よくわかるわ」
似顔絵を描くことは技術が必要だ。だが芸術性は必要ない。特徴をきちんと表すことが必要なのだ。
そこには四人の男たちが描かれていた。
「この男が、あなたの宿敵なのね」
「わかりますか」
ただ一人。他の三人とは違う男がいた。
長い髪を無造作に束ね、睨み据えるように描かれた男は、他の誰よりも目力が強い。世界の全てを手に入れるという意思が絵から伝わってくるようだ。
「コラード。これを数十枚模写して騎士に配って。フラジール。模写されたものを一部王都へ送って。見つけ次第拘束するよう伝えなさい」
淡々と言いつつ、男たちの顔を覚えようと真剣に見つめた。
「数十!?」
「わたくしとセスに懸賞金がかけられているの。わたくしは西の神殿へ戻れば絶対に安全だけれど、セスは危険だわ。危険の芽は早急に摘み取ります」
そこには確固たる意志があった。
フラジールは優雅に一礼し、コラードも真剣な顔で頷いた。フェルディやガルテリオも心配げな顔をする中、状況をあまり理解していないバッカスはきょとんと眼を瞬かせ、ただ一人、ゼノンだけが分かりやすく不機嫌な表情を作った。
「懸賞金の事は、いずれそうなるだろうと予想しておりましたが・・・あなたはどこでそんな話を?」
ハッとした顔で百合が彼を見上げれば、燃えるような赤い瞳が射るように見つめていた。
「あなたと離れている時に教えてもらったのよ」
「ほう?」
「そんなことより、早く行動したほうがいいと思う」
フェルディが見かねて助け舟を出すと、今度は彼に食って掛かった。
「そんなこと、ですか。そうですね、それにしてもいつの間に名を呼ぶようになったのでしょうか。昨夜まではそんな素振はなかったと思いますが。まさか私がお茶を淹れている間に口説いたんですか? 随分と手が早いですね。流石は海賊です」
部屋の空気が、見えない岩に押しつぶされるように重くなった。
ただ一人バッカスだけが状況を理解できない。
「名前なんてどうでもいいじゃん。僕だって名前で呼んでるよ、何が悪いの?」
これこそ天の助けだろうか、フェルディは内心ホッとした。
「そうですよ、細かいことに目をやるなんて、つまらない男ですね」
「海賊風情の分際で、神聖な方に近づこうとするからでしょう? どうです、そこの変態共々じっくり鏡をご覧になっては」
「はは、鏡は一応毎日見ているよ。ガルテリオのせいで船が鏡だらけでね、嫌でも目に入るんだ」
見られる自分を意識するのは大切よ! と後ろで叫んでいる男を無視して、ゼノンが鼻で笑う。
「でしたら、ご自分の状況をもう少し理解なさったら如何ですか?」
「理解しているよ。でも、彼女から友人だって言ってもらったしね」
勝ち誇ったような笑みを浮かべると、百合をそっと見やった。しかしそこに女の姿はない。
「・・・あれ?」
「え」
そう、彼女はとうの昔に逃げ出していたのだった。
「ユーリならさっさと出てったよ、二人とも気付くのおそっ!」
バッカスがバカにしたようにけらけらと笑った。




