とても寂しげに見えた
「君はあの海賊の事を何か知っているか?」
「生まれが同じ国という事だけで繋げないでもらえますか。不愉快です」
今、ゼノンはローブを脱いで黒い服だけだ。そうすると闇に溶けてしまいそうに見えた。
「でも君は元貴族なんだろう。何か話ぐらいは聞いているんじゃないのか?」
ゼノンの眉がぴくりとはねた。
「あなたに情報を提供すれば、今後一切彼女に関わらないと約束しますか」
フェルディは、その問いにゆるく頭を振った。
「それはできない」
「あなたは海賊で、彼女はプリーティアです。本来なら近付くことすら許されません」
そんな正論は彼自身が一番理解している。それでもフェルディは百合の友人でありたいと思っていた。
「彼女に近付くなと言われない限り、彼女の友人でありたいんだ」
凪いだ海のように、とても静かな声だった。それはどこか百合に近いような印象を持って、ゼノンは密かに動揺する。
「・・・戦場で、娯楽として噂を少々。他国を荒らしまわっている海賊がいて、その海賊は無謀にも国を買うつもりだと。理由を聞けば、女のためだと聞いたことがあります。その頃は、その意味が理解できなかった」
愛する女の祖国を買い取る。それが海賊アファナーシー・ニキータの目的であり、その目的のためならどんな犯罪も厭わない。
暴力略奪凌辱人身売買は当たり前。裏の世界では有名すぎるほど有名で、各地で恨みをかっているという話だ。
何故愛する相手の国を買うのか、あの頃のゼノンには理解できなかった。
しかし現在は時折思う。愛する相手の全てを手に入れる方法の一つかもしれないと。そしてそれは、愛が深ければ深いほど理解できるようになるのかもしれない。
「その女がもう生きていないとしたら、どう思う?」
「はて、私の事ではないので」
だがフェルディが言う様に、もし相手がもう居ないとすれば、それは狂気だ。
死しても尚、相手を追い求める男の狂気に、ゼノンは言いしれない不気味さを覚えた。
「とりあえず、彼女には合わせないようにします」
「そうだね。だが」
あいつが彼女を狙っているようだ。その言葉に、ゼノンが苦虫を噛み潰したような顔になった。
「ということで、君には今後より一層護衛に力を入れてもらいたい」
「・・・わかりました。忠告感謝します」
「言いたいことはそれだけなんだ。こんな時間にすまなかった」
「いえ。では私はこれで」
フェルディはゼノンの後姿を見つめたが、本当に闇の中に溶けた様にいなくなってしまった。
「君はアサシンにぴったりだと思うんだけどな」
あの黒い姿は海上では目立つが、陸では便利だなと思いつつ足を一歩踏み出した。少しして、黒髪の聖女が月夜に照らされているのを見て歩を止めた。
美しいが、同時にとても寂しげに見えた。
「こんばんは、プリーティア」
「・・・こんばんは、フェルディ」
鈴の音のような愛らしい声はいつもと変わらない。
「お話はできて?」
「はい、あなたの護衛を勝手に借りてしまいすみません」
ふふ、と彼女は楽しげに笑う。
「今回はわざわざ来てくれてありがとう。セスに聞いたのかしら?」
「鷹便で。よほどあなたを心配したのでしょう」
「・・・そうね。正直、彼が居ないから今回はとても気をもんだわ」
それだけ心強い存在なのだ。
「バッカスの件ですが、アファナーシー・ニキータの件が終われば、正式に引き取りたいと思います」
「あら」
百合はぱちぱちと瞬きした。そうすると途端に幼く見えるので面白い。フェルディは、ふっと笑みを浮かべ見つめた。
「終わるの?」
「実はセスが手伝ってくれていまして、今までなら絶対に出てこなかっただろう証拠や証言がぞろぞろと。ただ一つだけ心配事があります」
フェルディは止めていた歩をゆっくりと進めだした。あと1メートルという距離で彼女の前に立つ。
己よりも小さくて華奢な体は庇護欲がわくものだ。相手が愛らしい顔をしていれば尚更。
海賊は奪うもの。けれど彼女を奪えば、この優しい笑みや声は二度と手に入らないだろうと戒める。




