警備体制見直してくださいよ
オステンの神殿長は王都で審議にかけられることとなった。
代理は王都からやってきたプリーストが務めるようで、しばらくは落ち着かないだろうということだった。
同時期、病にかかる街人がぴたりと止まった。
「なんらかの薬物を服用していたのでしょうね。フェルディたちの証言もあるし、まず間違いなくアファナーシー・ニキータという人物が関わっているのでしょう」
「その人物については私も調べてみましょう。祖国の者が何か知っているかもしれません」
日が暮れる前に、百合たちはレオーネの館に戻った。バッカスも一緒だ。
「・・・いいえ。あなたがそこまでする必要はないわ。報酬もかねてヨシュカ・ハーンに調べさせましょう」
ギョッとしたのはコラードとフラジールだ。どこの世界に王都の神殿長を顎で使う女がいるのか。
「謎の男の正体も分かるかもしれないし」
海賊の存在が明らかになった今、捜査も進展してきている。情報を整理するまでには多少の時間がかかるため、この日はここで休むことに決めた。
「バッカス。今宵はどこで休まれますか、よければ私が借りている部屋を・・・」
「ユーリと一緒に寝るからいい」
バッカスはフラジールの申し出を瞬時に断って百合に抱きついた。
「ね、いいでしょ?」
「もちろんよ」
嬉しげに抱き着く姿は、どこか母親に甘える子どものようだった。これにはゼノンやフラジールも文句は言えない。
「足の具合は大丈夫なようですが、問題はこの世界に対する知識の乏しさでしょう。明日からは私の部下が講義しましょう」
コラードは興味がなさそうなそぶりで言うが、その実バッカスが気になって仕方がなかった。
彼が、というよりは彼の持つ異世界の知識だ。
「それには及ばないわ。フラジール、面倒を見て頂戴」
「承知しました。私にお任せください」
フラジールが胸に手を当てて仰々しく腰を折った。それを見てバッカスがかっこいいと騒ぎ出した。
「バッカスにも教えてあげますよ。綺麗に出来ると女性たちが喜びます」
「僕もかっこよくなれる!?」
「もちろん」
診療所で子どもに慣れているフラジールは、少年の心をつかむ方法を心得ていた。その様子にコラードが悔しげな顔を見せる。
「バッカス。そろそろ休みましょうか」
「うん。ねえ子守唄うたって」
「いいわよ」
百合とバッカスは手を繋いで出て行った。誰もがその後ろ姿に癒された。
「まるで家族みたいですね」
「似たようなものでしょう」
同じ世界からやってきた人間が二人。仲良くなるのは当然に思われた。
その夜。百合は部屋にバッカスを招き入れ、彼のためだけに子守唄を歌った。
「海賊はやめて山賊に転職してみては如何です」
荒野のような庭をぼうっと眺めていたフェルディは、ゼノンの刺々しい声を聞いて我に返った。
自主的に見回りをしていたゼノンが見つけた形だが、警備不足に溜息が出そうだ。
「海が好きなんだよ。だから山賊にはならないかな」
「では他人の屋敷に侵入するのはやめなさい」
夜のとばりが下り、草木も眠る頃。フェルディはレオーネ・ヴィンツェンツィオの屋敷の庭に侵入していた。
「そうだよね」
うん、ごめん。と頷く男に、ゼノンの眉間の皺が深く刻まれる。
「でも君に会いたかったんだ」
「・・・彼女ではなく、ですか」
獣が唸るような低い声には疑心があった。
「彼女が居たら君の話が出来ないだろう?」
「男に興味はありません」
「・・・そういう意味ではない」
フェルディも嫌そうに眉をひそめた。




