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麗しのプリーティア  作者: aー
第二章
79/203

海の藻屑になればいいよ

「なああんた、どっから来たんだ?」

 その時、二人の近くに座っていた他の旅人が、一人の男に声をかけられた。

 白髭まじりの旅人が気のよさそうな顔で返事をする。

「俺はずっと西の方から来たのさ」

 西と聞いて、フェルディの動きがわずかに止まった。旅人に目をやると、ハッとしてガルテリオを見た。彼も小さく頷く。

「じゃあこれは初めてかい?」

「なんだい? そりゃあ・・・」

 ガルテリオがそっと立ち上がり、旅人たちに近づいた。二人からは酒の臭いが漂ってきて眉をひそめる。

「この街で流行ってるんだ。どんな疲れも一瞬でふっとんじまう優れものでな。あんたは初めてみたいだから俺のを譲ってやるよ。これからも旅を続けるんなら持っときな」

「ほお! そりゃあ、ありがてぇ。あんたも旅は長いのかい?」

「ああ。俺もずっと旅をしてるんだ。これは酒と飲むと効果があるぜ」

 ありがてぇ、と喜ぶ旅人は、さっそくそれに手を伸ばした。

 白い包みに入っている粉薬のようだ。それを口にしようとした瞬間、ガルテリオの武骨な手が止めた。

「はぁい、ちょっと待ちなさい」

「んが!?」

 旅人は驚いて包みを落とす。それを拾ったのはフェルディだった。

「すまないが、こちらは手を出さない方が良い」

 優しい笑みを浮かべてちゃっかり胸元にしまうと、彼は男の方を見た。男は瞳をこれでもかと開き、驚きで声がでないようだった。

「やあ、久しぶりだな」

「いやん、フェルディ。先月会ったばかりよ」

「そうだっけ。雑魚は覚えないようにしていたから忘れていたよ」

 甘い顔立ちに似合わない台詞に、男が一歩下がった。

「君のような海賊がこんなところで何をしているのかな? 薬売りなんて似合わないね。君のお頭、ここにいるの?」

「か、海賊?」

 旅人は、こりゃあヤバいと呟いて席を移動した。店に居た他の客も、彼らの言動に注目するが絶対に近づかない。

「でも嬉しいよ、会いたいと思っていたんだ」

 柔らかな声とは裏腹に、フェルディの灰色の瞳が黒く染まっていくようだった。

「早く言いなさいよ。うちのお頭切れるとヤバいって知ってるでしょ」

 いつの間にか背後をガルテリオが抑え、逃げ出そうとしていた男を羽交い絞めにする。

「ぐえっ」

「大丈夫。ここで言い難いならよそで聞いてあげるよ」

 むしろそちらの方が怖いと思ったのか、男が急に暴れだした。

「離せクソッ! この男女が!」

 ゴッと鈍い音が辺りに響いた。

「ガルテリオ。それじゃあ会話出来ないよ」

「あらん。いやねえ、こんな頭突きぐらいで気を失うなんて」

 おほほと笑う彼を、他の客たちが引きつった顔で見ていた。それに気付いたフェルディは、やれやれと小さくため息をつく。

 そして手を伸ばした瞬間、その人物は現れた。

「・・・お楽しみ中申し訳ないが、その男の尋問なら我々に任せて頂けますか」

 テノールの低い声。聞き覚えのある声に、ガルテリオの瞳が輝く。

「ゼノンじゃない!」

 絞め落とした男を床にぽいっと放り投げ全速力で突進した部下に、フェルディがぎょっとして見やる。

「ご無沙汰しております。邪魔です」

 丁寧なのかそうでないのか、ゼノンはイノシシのように真直ぐにやってきた相手を、左手の掌だけで横に押し、見事に投げ飛ばした。

「あの・・・非常に言い難いんだけど、前にも言ったように、あまり部下に手荒な真似はしないで頂きたい」

「ではきちんと教育してください。彼女にもこんなふざけた真似をしたら、その瞬間、この男の首を飛ばしますよ」

 脅しではない本気を感じ取って、思わず溜息が出る。

「君がプリーストだとどうしても信じられない・・・ところで一人かい?」

「いえ。外に王都から応援に来た他のプリーストが居ます。あなた方の姿が見えたので追ってきました」

 そして彼は何事もなく立ち上がったガルテリオを見て、やはりこいつは化け物ですねと呟く。

「今日こそそのマント、取ってもらうわよゼノン!」

「分かりました。その前に騎士団へお越しください。変質者として訴えて差し上げます」

「やだっ、いきなりデートのお誘いなんて! あ、でも、まって、今すぐ心の準備をするから」

「必要ありません。私について来てください」

「何それプロポーズ!? どうしようフェルディ、あたしったら、どうすればいいと思う?!」

 かみ合わない会話に、フェルディもゼノンも深くて重い溜息をついた。

「海の藻屑になればいいよ」

 フェルディはこの日人生で初めて、部下の事を心の底からそう思った。


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