バッカス・メイフィールド
鳥かごは、白っぽい骨組だが、良く見ると竹のような素材で出来ていた。だがどれだけ探しても扉がない。
男は百合に気付かない様子で穏やかな寝息を立てている。
ミルクティーブラウンの柔らかそうな髪。鼻も高く肌も西洋人のように白い。睫毛に至っては銀色だ。話に聞いていた印象とはだいぶ違うが、彼が迷い人で間違いないだろう。
だが想像より幼かった。
随分前に来たということは、少なくとも成人しているはずなのに、彼はまだ少年のように見えた。
百合はそっと手を伸ばすと、ギリギリ彼の頭に届いた。腕が痛いが気にしない。
指先が頭に触れても彼も目を覚まさない。
「どうしてここにいるの?」
周囲に気を付けながら小声で話しかけるが反応もない。
手を伸ばして頭を撫で、もう一度同じ言葉を投げかけた。
「どうして、ここにいるの?」
「・・・」
彼はうっすらと瞳を開けた。そのまま百合を見上げる。格子越しにある存在に、驚いたように目を見開いた。
「わたくしはユーリと呼ばれているの。ここに来たのは初めてよ。あなたは、だあれ?」
幼子に話しかけるように言葉を紡げば手を伸ばしてきた。
格子に触れると思われた瞬間、それは音もなく、人一人が入れるくらいの隙間ができた。男は無遠慮に彼女の腕を引き、百合は引かれるままに鳥かごの中へ入った。
「これが、あなたの力なの?」
そのまま百合を抱え込んで横になる。ぼふっと音が響いた。かごの中にはたくさんの花と、花びらがあった。それがまるで舞う様に揺れる。
「きみ、誰」
大人の男にしては少し高めの声。しかしかすれていて聞き取り難い。
「ユーリよ」
「それは呼び名。きみの名前じゃないでしょ」
彼の瞳は、角度によって色彩を変えた。初めは深い緑のようにも、茶色のようにも見えたのに、真横にあるそれは黄色く光っている。
なるほど、落ち葉色とはよく言ったものだ。
「あなたの名前を教えてもらっていないもの、わたくしだけなんて良くないわ」
「・・・もうどうせ、誰も呼ばない」
その男は若いようにも見えたし、とても年老いた人のようにも見えた。
「天羽百合よ、日本人なの。あなたは?」
日本人と言った瞬間、彼はとても驚いて体をわずかに揺らした。しかし手は絶対に離そうとせず、彼女を抱きしめたままだ。
「・・・バッカス・・・バッカス・メイフィールド。イングランド人だよ」
「そう」
イングランドってイギリスの一つだっけと考えながら頷く。
イギリスは四つの国から成り立つ連合王国だ。日本人がイメージするイギリスは、大きな時計塔とロンドン橋。カラフルな国旗。紅茶と紳士の国。でも食事は不味い。
「・・・食事は普通においしいよ」
心を読まれたのだろうか、瞬きすると彼はそっと視線を逸らした。
「日本人は食事にうるさいってママに聞いたことがある」
「美味しいものが好きなだけよ」
否定はしないが。
「あなた、いつからこの世界に居るの?」
「わかんない。もうずっといる」
随分と幼い話し方だ。
「あなたは喋れないって聞いたことがあるのだけど」
「なんで僕が喋る必要があるの? それに、ここの連中はおかしい」
警戒心から、あえて口を閉ざしたのかもしれない。
「そうね。かなりおかしいと思うわ。でも、あなたはどこがおかしいと思ったの?」
「僕を外に出さないんだ。昔勝手に出ようとしたら凄い高さから落ちて足が折れた。でも治療は出来ないんだって。ここには専属のお医者様がいないから」
言われて、百合はそっと体を起こした。彼の足は普通に見えるが、先程からあまり動いていないようにも見える。
そして気付く。百合と彼の身長にはほとんど差がなかった。
「癒しの力は使ってもらったの?」
「何それファンタジー?」
「・・・こんなファンタジー満点の鳥かごに入っていてよく言ったものだわ」




