隠し事はやめましょう
常に、誰にでも親切な友人が、実は酷い人間嫌いだったことに衝撃を受けたのは大学二年の夏だった。
割が良いとはあまり言えないバイトだった。時間が空いたから手伝っただけだったが、デパートの屋上でミニスカートをはいて風船を配る百合の横で、彼女はピンクのウサギのキグルミを着て踊っていた。
真夏にキグルミ。そしてキレのあるダンス。百合は初めてその友人を尊敬した。
本当に楽しそうに踊るのね、と声をかけると、仕事だからねと冷めた台詞が返って来た。
大学で会う彼女はいつも楽しげに笑っているが、バイトの休憩中、彼女はどこか鋭利な刃物を思わせる冷たい目をしていた。
もしかして子どもが嫌いなのかと問えば、自分以外の人間は好きじゃないよと返って来た。
そうか、私の事も好きじゃないのか。百合は密かに納得した。
どんなことでもそつなくこなし嫌な顔一つしない彼女だったが、誰にでも優しく振る舞うのは、本当は誰にも興味がないからなのだと、その時初めて気付いた。
彼女の実家は百年以上続く老舗で、物心つく前から接客を叩き込まれたらしい。
商売の基本は状況をよく見極めること。情報をより多く集めること。どんなに勝ち星挙げているように見えても最後の最後まで決して気を抜かないこと。けれどそれを悟られてはいけない。どこで誰が見ているか分からないから。
何よりも相手をよく見ること。相手の本質を確かめたいときは、その人物が何を言えば怒るのかを見ておくと良い。
常に全力なんて、間違ってもしちゃいけない。全力で取り組むというのは、聞こえはいいが余裕がないのと一緒だ。
雑談でそう教えてくれた友人の顔をぼんやりとイメージする。もう何年も会っていないのに、あの友人の事はよく思い出せた。
老舗となれば色々事情もあるのだろう。
彼女は絶対に実家に近寄ろうとしなかったから、きっと何かあったのだろうが、今の百合に知るすべはない。
けれどもし、女将と同じ発言を彼女がしたら、きっとその言い分を信じる。
何かを極めた人は、人とは違う視点で物事を見られる人だから。
「いいえ。とにかく覚えておきましょう。それに怪しい人物であることは変わりないわ」
「正直手詰まりです。これ以上は我々では・・・」
珍しく弱気になっているコラードに目を向ける。中年男性が背中を丸めている姿は哀れだ。
「諦めると言うのならば、わたくしたちは帰ります」
「そこまで言ってませんよ!」
「なら努力なさい。ここで諦めるなら病は終息しないし、人々に安寧は訪れない。そもそもこれ以上他の騎士団の力を借りて、あなたたちは本当にいいの? 気に入らないから隠し事をしているのでしょう?」
何故地面を歩かせないのか。何故、武器を取り上げるのか。騎士団と神殿の関係性に深い溝が存在する理由を、まだ教えてもらっていない。
「確かに手詰まりね、でもまだ、道はどこかにあるはずよ」
百合やゼノン、フラジールの気持ちは一つだ。
早く心休まる場所へ戻りたい。あの白亜の神殿へ。あの少し残念な団長が居る騎士団へ。あの花々咲き乱れる美しい街へ。
コラードがぐっと唇を噛締める。
そして、質問の答えはレオーネ・ヴィンツェンツィオがもたらした。




