毎回違う人のように見えた。
「わたくしお腹が空きましたの」
「ソウデスネ」
コラード・エステは先程、無言の暴力に襲われて一日分の気力を使い果たしたばかりだった。
「はあ。あなたの名前を知ってしまったばかりに変態あつかいですよ。団長には無言で睨まれるし、フラジール殿はまるで汚物を見るような目で・・・このゼノンとかいうプリーストはいったいなんなんですか?」
「そんなことより、何か甘い物が食べたいわ」
百合とゼノン、そしてコラードは彼女の部屋の扉を修復していた。
「釘を取って頂けますか」
「まさかこんなつまらない理由で団長に・・・ああ、いやだいやだ」
ぐちぐちと文句を言いながらも、コラードは細長い釘を一本ゼノンに差し出した。
ガン、ガンと力強い音が屋敷内に響いている。
百合はもちろん手伝わず、そんな二人を眺めている。
「あの団長が無言なのはいつものことでしょう?」
「いやいや! さっきのは絶対に怒ってましたよ!」
「そんなに大きな声を出さなくても聞こえているわ。ねえ、お菓子はまだかしら?」
なんて我儘だ! コラードは心の中で盛大に怒鳴りつけた。怖くて口には出せない。
「少しお待ちください。後でケーキを焼きますので」
「今食べたいの」
「太りますよ」
「・・・あとで良い」
むっと頬を膨らませ、いつになく女の子らしい発言に、コラードが深いため息をつく。
「大丈夫ですよ、多少太っても運んで差し上げますので」
ゼノンが脳天を、百合が脇腹を力いっぱい殴った。
さてその夜。予定を大幅に変更したため、一日のノルマが終わっていなかった面々は、屋敷の中で資料の確認を急いでいた。
コラードが声に出して情報を伝え、フラジールが街の地図や羊皮紙に書き出し、ゼノンが時折おかしな箇所を指摘する。
流石にフラジールとゼノンは戦況を見ることに長けており、逆にコラードや百合は二人の意見に頷くだけだ。
ただ一人レオーネだけが無言を通している。
「それにしても情報が偏っていますね。それに謎の男はどうなったのですか?」
ゼノンの疑問に百合が続けた。
「なにか手がかりはないの? せめて顔でもわかれば・・・」
似顔絵などはないのかと問えば、コラードが首を横に振った。
「男の顔をハッキリ覚えている人間がほとんどいなくて・・・宿の主人は、若くて髪が長かったと。あと言葉の訛りがなく、品のある青年だったと」
「手掛かりにはならないわね」
見た目も口調も意識すればある程度操作できる。
言葉の訛りだけは無意識で出ることがあるが、それだって訓練で変えられる。
「酒を提供していた店は?」
「それが、女連れだったため、邪魔しないようにとあまり相手の顔を注視することはなかったようです。といっても、女将のほうはむしろ興味津々で見ていたようです。ただ、奇妙なことを言っていました」
毎回違う人のように見えた。
三人の子どもを産み育てた女は、酒場の女将になって数十年。人を見ることには多少の自信があったらしいが、その男にはどこか違和感を覚えた。
具体的に言えることではない。ただ、毎回なにか違うようだったと。
「その情報、案外大事かもしれないわ。メモを残しておいてね」
「しかし、一月に一度程度しかこない客なんですよ? 違う様に見えるのは当然では?」
コラードの発言は最ものように聞こえるが、本物の商売人というのは人をよく見る生き物だ。人を知らなければ商売なんて出来ない。
それを長く続けていくつもりがあるのならば尚更だ。
百合は学生時代の友人を思い出していた。




