思わず二度見
それからしばらくして、3名の看護師がやってきた。看護師と言っても給料はほとんどでない、貧しい仕事だ。どうやら神殿の敬虔な信者らしく、美しいプリーティアと力強いプリーストを見て感動したように打ち震え跪いてしまう。
騎士たちはそろってギョッとしたように固まったが、慣れた反応だったのか、二人は鷹揚に頷く。
「皆さまはじめまして、わたくしはエメランティス神殿のプリーティア、ユーリ。こちらはプリースト・ゼノン。この街の方がお困りと聞いて神殿より参りました。わたくしに、詳しく教えて下さる?」
おっとりと、優しい声でゆっくり話していく女が信じられなくてオースティンは二度見する。目もこすってみるが、ゼノンに眉を顰められたので固まった。
ふくよかで年配の女性の看護師が涙を流しながら頷いて、しわくちゃの手を伸ばしてくる。ユーリは優しい笑みを浮かべて彼女の堅くしわだらけの手を握った。
「ああ、プリーティア様! どうか、どうか街の人々をお助け下さい! もう何人も小さな子供たちが命を落としました! どうして子どもばかり!」
泣き叫ぶ彼女に追随するように、まだ年若い女の看護師が言った。
「あの大きな工場が出来てからなのです! 空気は汚れ、水は汚れ、小さな、か弱い命が消えていく! でもっ、工場があるから生活できる者もいるのだと説得され、人々は無理やり納得しているのです。プリーティア様、どうか子供たちをお助け下さい」
最後に、年老いた男の看護師が言った。
「せめて、皆のために祈ってくださいませ、プリーティア様! ああどうか、彼らの心を少しでも・・・」
全員が涙を流し、驚くほど悲しげな、世界に絶望しそうな顔でユーリにすがった。
「わたくしたちは神ではない。できることに限りがあります。けれど、祈りの歌をささげましょう。一人でも多くの者に癒しと安らぎを」
そう言って辛抱強く一人一人の声に耳を傾けているユーリは、先ほどまでと違い本当に聖女に見えた。
その馬車は騎士団のマークが刻印されていた。4人乗りで、ユーリとゼノンが隣同士に座り、オースティンとフラジールが窮屈そうに並んで座っている。クッションも何もない固い木の感触に、けれど意外にもユーリは文句を言わなかった。
「これまでの話をまとめると、被害状況が確認され始めたのは半年ほど前から。以前と比べると水も空気も悪くなった。原因は特殊な薬を作る工場。工場を管理しているのは錬金術師で一般人の苦情を理論的にやり込めてしまう。患者の症状としては原因不明の咳が数時間から長くて数日以上続く。子どもやお年寄りが発症しやすく、働き盛りのものには発症しにくい・・・・熱が出る場合もあるが、ほとんどの場合発熱はなく、体力の消耗が激しく死に至る」
淡々とまとめていく女は「飛沫感染はなさそうね」と一人納得しているようだった。
「原因解明には、工場を管理している錬金術師に話を聞く必要がありそうだわ」
「現在は錬金術師が不在で、十日後あたりには戻るとのことです」
「その薬を作ることは国が推奨しているかしら?」
「いえ、とある錬金術師が個人の財産で作った施設です」
個人の財産で工場をつくるのが科学者なのかと納得していると、フラジールが心配そうにユーリを見た。
「何か工場に気になる点でも?」
ユーリはちらりとフラジールを見上げ、わずかに頷いた。
「王都から関係のない錬金術師を呼んで。もしかして人体に悪影響を及ぼす何かを使っていて、それを理解した上で隠しているかもしれないわ。本人たちに聞いても無駄なら別の人にきくしかない。しばらく居ないというのも嘘かもしれないし」
「了解致しました。では後程王都へ連絡しましょう。さいわい、私の知り合いにも錬金術師はおりますので」
無料で来てくれるわけでないが、このくらいは必要経費として落ちるだろうとフラジールは考えた。隣で項垂れている上司はこの際無視するとしても、ユーリと名乗った女は本当にすごい。冷静な思考と傲慢なまでの美しさと態度。きっと元の世界では裕福な家庭で育った貴族の子女なのだろう。
もしかしたら婚約者や、夫が居たことも考えられる。少々幼く見えるが彼女の自信にあふれた瞳は決して子どものそれではない。このような女がいきなり世界規模で迷子になって知らない所で知らない男の隣に素直に収まるはずはない。
「プリーティア」
「なぁに?」
甘く優しい声は耳に心地よい。
「貴殿の世界にはこのような症状は見られたのだろうか?」
「・・・心当たりならあるわ。けれど覚えておいて、私は治療薬を作る知識まではないわ。もしも私が考えている通りの病だとして、発作症状を起こさない行動の仕方ぐらいしか知らないの」
それでも十分だ。
「この世界には錬金術師が存在しているのでしょう? 今後このような例はいくつも出てくる可能性がある。国を挙げて医療の分野を伸ばしていくことをオススメするわ」
よくわからないことでいちいち神殿を頼られても困る。あくまでも神に仕えるのが彼らの仕事なのだから。
「・・・簡単に言う」
ぼそっと呟いたオースティンに、ユーリは冷めた視線を向けた。
「錬金術師はあらゆる面で優遇されているのでしょう。なら、どんな事態に陥っても対処できるだけの知識と技能は持っていると判断されるわ。この程度の問題を解決できなくてどうするの。一つ露見したということは、他のものも今後出てくるかもしれない。国を挙げて注意深く観察すことは、ひいてはこの国の未来につながるの。あなた、そんなこともわからないの?」
それでも難しい問題だった。
もともと国には多くの貴族がおり、それぞれの領地を守っている。騎士団とはいえ、その領地に無断で何かをすることまでの権限はない。領地を治める貴族は、その街にとってみれば国王のような存在だ。小さな王は、簡単に首を縦に振る者ばかりではない。
「だがっ」
「あなた、騎士団長を名乗っていながらなにも出来ないの? 出来ないと決めつけるのは全てを失ってからにしなさい。何のために騎士団に入ったの? 恰好がいいから? お給料が良いから? 女性にちやほやされるから?」
「俺はっ!」
「成すべきことをなしなさい。それが力あるものの努めよ」
やはり貴族か、王族につらなるものに違いない。フラジールは一人納得した。
「その件はこちらを調査しながら行いましょう。それでプリーティア」
「何かしら」
「なぜ、神殿に入られたのですか? あなたほどの知識と度胸を持っていれば、どんな場所でも生きていけるでしょう」
「何を言っているのあなたは」
はて、とフラジールは首を傾げた。
「楽が出来るからに決まっているじゃない」
それは予想外の回答だった。