行く先々でトラブルに巻き込まれる
「うぅ・・・き、気持ちが悪い・・・」
「いったい何しに付いて来たんですかあなたは」
幼少より高所恐怖症だったフラジールは、目的地に着くころには目を回していた。口元を両手で押さえ蹲っている。
「ぜ、ゼノン・・・水を・・・」
「持っていませんよ」
即答したゼノンの代わりに、コラードが水筒を差し出した。
「言い忘れましたが、街では奇妙な噂がありましてね。決まった店以外で飲み水を買ってはいけないという話です。病が流行りだす少し前の事ですよ。現在では噂は終息していますが、騎士団では飲み水を全て一度熱処理してから使用しています。あなた方もあまり外の水を飲まないように」
「・・・水が豊富なはずなのに、水を飲むなというのは不思議ですな」
フラジールが悔しそうな顔で水筒を開けた。一口飲んでコラードに返す。
「こちらにも色々あるのですよ」
「そんなことよりも、ここはどこかしら?」
「この街の住人は診療所に大事な身内を預けることはありません。本日お会いして頂くのは軽症の者です。名前はエステラ。年は22。宿屋で働いていましたが数日前から症状が出ました」
住居は地上3メートルの位置にあり、そう高い印象はない。
「わたくしをその人のもとへ運んで。ゼノン、フラジールを頼みますよ」
「まさか! お一人で行かれるなど危険です!」
これにはさすがにゼノンも反対した。
「このコラード・エステがついているのだから大丈夫ですよ、心配性なプリーストですね」
行く先々でトラブルに巻き込まれる百合を心配してのことだが、事情を知らないコラードが呆れたように言った。
「上へ」
「はいはい、捕まってくださいよ」
適当な返事をしながら、しかしコラードはとても優しく百合を抱え込んだ。
「私はこれでも紳士ですので」
「お黙りなさい。今は患者が優先です」
「・・・」
コラードはしばらく口をつぐんだ。
二人がエステラの部屋に入るのを見届けたフラジールが深いため息をついた。周りにはコラードの部下たちもいる。
ゼノンは声を潜めて尋ねた。
「あのコラードという男、信用はできるのですか」
「仕事に関しては手を抜かない男だ。だが信頼は出来ない。この街には最近あまり良くない噂が多くてね。うちの団長も心配している」
「仲が悪いのでは?」
今日はよく喋るなと思いつつ、フラジールは素直に教えてくれた。
「本人たちは別に嫌い合っていないよ。だがまわりが勝手に騒いでしまう。どこまでも対照的だからな」
「対照的ですか。そうは思いませんでしたが」
「家柄、立場、得意分野。様々な面で対照的とは言える。だが周りが思っているほど彼らは暇ではないのだよ」
それでも今回わざわざフラジールが付いてきたのは、一重に危険があると判断されたからだ。
「・・・ところで。この街のどこが、危険なのですか」
「先ほど武器を取られそうになっただろう。私も今は短剣しか持たせてもらえていない」
騎士の命ともいえる剣を没収され、街中を自由に歩かせない状況は異常だ。
「それに、この街では危険な薬物が流行っているらしい。王都や他の街には流通していないが、それを服用すると別人のようになるそうだ」
「薬ですか。本当にセスを呼ぶことは出来ないのですか?」
フラジールはしばらく考えて、そっと頷いた。
「・・・私の方で何とかしてみよう。だが、難しいことは変わらない」
そんな会話をしていると、二人の前に音もなくコラードが降り立った。
「アサシンに向いているのでは」
「あなた本当にプリーストですか? ・・・プリーティアは患者を調べるために部屋に残りました。ああ、そんな物騒な顔で見ないでください。男に見つめられても嬉しくありませんよ」
茶化したような言い方だが、どうやら頑としてゼノンを部屋に上げるつもりはないようだ。しばらく二人が睨み合う。
フラジールや他の部下たちがこっそりため息をついた瞬間、それは現れた。




