熱烈(?)な歓迎
東方騎士団団長レオーネ・ヴィンツェンツィオは数年前に妻を亡くしてから、もともと少なかった口数がさらに減った。
黒と緑を基調とした制服を纏い、日がな一日デスクワークに追われ、時折運動不足解消として部下たちを扱きに行くことが日課だった。
近頃、東の街オステンでは奇妙な病が流行っていた。病と言っても伝染するものではなく、身体に突然湿疹ができることも、咳が止まらなくなることもない。
ただ、患者は皆一様に「己はもう死んでいる」と呟き、大半が寝たきりに。残りは毎朝墓場へ通い、それに気付いた家族に連れ戻されるという症状があった。
死んでいると言った通り、表情は一切動かず死人が動いているような勘違いをしそうになるが、その体は暖かく生きている人間のそれだった。
レオーネは彼らの顔を思い出して、わずかに眉をひそめた。
「団長。本日も墓守から通報が入っています。先程7名が墓場で発見されました。うち4名は連れ戻されましたが3名は現在も“自分の墓”を掘っているようです」
東方騎士団副団長コラード・エステは、いつものように淡々と報告を読み上げる。
もとは商人の出だが剣技に優れ各地の情勢にも詳しく、また貴族とのつながりも深いため騎士団に入団した後、昨年37という若さで副団長の座に就いた。
貴族ではない者がこの若さでそれなりの地位に就くことは大変珍しい。その自負があるのか、コラードは時折他者を見下すことがある。
「・・・」
「それから、団長の旧友であらせられる西方騎士団のザイル団長より早馬が届きました」
オースティンの話が出てもコラードの表情は変わらない。
「数日後には使者団が到着するようです。かの有名な“聖女サマ”とやらも同行するようです。所詮眉唾ものでしょうが、何もないよりはマシでしょうからヨカッタですね」
ふっと鼻で笑うと、レオーネの顔をジッと見つめた。反応しない上司には慣れているが、それでもたまには顔色を変えさせてみたいものだ。
「しかし団長。何故西の連中など頼るのですか。あまり現状を他に言いふらすのは感心しませんよ。それに」
「エステ。使者団が泊まる場所を確保しろ」
レオーネは思い出したように顔を上げると短く命令した。
「・・・了解であります」
コラードはしばらく敬礼したままだったが、全く反応を示さなくなった上司に溜息をついて部屋を出て行った。
「何が“聖女サマ”だ。ただのインチキじゃないか。そもそもこっちにも神殿があるのに何でわざわざ西から聖女とやらを呼び寄せなきゃならんのだ」
文句を言いつつ歩く副団長を、通り過ぎる部下たちがギョッとした顔で見ていた。
“麗しの聖女様”という通り名が王国内に浸透しつつある頃、一行は東の街オステンに到着した。出迎えは一人もおらず、馬車に取り付けられた西の街の小さな旗が寂しげに揺れる。
「ふむ。プリーティア殿。どうですか。このまま帰りましょうか。美味しいワインをご用意しますよ」
付き添い兼タクシー代わりに使われたのは西方騎士団副団長フラジール・アンドレであった。彼は前回南の街で事前説明もなく置き去りにしたという前科があり、反省の意を示すために同行を願い出た。
「あら、それは素敵ね」
百合は馬車を降りたフラジールの後に続き外に出る。スッと伸ばされた大きな手につかまると、フラジールの目元のしわが優しく深まる。
「風がありませんのね」
「彼らは暑がりなので、普段は高いところに避難しているというのは本当なのですね。プリーティア、一応あちらが騎士団なのですが、如何されますか」
百合はそっと建物を見上げた。建物というよりは一本の大きな木。
樹齢何千年かという大樹の中をくりぬいてできたような風貌をしている。所々に大小様々な窓が取り付け垂れており、まるで童話の世界に迷い込んだような錯覚を起こす。
「あまり、歓迎されておりませんのね」
「そのようですな。さあ、帰りましょう」
今すぐにでも馬車に乗りたいという態度で急かすフラジールに、ゼノンが疑いの眼差しを向けた。
「副団長殿。まさかと思うが、また、変態集団ではないでしょうね」
「いえ、ここに比べたらあっちは可愛いものですよ」
逃げたくせに何をと考えた瞬間、ゼノンは素早い動きで百合を抱き寄せた。
「ご無礼を」
「・・・いいえ、いいのよゼノン」
とっさの判断とは言え、これにはフラジールも驚いたように目を見開く。百合が先程まで立っていた場所には矢が一本刺さっていた。
「これはこれは! どなたかと思えばフラジール・アンドレ殿! ご無沙汰している。騎士団の前で不審者共がうろついていると聞いたので、ついつい矢を放ってしまったじゃありませんか。どうしてくれるんです、矢が一本無駄になった!」
かなり高い位置からの声に、フラジールとゼノンが同時に顔を上げた。
地上5メートルの位置から射られたようだ。東方騎士団副団長コラード・エステが人の悪い笑みを浮かべている。
「コラード・エステ副団長」
フラジールの瞳がわずかに細められた。




