二人を視界に収めた瞬間叫んでいた
二人が神殿に戻って一週間が経った。
うららかな午後。さんさんと降り続く太陽に照らされる木々。
海風で多少痛んでいた髪も絹糸に戻った。その黒い髪は光に反射して滑らかに輝き、優しく細められた瞳は水鏡のように澄んでいた。豊満で形の良い乳房を透明な水が流れ落ちる。
彼女の傍には常に数名の女たちが付き従っていた。
誰もが笑みを浮かべて水浴びを楽しんでいる。時々彼女たちが動くと水がはねて楽しげな音を立てた。
少し離れたところでは、ゼノンが木陰で腕を組んで瞳を閉じたまま気配殺して石造のように立っている。微動だにしない為、先程から小鳥が肩や頭で休んでいるが、それがまた女たちには面白く映った。
「プリーティアさま、あちらをご覧になって。ゼノンの肩に可愛らしい鳥が」
女たちは楽しげに、嬉しげにその鳥を眺めては笑みを浮かべる。
「ふふ、可愛いわね」
形の良い唇がわずかに動くだけで女たちは喜んだ。
「プリーティアさま、南には海がありましたでしょう? わたくし、地図でしか知らぬのです。海とはどんなものなのですか?」
彼女たちは一生の殆どを神殿に守られて過ごすため、他の街に行くことはない。百合たちの土産話を聞くのがここ最近の楽しみになっていた。
「とても広大で、潮の香りがするの。海からは様々な国の人がやってくるわ」
「大きな船はありまして?」
「海賊船を見たわ」
「まあ海賊! まるで物語の世界ですわ」
「恐ろしくはないのですか?」
「ええ、恐ろしくはなかったわ」
きゃあ! と嬉しげな悲鳴を上げて笑う女たちの声を聞いていたゼノンが不意に顔を上げた。音もなく女たちの前に立ちはだかる。
「まあゼノン、どうしました?」
「どうしたのです、ゼノン」
せっかくの楽しみを邪魔された女たちが責めるように言えば、とても静かな声が返ってきた。
「複数の気配が近づいてきます」
「また迷子かしら・・・皆は神殿に戻りなさい。わたくしが話しを聞きましょう」
百合が気だるげに濡れた髪をかきあげる。女達がうっとりと目を細めた。
「はい、プリーティア様」
「ゼノン、プリーティア様を頼みましたよ」
「はっ」
短く答えると、すぐに着替えて足早に去っていく女たちを見やり、一人残った女に顔を向けた。
「足音は六つ・・・どうやら騎士団のようです」
「何故ここに来るのかしら。直接神殿に行けば良いものを」
呆れたようにため息をつくと、彼女はゆっくりとした動作で体を拭いて衣裳を纏った。
「御髪が濡れております」
「そう」
女は大きな岩に腰かけて男を見上げた。男はそっと近づくと、柔らかな布で女の髪を丁寧に包んで優しく叩いた。
ゴツゴツとした手には似合わない優しい動きに、どこか面白そうに女が眺める。
数分程そうしていてほとんど髪が渇いたころ、彼らはやってきた。
「何をしているんだお前たちは!」
全身泥と草にまみれた西方騎士団団長オースティン・ザイルは、二人を視界に収めた瞬間叫んでいた。
「あら、遅かったわね」
「・・・」
ゼノンはオースティンの姿を見ると、ふっとわずかに口元を歪めた。
太陽に輝いていた黄金の髪が今では泥で汚れ、しかもそれが所々渇き始めていて痛々しい。爽やかなエメラルドの瞳も今は曇っているように見えた。
明らかに不機嫌な彼に、ゼノンはにやりと笑う。
「おいゼノン、なんだその顔は!」
「これは騎士団長殿。ずいぶんと山で遊ばれたようで。どこを転げまわったらそんなふうになれるのですか」
「う、うるさい!」
「それでオースティン。あなたいったい何をしに来たのかしら?」
呆れたように言われ、オースティンはようやく我に返った。
「頼みたくないがお前たちに頼みがある」
「帰れ」
ゼノンと百合の声が重なった。
「仕方ないんだ! 今回はどうしても頼みたくないけど頼まなきゃいけないんだ!」
そうしてオースティンは勝手に話し出してしまった。
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