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麗しのプリーティア  作者: aー
第一章
56/203

二人の帰還

「今のがあなたのお力なのですか」

 半信半疑という感情を隠さないままアロイスが問えば、まるで聖母のように慈しみ深い表情で百合が微笑んだ。

 これが西の街を救った聖女の力。こんな力を欲さない権力者などいないだろう。

 アロイスは考えながら、それでも剣の柄に手を掛けながら立ち上がってヨシュカの壁になった。

「リュディガー?」

 ヨシュカが怪訝そうに彼を呼んだが返答はない。

「あなたはなんだ。その力は本当にプリーティアだからですか」

 百合がそっと首を傾げた。

「何が言いたいのかしら?」

「それともそれは、あなたが迷い人だからですか。迷い人には様々な知識や技術があるのでしょう。あなたは・・・なんです」

 アロイスにとって、百合という存在は危険なのではないかという疑惑が生まれてしまった。

 それは迷い人だからというわけではない。

 麗しの聖女。豊満な肉体。誰もが聞き惚れる美しい声。優しい指先。慈愛に満ち溢れた眼差し。そして、人を癒す力。

 本来神殿に仕える者が管轄外の街に派遣されるのはよほどのことだ。だのに、若き神殿長は自らこの女を選んだ。選んだくせに危険になったら早馬を飛ばしてまで呼び戻した。

 一プリーティアでしかない女が相対できる立場にないというのに、女の方も特に気にした様子がない。

 一部では国王陛下ですらこの女に目をかけていると聞いた。

 傾国の美姫という言葉が浮かんだ。

「アロイス・リュディガー」

 形の良い唇から呼ばれた名前が、自分のものであると認識するのにわずかな時間を要した。今までのアロイスならば有り得ないことだ。

「・・・」

 負けてはならない。呑まれてはならない。

 へそから五センチほど下にあると言われる丹田に意識を集中させたアロイスは、いつでも剣を抜けるように相手を睨みつける。

「わたくしが、恐ろしい?」

 形の良い唇が弧を描き、底の見えない黒い瞳がアロイスを映す。黒曜石のように輝いたそれに映し出されたのは、緊張と怒気をはらんだ年老いた己の姿。

 今にも切りかからんばかりの姿に、ハッと目が覚めた。

 今、呑まれるものかと考えていたばかりなのに、明らかに呑まれた己が写っていたのだ。

「西へお帰りなさい。あなたは、ここにいてはいけない」

 己がもう少し若ければ、今と違う言葉が出たのだろうか。そんなことを考えながら言えば、女が笑った。

 先程までの作り物めいた笑みではない。嬉しげな、裏表のない可愛らしい無防備な笑顔だ。

「ええ。そうします」

 いつの間にかゼノンが女の傍に立っていた。その手にはしっかり酒の瓶が握られており帰り支度も済んでいるようだった。

「この子を頼みますよ、王都の神殿長」

 眠るセスを横たえさせ立ち上がると、そのまま振り向きもせず歩き出した。

 誰もが彼女のために道を開き、そして誰一人として邪魔する者はいなかった。

「アロイス・リュディガー。どうでしたか、あなたから見て彼女は」

 若い騎士がセスに毛布を掛けてやるのを見ながらヨシュカが問えば、アロイスは女が消えたドアの先をジッと見つめていた。

「不思議な女です。しかし王都に居てもらっては困りますな。あれは傾国の美姫になりうるやもしれませぬ」

「・・・確かに美しいと思いますが」

「意外です。あなたは彼女に呑まれた後かと」

「私は神殿を守る義務を背負っているのです。プリーティアを女性としてみること自体有り得ません。それに、モッペル・・・前神殿長の件もありますから、あなたの言うことも分かります。だからこそ、彼女は神殿に居るべきなのです」

 ヨシュカの中で彼女は苦手意識が強い。唯一の相手とすら思っている。だが逆に言えば、それだけ意識している相手でもある。アロイスは思ったがそのことは口にしなかった。

 言えば色々面倒になるだろうことが簡単に予想できた。この若き神殿長はまだまだ未熟だ。今、良くない道に進むことは全力で阻止したい。そのために国王は己を護衛につけたのだから。

 アロイス・リュディガーは気を引き締めて、今後も彼を守っていこうと誓った。

 そんな騎士を見てヨシュカはわずかに苦笑するのだった。

 ヨシュカ・ハーンが未熟であることは誰よりも彼自身が知っているのだから。




 その街は華の匂いであふれていた。

 季節の花々が咲き乱れ、人々は誰もが笑顔を迎えて二人の帰還を喜んだ。

 行きと違い、帰りは西方騎士団団長オースティン・ザイルの家令が護衛役を務めてくれた。ザイル家の馬車は乗り心地があまり良くないため、百合のためにたくさんのクッションを用意してくれたおかげで、道中を苦に思うこともなかった。

「よく戻ったな。プリーティア、それにゼノンも」

「おかえりなさいませ、プリーティア、プリースト」

 オースティンと副団長のフラジール・アンドレが安心したような顔で出迎える。

 街の入り口。騎士団が管理する砦の前では、多くの騎士が列をなして出迎えてくれた。

「ただいまもどりました。出迎え痛み入ります」

 聖母の笑みを浮かべた女に、オースティンの頬がひくついた。フラジールはゼノンの冷めた視線を受けそっと視線を逸らした。

「これはフラジール・アンドレ殿。先日は南の街で大変世話になりました」

 ろくな挨拶もなく逃げたことを根に持っていたらしい。

「はは。南の騎士団は少々変わり者が多くて、私のような地味な老人には少々居場所がありません」

「ご冗談を」

 珍しく人前で笑みを浮かべたゼノンだが、明らかにその瞳には恨みや殺意がこもっていて騎士たちに緊張が走った。

「そういえばゼノン。お前宛てに南の奴らから文が届いているぞ。いったい向こうで何をしてきたんだ? ぜひまた来てほしいと力強い字が書いてあった」

 空気が読めない男に助けられたと、フラジールはこっそり息を吐いた。

 南の騎士団とは、王都で年に一度か二度騎士団長と面会するぐらいであまり関わりがないため、オースティンは彼らの実態を知らないのだ。

「しばらくはお勤めがあるから無理だと代わりに伝えて」

 ゼノンではなく百合が言いきった。その瞳は笑っておらず、どこかゾッとする深い闇のように見えた。

 触らぬ神に祟りなしと、オースティンは頷く。

「そうだな。お前たちがいないと街の者も元気がない。そうだ、診療所を見に行ってやってくれ。皆心待ちにしているんだ」

「ええ、もちろんよ」

 そうして、二人は久々に診療所を訪れることが出来た。

 ようやく戻ってきたのだと、誰よりも二人が安心した。



 診療所に顔を出し、涙を流して帰還を喜んでくれた患者たち一人一人に声をかけ、励ました。誰もが安心しきった顔で眠りについたのを見届けて神殿に足を向ける。

 迷うことなく山道を歩き、神殿にたどり着く頃には疲労で動けなくなってしまった百合を、ゼノンが抱き上げて運んだ。

 二人の姿を認め、神殿長を始め全てのプリーストとプリーティアが出迎えた。

 茜色の空には半月の月が浮かんでいる。まるで神々までもが帰還を喜んでいるかのように思えた。

 そっと微笑んだ百合の横顔が美しく、そして儚くて、ゼノンは己の腕の力を少しだけ強めた。



第一部完結しました。ここまでお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございます!

次回より第二部を始めます。どうぞお楽しみに!

第二部は来月頭から連載予定です。

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