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麗しのプリーティア  作者: aー
第一章
55/203

それは彼女だからできること

 ゼノンとアロイス・リュディガーが呼び戻されたのは半刻程経った頃だった。

 訓練場で大量の騎士や見物人に見守られて死闘を繰り広げていた二人は、突然の乱入者に驚いた。

 プリーティアが大変なので戻ってほしいと訴えられて、二人は渋々互いの武器を降ろした。

 一応模擬試合という形を取っていた為刃物の使用は禁止されていたが、支給された木刀はそれぞれ最低二本は折った後だった。多少呼吸を乱しただけの二人に、誰もが熱狂したように見つめ声援を送っていた。

 服は破れ泥にまみれ、しかし闘志は消えていない。そんな二人は無言で武器を置くと同時に歩き出してヨシュカや百合が待つ休憩室に戻った。

「あら、お帰りなさいゼノン」

 熱くなったのかスカートの裾を大きくまくり、白い足を惜しげもなく出している女に、流石のアロイスも驚いて入り口で足を止めてしまった。

 まるで見せつけるかのように足を組むと、呆れているのか困っているのか、なんだか疲れ果てているセスが八つ当たりのようにムッとした。

「ユーリ。はしたないぞ」

「いいじゃない。暑いんだもの」

 セスは何故かソファーで膝を抱えて酒を飲んでいるし、頬は白いままだが耳が真赤だ。酔っぱらっているのか、視線がどこかうつろだった。

ヨシュカはどこだと探せば、部屋の隅で騎士たちに背中をさすられ介抱されていた。

 プリーティアが大変だと聞いていたが、どう見てもヨシュカの方が大変だ。

 呼びに来た者もヨシュカの名前を出すわけにはいかないからそう言ったのだろうが、これでは全然意味が違う。

「旨そうな酒ですね」

 ゼノンはヨシュカを見て、鼻で笑いたくなる悪感情を隠して百合に近づく。騎士に行って手拭を用意してもらうと丁寧にそれで拭いた。

「ええ。美味しいわ。帰りに貰っていきましょう・・・喉が渇いたでしょう? あなたたちも一杯いかが?」

「いえ、私は今夜にでも頂きます。プリーティア、彼はまたですか」

「ええ、一口も飲んでいないのにね」

 のんびりと部屋の隅を眺める二人を無視して、アロイスが慌てた様子でヨシュカに駆け寄る。

「神殿長! いかがされましたか、毒でも飲まされたのですか!?」

「うう・・・リュディガー・・・き、気持ちが悪っ・・・うえ・・うう・・・」

「神殿長!?」

「隊長、ご安心ください。神殿長は酒にやられてしまったのです」

「酒だと?」

 若い騎士が伝えれば、光の速さで百合の前に突進した。もちろんゼノンが全力で阻止したために、ぶつかることはなかったが。

「どんな酒だ! どれだけ強いものを飲ませたらああなるんだ!」

「いやだわ。わたくし、彼には一口も飲ませていません」

「嘘をつくな!」

「嘘は言わないわ。彼に聞いてごらんなさい」

 アロイスはエメラルドの瞳で百合を睨みつけた。数々の死闘を切り抜けてきたであろう彼の視線は、ゼノンですらゾッとするほどの何かがあった。けれど百合はどこ吹く風。すでに酔っ払いの彼女に怖いものはないのだ。

 アロイスの視線を正面から受け止め、口元には余裕の笑みが浮かんでいる。

 そんな百合を良い意味で勘違いしたゼノンが尊敬の眼差しを向けると、セスが眠そうに大きなあくびをして頭を前後に振った。

「もう飲めん。ユーリ、寝るから歌でも歌ってくれ」

「あらあら、セスったら、しょうのない子ね」

 ころころと笑い、百合は席を立つとセスの隣に座った。酒瓶を取り上げて近くに居た若い騎士に渡すと、困った顔をする騎士ににこりと笑った。

「お水を持ってきて」

「は!」

「な! 貴様! 騎士を顎で使うなど!」

 アロイスの言葉を完全に無視して、セスを見上げた。

「ゼノン。楽を奏でて」

「・・・では、こちらを使いましょう」

 部屋の中央に置かれたピアノを見て頷くと、武骨な指先で鍵盤に触れた。一見繊細さとは程遠い彼だが、楽器は昔から得意だった。

 ピアノの形は世界共通なのか、穏やかな水のように優しい音色が響いた。

「良い音ね」

 先程まで木刀を力の限り振り回していた人物とは思えないほど優しい笑みを浮かべると、神殿でよく歌われる祈りの曲を演奏する。

 それに合わせて百合が声を出すと、まるで神聖な空気に包まれた。

 セスは赤子のように穏やかな寝息を立て、ヨシュカは吐き気が止まった。

 アロイスは突然のことに呆然とした。

 プリーストやプリーティアには不思議な力があると聞いていたが、このように目の前で癒しの力を見せられたのは初めてだ。

「さ、流石です。あなたのせいでこうなったとは言え、お見事です」

 まだ辛そうなヨシュカが、わずかに悔しそうな顔で言った。

 騎士が差し出した水を遠慮なく飲み、二杯目を要求する。

「あなたのために歌ったわけではないわ」

 百合は興味がなさそうにセスの頭を撫でた。


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