誰もが目を奪われるあの笑顔で
「神殿長、そちらのプリーストをお借りできますかな。随分と腕に自信があるようです。この老いぼれと遊んで頂けると嬉しいのですが」
ヨシュカとセスが同時にぎょっとして騎士を見上げた。
年は取っているが体に無駄な脂肪は一切ない。毎日鍛えているのだろう、綺麗な筋肉がついているし、なによりその腰に下げている剣は大きく重そうだ。
現在は引退しているが、実は王立騎士団の副団長を務めていた経験があり、他人に興味のないセスですら顔を知っていたほどの人物だ。
下級貴族であった彼は、己の力だけでのし上がり騎士号を手に入れた。王都で暮らす者の中でアロイス・リュディガーの名前を知らない人間はいないのだ。
いくらゼノンでも、とセスは横を見て後悔した。
ゼノンがまるで、初めて玩具を貰った子供のように瞳を輝かせて、口元には凶悪な笑みを浮かべている。とても恐ろしい笑顔だ。間違ってもプリーストじゃない。
「プリーティア。しばし席を離れても宜しいですか? ご老体の願いはなるべく叶えてさしあげたいので」
ヨシュカではなく百合に許可を求めるゼノンを、アロイスがわずかに眉をひそめたが口は開かなかった。
「良くてよ。わたくしのことはセスが守ってくれるでしょう」
いや、あんたを守るとか無理。セスはなんとかその言葉を飲み込んだ。
「しかしリュディガー・・・いくらなんでも・・・」
快諾した百合とは反対に、ヨシュカは困ったようにおろおろと視線をさまよわせている。
「ただの遊びだわ。そうでしょう?」
ちらりとアロイスを見上げると、彼はすっと目を細めた。わずかに口元が弧を描いている。こちらも中々の悪人顔だ。
「ええ、レディ。もちろんです」
その返答に、今度はゼノンが反応した。
「・・・ヨシュカ殿。武器をお貸し願いたい。こちらのご老体の相手をして差し上げます」
「いやゼノン、そなたたちは知らないのだろうが、リュディガーは・・・」
「武器を」
さっさと寄越せと言わんばかりの視線に、ヨシュカはとうとう折れた。
そして数分後。新しい護衛たちが到着すると、男たちは勝手に部屋を出て行った。しばらくは戻らないだろう。
「ずいぶんと可愛らしい方を傍に置いているのね。もう少し落ち着きがあっても良いと思うのだけど」
「リュディガーは優秀な騎士だ。神殿長に就任した私を恨むものは存外多い。彼のように実力も名声も地位もある者が傍に居た方が良いと陛下が判断されたのです」
ふっと百合が笑った。
「ああ、あなたのようにお酒の匂いだけで倒れてしまう子には、確かにちゃんと護衛が必要ね」
「酒の話は今関係ないでしょう! だいたいあなたもおかしいですよ、どうしてあれだけの量の酒を飲み干せるんですか!」
「あなた、神殿長のくせに酒もダメなんて、そっちのほうがおかしいわ。儀式で酒を使うこともあるでしょうに」
グッと言葉が詰まった。セスや騎士たちが心配そうに見ている視線を感じるが、それどころじゃない。
「ともかく酒は関係ありません!」
「いいえ。あるわ」
は? とヨシュカが顔を上げると、百合が笑った。
誰もが目を奪われるあの笑顔で、
「おいしいお酒が飲みたいわ。持ってきて頂戴」
と、ヨシュカにとっては嫌な記憶しかない酒を所望したのだった。




