ヨシュカだって苦手意識ぐらいある
王都は相変わらず煌びやかで人や物に溢れていた。
正式に、王都のエメランティス神殿長となったヨシュカ・ハーンは、真面目堅実で曲がったことが嫌いな人物である。そんな彼には最近苦手な相手が出来た。
西のエメランティス神殿に仕えるプリーティアは、とても美しい女で、そして迷い人だった。酒に強く態度がでかい。白いプリーティアの制服がドレスのように見えるくらいには、ともかく態度がでかい。
なんせ国王陛下にすらあれだ。
「はあ」
ヨシュカ・ハーンは、朝から溜息が止まらなかった。
「神殿長、そろそろ戻られる時間帯かと」
「・・・・はあ」
危険極まりない海賊の情報を聞いてからというもの心配はしていた。
頼んでいた仕事を丁寧かつ迅速にこなしてくれたことも感謝している。
だが、だからと言って会いたいかと言われれば会いたくない。
「神殿長、しっかりなさってください!」
最近神殿付になった若いプリーストが困ったように言えば、力なく頷く。
「ああ、わかっている」
わかってはいるが、身体が動かない。彼女と対峙することに関しては、とてつもない勇気が必要なのだ。あの麗しい女を前にすれば、神殿の人間ですら時間を忘れてしまう。だからこそ誰もヨシュカの心を理解してくれなかった。
「神殿長、ああほら、戻られたようですよ!」
うじうじしていたら国王の騎士が呼びに来た。ヨシュカはまるで死刑宣告を受けるような気分でそれを聞き、そしてゆっくりとした動作で立ち上がった。
謁見の間にたどり着くまでに気絶しそうな気分だった。
結論から言えば、苦手意識があったとしても心配していたことに嘘はなかった。
ヨシュカ・ハーンは、麗しいプリーティアを視界に収めた瞬間、肩の力が抜けるような安心感に包まれた。
ざっと見た感じでは怪我も病気もなさそうだ。道中体調を崩したと聞いたが、白い頬がわずかに色づいており健康そうだった。
王との謁見は早々に終了し、彼らは言葉を交わすこともなく別室に案内された。
もともと、舞踏会で貴族の休憩室として使われるその部屋は、無駄に広く豪華だった。
壁には大きな鏡が欠けられており、グランドピアノが部屋の中心に置かれ、ふかふかのソファーセットが出迎える。
腰かけたのはヨシュカとプリーティアだけだった。ヨシュカの傍には護衛として付き従っている年配の騎士が一人。プリーストはお茶の用意のため部屋を出ている。
そして、プリーティアの傍らにはゼノンとセスが立っていた。
「そなたがセスですね。この度は色々と協力頂いて助かりました。礼を言います」
「・・・いえ」
セスの冷静な瞳を見ていると、ヨシュカもなんだか冷静になれるような気がしてきた。
「息災ですか、プリーティア」
「ええ」
にこりと完璧に笑う女を見るまでは。
「・・・この度はあなたに協力頂けて助かりました。礼を言います」
早くも心が折れそうだ。米神がぴくぴく震えるのがわかる。セスが怪訝そうな顔で見てきた。頼むから見ないでほしい。
「ヨシュカ・ハーン様。事態が収束していな状況で、あえてわたくしを呼び戻した理由をお聴きしてもよろしいかしら?」
「・・・事態が悪化したのでは調べるものも調べられないでしょう。それに、あなたに熱狂しすぎたあまり“おいた”したプリーティアまで出たのだから呼び戻すのは当然だ」
くすり、と鈴の音のような笑いが響いた。
ヨシュカの喉がごくりと嚥下する。
「な、なんだ」
「あの神殿に火薬が運び込まれた件はご存知かしら?」
「何?」
「わたくしたちが戻された後の事よ。神殿は海賊と取引して火薬まで入手した。その火薬、いったい何に使うのかしらね」
自衛のために集めていたとは言えない状況だ。
「命を懸けて調べて下さったのはこちらにいらっしゃる錬金術師様だわ。彼がいなければその事実すら気付くのに遅れたでしょう」
女の黒い瞳がひたと彼を見据える。
「・・・危険な海賊が出ると聞いて、神殿としてはあなたたちに危険が及ぶことを許可できない」
まるで巨大肉食獣に睨まれた小動物のような様子のヨシュカを見て、セスはなんだか可哀想な気持ちになった。
「何を仰っているのかしら? あの神殿には自衛のための武器があり、それを扱うことのできるゼノンがついていた。確かに海賊の脅威はありますが、それでも逃げる理由にはなりませんわ。そもそも危ないから逃げるだなんて、あなたの前の神殿長みたいなことを仰らないで」
すっと足を組むとソファーに背を預ける女に、ヨシュカはハッと目を見開いた。
「・・・確かにそうかもしれない。だが、あなたはあの海賊を知らないでしょう。あの海の悪魔は我々の言葉も常識も通用しない。迷い人たるあなたをどのように扱うか、想像に難くありません」
「聞こえなかったのかしら? わたくしにはゼノンがついています」
「そこのプリーストだけで海賊に勝てる保証があるのですか」
語尾が強くなるヨシュカに、ゼノンはどこ吹く風だ。むしろにやりと笑っている。
「ゼノン。勝てるでしょう?」
「はい」
可愛らしく首を傾げた女に、ゼノンはもちろんだと力強く頷いた。
「・・・ごほん」
その時初めて年配の騎士が動いた。わざとらしい咳をすると、感情を映さないエメラルドの瞳がゼノンを見た。




